16 / 37
15.雨上がりの放課後(佑樹)
しおりを挟む
放課後、雨は何とか上がり、雲の切れ間から青空が僅かに顔を覗かせていた。この様子だと、帰りは合羽を着なくてすみそうだ。バイク通学は好きだが、雨の日は雨具の用意とか、なにかと手間がかかる。
「雨の日とか通学どうしとるん?」
玄関でまた一緒になった大倉さんが、傘立てから自分の傘を引き抜きながら訊いてくる。
「合羽着て普通にバイクで来るで。路面滑りやすいし、視界も悪なるから、普段より早めに家は出るけどな」
「ふうん。……なぁなぁ、宮本君のバイク見せてもらってもええかな?」
「ええで。でも電車の時間は大丈夫なん?」
「うん。今の時間やと乗り換えのタイミング的にちょっと時間つぶさないかんのよね」
「あーそっか。この時間はそうやったな」
バイク通学に切り換える前は僕もそうだったことを思い出しながら上履きのスリッパから靴に履き替える。朝の雨に打たれた靴はびしょぬれで冷たく、正直かなり気持ち悪い。
うへぇ、靴ぐちょぐちょでイヤやなぁ。長靴で登校はさすがにないけど、防水性の高いレインシューズぐらいは買った方がええかな。
「…………ねぇ、迷惑なんやったらそう言ってさ! ……あたし、久しぶりにやりたいことが見つかって、はしゃいじゃっててたぶん空気とか読めてへんと思うけど、嫌ならちゃんと言ってくれんと分からんやん」
いきなり強めの口調でそんなことを言い出した大倉さんは、何故かざっくり傷ついたような顔で今にも泣き出しそうになっていて、僕は何がどうなってこうなったのか分からずにうろたえた。
「え? ええっ? なんで?」
「……だって、宮本君、今めっちゃ厭そうな顔したやん」
…………あー、はいはい。把握把握。これは口で言い訳するより見てもらった方が早いな。
黙って履いたばかりのスニーカーをもう一度脱いで思いっきり絞ってみせる。ぽたぽたぽたっと水が滴り、玄関の床タイルを濡らす。
「…………あ」
「こんな靴を履いて嬉しそうな顔なんてしやんやん? 顔に出とったんはあれや、脊髄反射や」
「あー。……え、えーと、あたし、迷惑やない?」
「そんなわけないやん」
「よかったぁ!」
安心したように柔らかく笑う大倉さんにドギマギしてしまって思わず目をそらす。
「なっとしたん? そっちになんかあるん?」
……なっとしたんちゃうわ。ずっと無表情のダウナー系やったくせに、急に表情豊かになって普通に笑顔を見せるようになるなんて反則やろ。
中学時代の彼女があんなに人気が高かったのは決して陸上の才能だけが理由じゃない。明るくて性格が良くて人懐っこい親しみやすい美少女だったからこそ学校のアイドルだったのだと今さらながらに思い出す。
「なんでもない。……バイク、見るんやろ?」
「あ、うん。待って!」
歩き出した僕を、慌ててひょこひょこと追いかけてくる大倉さんが追いついてくるのをちょっと立ち止まって待つ。
体育館裏のバイク小屋には原付がずらっと並んでいる。ほとんどが燃費が良くて運転しやすい50ccのスクーターとスーパーカブだが、ナンバーの色が違う小型二輪も若干混じっている。大倉さんは物珍しそうにきょろきょろしている。
「はー、バイク置き場は初めて来たけど、こうして見るとけっこう多いんやねぇ、バイク通学」
「そやな。けど今日は雨やったからこれでもかなり少ない方やで。普段はもっとぎゅうぎゅうに詰まっとるし」
「そうなんや。それで、宮本君のバイクはどれなん?」
「これ」
僕の[しるばー]には、僕が朝着てきた合羽が干してあり、ちょうどシートを被せたような状態になっているのでこのままでは中身が分からない。僕が車体を覆っていた合羽を引きはがすと、大倉さんが歓声を上げた。
「わぁ! やっぱり宮本君もモンキーなんやね!」
「おう」
「うんうん。やっぱ旧タイプのモンキーは可愛ええなぁ。けど、サイズと形は同じでもカラーリングでけっこう印象変わるんやねぇ。サラさんのはいかにも女の子って感じやけど宮本君のはちょっと男の子っぽいワイルド感あるなぁ」
