リノンさんは恋愛上手

そらどり

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友達作ろう編

閑話 マスターは世話好き・前編

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私は松山雄三郎まつやまゆうさぶろう、喫茶店を営み40年のしがないマスターである。



若かりし頃、旅行先のオーストリアに魅了され、その魅力を知ってもらいたいという想いから始めたこの喫茶店『Cafe・de・Granzel』



商店街の一角にひっそりと構えるこの喫茶店は昭和を思わせるレトロな内装ではあるが、この近辺では珍しいウィーンスタイルのコーヒーを扱っており、ちょっとした専門店となっている。



今でこそ隠れた名店と謳われるがその道中、理想と現実の狭間で四苦八苦したのも今となっては良い思い出だ。自慢のコーヒーや菓子も常連客から好評を集めるまでに成熟し、私の積年の理想は達成された。



あっという間と言うべきかようやくと言うべきか、なんとも感慨深い。



しかし、理想の実現と共に薄れていく熱意。理想に燃えていた若造の面影はどこへやら、今となっては初老を迎えた老いぼれだ。



「…………」



それでもなお店仕舞いをしないのは、私を求めてやってくる常連客のため。接客のプロとして、期待を胸に来店した常連客を笑顔で帰す使命があった。



「はいお待たせ、本日のコーヒーだよ」



今日も変わらず常連客にコーヒーを振る舞う。その常連客は会釈をすると、カップが乗った皿を丁寧に受け取った。



「マスター、このコーヒーの原産地ってどこですか?」



「今日はグアテマラ産だよ、中米から取り寄せた酸味豊かな風味が特徴なんだ」



そう教えると、その常連客は「なるほど」と言って頷く。本当に素直な子だ。



「…………」



手で仰いで香りを楽しみ上品に音を立てながら召し上がる。ここから見ていても、その様子はもはや洗練されていた。



「確かに……酸味もさることながら、果実の肉厚さを思わせるような味わいですね」



感想も的を射ている。通い詰めた一年で舌が肥えたのだろう。



「拓海くん、かなり味の違いが分かるようになったね。初めて来た時とはえらい違いだ」



私がそう褒めると、その常連客、周防拓海くんは恥ずかしそうに照れていた。年相応な振る舞いを見せ、先程までの張り詰めた空気が和らいでいく。



「マスターの教え方が上手いからですよ。俺はただ教えてもらったことを実践しただけなので……」



「ははは、若いんだから謙遜しなくていいんだよ。拓海くん、ハンサムなんだからもっと自信もたないと」



「え、そうですか……? えへへ……」



後頭部に手をやり、純粋無垢な笑みを浮かべる拓海くん。やはり、笑顔は人の魅力を際立たせてくれる。



「やっぱりマスターは優しいな……、いつも的確なアドバイスをくれるし、落ち込んだ時も相談に乗ってもらえるし、マスターとならもっと分かり合えるかもって思えるんですよね」



「拓海くん……」



なんとも嬉しい言葉だ。私もマスター冥利に尽きると言わざるを得ない。



「全く、これだから年は取りたくないんだがね……他にお客さんがいなくてよかったよ」



年のせいか、最近は特に涙腺が弱い。ついこの間まで中学生だった拓海くんに、まさか泣かされる日が来ようとは……



「ほら、コーヒーもう1杯サービスだ。受け取ってくれるかな」



「……マスター、もうこれで5杯目なんですけど。流石にもうこれ以上はカフェイン中毒になっちゃいますって」



「大丈夫さ、うちのコーヒーにもっと病みつきになってくれるんだろう? そんなの……マスター冥利に尽きるじゃないか……!」



「……いや、病みつきが過ぎて命が尽きそうなんですけど」



手を震わせながらコーヒーのカップを受け取る拓海くん。息を乱しながらコーヒーを啜る姿は見ていて飽きない。うん、良い笑顔だ。





――――――――――――カランッ





ドアベルの鳴る音。おっと、新たにお客さんがやってきたようだ。



迎え入れるため、私は入口へと身体を向ける。



「ねえねえ、ここがふみちゃんが行きたいって言ってた喫茶店? なんだかレトロな感じだね」



だが、今日は少々珍しい。新規のお客さん、それに高校生が4人も。



「そうそう、この前美味しそうなケーキの写真が流れてきたから。しかもご近所ときた……なら、これはもう食べるしかないっしょー! ってわけよ。いやー私ってよう見とるわー」



セリフそのまま、元気旺盛な様子の女子高生。ああいった着崩しが流行っているのだろうか。



その隣にいる女子高生はむしろ対照的、お淑やかな雰囲気を纏っていた。



「ちょっと二人とも、すーみん置いて行っちゃ駄目でしょ。ああ、ほら、すーみんも写真ばかり撮ってないの。さっさと入るよ」



「待ってゆず……あと20枚だけ……」



その後ろからは、気配り上手な女子高生。と、延々とうちの外観を写真に収めている様子の女子高生。



「(ふむ、なんとも個性的な子たちだ)」



入店した4人に感じた第一印象はそんなところだった。だが表には出さない。私は接客のプロ、失礼のないように4人へと近づく。



「いらっしゃい、今日はお客さん少ないから好きな席に座っていいよ」



そう伝えると、ふみちゃんという元気な子が「やったー」と両手を上げて喜ぶ。すぐに窓際の席を陣取り、その場に立っている残り3人へ手招きをしていた。



「あの、あちらの方にご迷惑でしたら、遠慮せずに言っていただけると……」



去り際、申し訳なさそうに耳打ちをする、ゆずという女子高生。本当に気配り上手なのだと分かる。



「ははは、大丈夫ですよ。彼はそういった点では寛容なので」



普段は婦人層が多く占める店内。女子トークとは名ばかりの、旦那への不満暴露合戦を耐えられる拓海くんなら、この程度造作もない。



「拓海くん、ちょっと騒がしくなるけど平気かい?」



念のため了承を求めるが、まあ、答えは分かり切っている。



「……拓海くん?」



が、返事が返ってこない。この距離で聞こえないはずはないのだが。



カウンター席独り座っている彼に近づき、もう一度了承を求めようとした。



「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい――――――!」



「え、拓海くん……!? 急にどうしたの……!?」



小さい声で同じ言葉を繰り返していた。全身がガクつかせ、明らかに尋常ではない様子だ。



「―――え、拓海……?」



テーブル席から彼の名を呼ぶ声。振り返ると、お淑やかな雰囲気の子だった。



「――――――ッ!?」



その声に呼応し、彼は身体をビクつかせる。視線を戻すと、血の気の引いた顔で全身を硬直させていた。



「…………」



4人の来店と同時に様子を様変わりさせた拓海くん。制服も近所にある高校のもので一致する。記憶違いではないはずだ。



「(これは……)」



その瞬間、全てを察した。つまりこれは、修羅場だと。
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