「そやな。モンキーはカラーバリエーション豊富やから色の好みで選ぶ人も多いな。ちなみに俺のは2002年モデルな」
「へぇ。……なぁ宮本君、お願いっ! ちょっとだけ、跨がってみたらいかんかな?」
可愛い女の子の「お願いっ」を無下に出来る16歳男子が世の中にどれほどいるだろうか? しかもそれに必殺技【上目遣い】まで加わってくるとなると。だが、僕は姉貴と妹から常々そのような攻撃に曝されているので耐性はできている。
「ええよ」
「わーい! やったぁ」
耐性があっても抵抗しなければ効果はない。そもそも母、姉、妹と女ばかりの家庭内で唯一の男である僕が円満にやっていくコツは、女たちの要望に「ハイ、喜んで!」の精神で全力でお応えすることである、という悟りの境地に至っているのが現在の僕である。
僕が合羽を畳んで通学用のリュックに押し込んでいる間に、大倉さんは[しるばー]にまたがってライディングポーズをとっていた。
「どうかな?」
お、おぅ……。
足を揃えて乗ることができるスクーターと違って、小さいながらもオートバイタイプであるモンキーは当然、両足でタンクを挟み込むようにして乗らなければならない。まじめな大倉さんのスカートは校則の規定どおりの膝上10㌢だが、それでもスカートでバイクにまたがればどうなるかは自明の理で……。
スカートが大胆にめくれ上がり、大倉さんの太ももがかなり際どいところまでむき出しになっていて、僕はかなり目のやり場に困ってしまった。この見えそうで見えないギリギリな状態はちょっと刺激が強すぎる。
「……どう? って?」
無意識に声が上ずる。
「似合う?」
「似合うというか、スカートでその体勢は目のやり場に困るんやけど」
「あ、これキュロットやで大丈夫やに。ほら」
大倉さんがこともなげにぺろんとスカートの裾の前部分を捲るとその下は二股になったキュロットパンツ。
ああ、これが男子たちの夢と希望を打ち砕いてきたと噂されるキュロットタイプの制服スカートか。外見は普通のスカートだが中が二股になっていうタイプ。ただまぁ、僕からすれば下着までは見えずとも太ももがかなり上の方まで捲れてるだけでもけっこう目の毒ではあるのだがそれは口に出さないでおく。
「……あー、キュロットスカートか。ならえっか」
「さすがにスカートではこんなことせんて。……あ、なぁなぁ、さっきも言ったけど、あたしまだシミュレーション教習やっただけで本物のバイクは乗ってへんのやけど、こうして実際にモンキーに乗ってみたらなんかぺダルとかレバーとか色々あるやん? バイクって普通こうなん?」
「そやな。スクーターとかはオートマチック・トランスミッション、いわゆるAT車やからもっとシンプルやけど、モンキーはマニュアル・トランスミッション──MT車で、普通バイクって言ったら基本的にこのタイプやな」
「はー、なんとなくスクーターの方が簡単そうってぐらいでATとMTの違いっていまいちまだ分かってへんのよね」
「そうやなぁ、ATは速度に合わせて自動的にギアが切り替わるから、右ハンドルのアクセルを捻れば勝手に走るし、停まるときも自転車と同じで両手のハンドルのブレーキレバーを握れば簡単に停まるから楽やな」
「ふむふむ」
「で、MTやけどな、速度に合わせて自分でギアを切り替えないかんから、アクセルとブレーキに加え、クラッチとチェンジペダルの操作もせなかんでちょっとややっこいな」
「うっ、なんか難しそう」
「まぁ慣れればどうってことないんやけどな。モンキーもそうやけどMT車のバイクの場合、右のハンドルのレバーが前輪ブレーキ。左のハンドルのレバーがクラッチ。右足のペダルが後輪ブレーキ。左足のペダルが変速用のチェンジペダルって決まっとるな」
「難しいよ。ちゃんと覚えられるかなぁ……でもこれちゃんとできんとモンキーどころか教習所のバイクも運転できんもんなぁ」
「まあそのための教習所やし、ちゃんと一から乗り方は教えてもらえるから大丈夫やって。大倉さんがよく知っとるパン屋の沙羅も元々運動音痴やったけど今は普通に四速モンキーに乗りこなしとるんやから、元々運動神経のええ大倉さんやったらすぐマニュアル車でも乗れるようになるに。俺でええんやったら免許取った後で練習ぐらい付き合うし」
「ほんまにっ!?」
大倉さんがガバッと上半身を起こす。
「おう。いくら基本操作が同じやいうても、教習で使う400ccの大きいバイクと小型バイクの中でも特に小さいモンキーとじゃ乗った時の感覚からして全然違うからな。同じ旧車モンキー好き同士として放っとけやんし」
僕がそう言うと、大倉さんは顔をくしゃっとして泣きそうな顔で笑った。
「なんかさ、宮本君ってええ奴やんな」
「そう、なんかなぁ?」
「……宮本君だけやに。中学時代のあたしのことを知ってて今でもあたしに普通に接してくれるんはさ。今までやって、宮本君がちょいちょい話しかけてくれてけっこう嬉しかったんやよ。サラさんから紹介されたんが宮本君やなかったら、今日やってたぶんよう話しかけれんかったと思う」
「…………」
えー、マジか。
僕はてっきり大倉さんは陸上を止めた後に親しくしていた友人たちが離れていったことで人間関係に嫌気が差してあえて独りでいることを選んでいるのだと思っていた。わざわざ伊勢から離れた高校に進学したのもそうだし、今もクラスの誰とも親しくしようとしてないことからもそうだと思っていて、だから僕もあまり頻繁に話しかけたらウザがられるかも、とあえて引いた立ち位置にいたのだが……どうやら間違っていたらしい。
大倉さんは陸上という秀でたものがあったから以前は自然と彼女の周りには人が集まって来てたけど、それをなくした時、自分から人の輪に入っていかなくちゃいけなくなって、でもその方法が分からなくて、そのまま孤立していったというのがどうやら真相っぽい。
今では、ダウナーで無口で近寄り難い孤高キャラがすっかり板についてしまっていて、僕も含め、周囲の人間は彼女自身がそうありたいと望んでいるのだと思っていたけど、大倉さんは独りを好む孤高の人ではなく、人との接し方がよく分かっていない不器用で寂しがりの女の子だった。
大倉さんが上目がちにおずおずと口を開く。
「なぁ、宮本君。……あたしと、その……友だちになってくれん? 宮本君と……友だちになりたいんさ」
彼女がその言葉を口に出すのにすごく勇気を振り絞ったんだってことが痛いほど伝わってきた。
かつて、別の世界の住人だった学校のアイドル、天才スプリンターはそこにはいなかった。そこにいるのは、普通の少女としての一歩を怖々と踏み出そうとしている内気な一人の女の子、大倉香奈だった。
僕は、そっと右手を差し出した。
「ちょっと照れくさいけど、こういうのって形が大事やと思うから。これからよろしくな! 香奈ちゃん」
気恥ずかしそうに笑いながら、香奈が僕の手を握り返してくる。
「えへへ。こっちこそよろしくなぁ。ゆ、佑樹君!」
【作者コメント】
今はどうか知りませんが、作者が高校生の頃は校則でバイク免許の取得は禁止されていたので、度会町の実家から毎日片道20km峠道を自転車漕いで通ってましたね。原付で通えればいいのにとなど願ったことか。
この作品を楽しんでいただけましたら、応援やお気に入り登録、しおり挟んでいただけると嬉しいです。
モンキー2002
「雨の日とか通学どうしとるん?」
玄関でまた一緒になった大倉さんが、傘立てから自分の傘を引き抜きながら訊いてくる。
「合羽着て普通にバイクで来るで。路面滑りやすいし、視界も悪なるから、普段より早めに家は出るけどな」
「ふうん。……なぁなぁ、宮本君のバイク見せてもらってもええかな?」
「ええで。でも電車の時間は大丈夫なん?」
「うん。今の時間やと乗り換えのタイミング的にちょっと時間つぶさないかんのよね」
「あーそっか。この時間はそうやったな」
バイク通学に切り換える前は僕もそうだったことを思い出しながら上履きのスリッパから靴に履き替える。朝の雨に打たれた靴はびしょぬれで冷たく、正直かなり気持ち悪い。
うへぇ、靴ぐちょぐちょでイヤやなぁ。長靴で登校はさすがにないけど、防水性の高いレインシューズぐらいは買った方がええかな。
「…………ねぇ、迷惑なんやったらそう言ってさ! ……あたし、久しぶりにやりたいことが見つかって、はしゃいじゃっててたぶん空気とか読めてへんと思うけど、嫌ならちゃんと言ってくれんと分からんやん」
いきなり強めの口調でそんなことを言い出した大倉さんは、何故かざっくり傷ついたような顔で今にも泣き出しそうになっていて、僕は何がどうなってこうなったのか分からずにうろたえた。
「え? ええっ? なんで?」
「……だって、宮本君、今めっちゃ厭そうな顔したやん」
…………あー、はいはい。把握把握。これは口で言い訳するより見てもらった方が早いな。
黙って履いたばかりのスニーカーをもう一度脱いで思いっきり絞ってみせる。ぽたぽたぽたっと水が滴り、玄関の床タイルを濡らす。
「…………あ」
「こんな靴を履いて嬉しそうな顔なんてしやんやん? 顔に出とったんはあれや、脊髄反射や」
「あー。……え、えーと、あたし、迷惑やない?」
「そんなわけないやん」
「よかったぁ!」
安心したように柔らかく笑う大倉さんにドギマギしてしまって思わず目をそらす。
「なっとしたん? そっちになんかあるん?」
……なっとしたんちゃうわ。ずっと無表情のダウナー系やったくせに、急に表情豊かになって普通に笑顔を見せるようになるなんて反則やろ。
中学時代の彼女があんなに人気が高かったのは決して陸上の才能だけが理由じゃない。明るくて性格が良くて人懐っこい親しみやすい美少女だったからこそ学校のアイドルだったのだと今さらながらに思い出す。
「なんでもない。……バイク、見るんやろ?」
「あ、うん。待って!」
歩き出した僕を、慌ててひょこひょこと追いかけてくる大倉さんが追いついてくるのをちょっと立ち止まって待つ。
体育館裏のバイク小屋には原付がずらっと並んでいる。ほとんどが燃費が良くて運転しやすい50ccのスクーターとスーパーカブだが、ナンバーの色が違う小型二輪も若干混じっている。大倉さんは物珍しそうにきょろきょろしている。
「はー、バイク置き場は初めて来たけど、こうして見るとけっこう多いんやねぇ、バイク通学」
「そやな。けど今日は雨やったからこれでもかなり少ない方やで。普段はもっとぎゅうぎゅうに詰まっとるし」
「そうなんや。それで、宮本君のバイクはどれなん?」
「これ」
僕の[しるばー]には、僕が朝着てきた合羽が干してあり、ちょうどシートを被せたような状態になっているのでこのままでは中身が分からない。僕が車体を覆っていた合羽を引きはがすと、大倉さんが歓声を上げた。
「わぁ! やっぱり宮本君もモンキーなんやね!」
「おう」
「うんうん。やっぱ旧タイプのモンキーは可愛ええなぁ。けど、サイズと形は同じでもカラーリングでけっこう印象変わるんやねぇ。サラさんのはいかにも女の子って感じやけど宮本君のはちょっと男の子っぽいワイルド感あるなぁ」
「そやな。モンキーはカラーバリエーション豊富やから色の好みで選ぶ人も多いな。ちなみに俺のは2002年モデルな」
「へぇ。……なぁ宮本君、お願いっ! ちょっとだけ、跨がってみたらいかんかな?」
可愛い女の子の「お願いっ」を無下に出来る16歳男子が世の中にどれほどいるだろうか? しかもそれに必殺技【上目遣い】まで加わってくるとなると。だが、僕は姉貴と妹から常々そのような攻撃に曝されているので耐性はできている。
「ええよ」
「わーい! やったぁ」
耐性があっても抵抗しなければ効果はない。そもそも母、姉、妹と女ばかりの家庭内で唯一の男である僕が円満にやっていくコツは、女たちの要望に「ハイ、喜んで!」の精神で全力でお応えすることである、という悟りの境地に至っているのが現在の僕である。
僕が合羽を畳んで通学用のリュックに押し込んでいる間に、大倉さんは[しるばー]にまたがってライディングポーズをとっていた。
「どうかな?」
お、おぅ……。
足を揃えて乗ることができるスクーターと違って、小さいながらもオートバイタイプであるモンキーは当然、両足でタンクを挟み込むようにして乗らなければならない。まじめな大倉さんのスカートは校則の規定どおりの膝上10㌢だが、それでもスカートでバイクにまたがればどうなるかは自明の理で……。
スカートが大胆にめくれ上がり、大倉さんの太ももがかなり際どいところまでむき出しになっていて、僕はかなり目のやり場に困ってしまった。この見えそうで見えないギリギリな状態はちょっと刺激が強すぎる。
「……どう? って?」
無意識に声が上ずる。
「似合う?」
「似合うというか、スカートでその体勢は目のやり場に困るんやけど」
「あ、これキュロットやで大丈夫やに。ほら」
大倉さんがこともなげにぺろんとスカートの裾の前部分を捲るとその下は二股になったキュロットパンツ。
ああ、これが男子たちの夢と希望を打ち砕いてきたと噂されるキュロットタイプの制服スカートか。外見は普通のスカートだが中が二股になっていうタイプ。ただまぁ、僕からすれば下着までは見えずとも太ももがかなり上の方まで捲れてるだけでもけっこう目の毒ではあるのだがそれは口に出さないでおく。
「……あー、キュロットスカートか。ならえっか」
「さすがにスカートではこんなことせんて。……あ、なぁなぁ、さっきも言ったけど、あたしまだシミュレーション教習やっただけで本物のバイクは乗ってへんのやけど、こうして実際にモンキーに乗ってみたらなんかぺダルとかレバーとか色々あるやん? バイクって普通こうなん?」
「そやな。スクーターとかはオートマチック・トランスミッション、いわゆるAT車やからもっとシンプルやけど、モンキーはマニュアル・トランスミッション──MT車で、普通バイクって言ったら基本的にこのタイプやな」
「はー、なんとなくスクーターの方が簡単そうってぐらいでATとMTの違いっていまいちまだ分かってへんのよね」
「そうやなぁ、ATは速度に合わせて自動的にギアが切り替わるから、右ハンドルのアクセルを捻れば勝手に走るし、停まるときも自転車と同じで両手のハンドルのブレーキレバーを握れば簡単に停まるから楽やな」
「ふむふむ」
「で、MTやけどな、速度に合わせて自分でギアを切り替えないかんから、アクセルとブレーキに加え、クラッチとチェンジペダルの操作もせなかんでちょっとややっこいな」
「うっ、なんか難しそう」
「まぁ慣れればどうってことないんやけどな。モンキーもそうやけどMT車のバイクの場合、右のハンドルのレバーが前輪ブレーキ。左のハンドルのレバーがクラッチ。右足のペダルが後輪ブレーキ。左足のペダルが変速用のチェンジペダルって決まっとるな」
「難しいよ。ちゃんと覚えられるかなぁ……でもこれちゃんとできんとモンキーどころか教習所のバイクも運転できんもんなぁ」
「まあそのための教習所やし、ちゃんと一から乗り方は教えてもらえるから大丈夫やって。大倉さんがよく知っとるパン屋の沙羅も元々運動音痴やったけど今は普通に四速モンキーに乗りこなしとるんやから、元々運動神経のええ大倉さんやったらすぐマニュアル車でも乗れるようになるに。俺でええんやったら免許取った後で練習ぐらい付き合うし」
「ほんまにっ!?」
大倉さんがガバッと上半身を起こす。
「おう。いくら基本操作が同じやいうても、教習で使う400ccの大きいバイクと小型バイクの中でも特に小さいモンキーとじゃ乗った時の感覚からして全然違うからな。同じ旧車モンキー好き同士として放っとけやんし」
僕がそう言うと、大倉さんは顔をくしゃっとして泣きそうな顔で笑った。
「なんかさ、宮本君ってええ奴やんな」
「そう、なんかなぁ?」
「……宮本君だけやに。中学時代のあたしのことを知ってて今でもあたしに普通に接してくれるんはさ。今までやって、宮本君がちょいちょい話しかけてくれてけっこう嬉しかったんやよ。サラさんから紹介されたんが宮本君やなかったら、今日やってたぶんよう話しかけれんかったと思う」
「…………」
えー、マジか。
僕はてっきり大倉さんは陸上を止めた後に親しくしていた友人たちが離れていったことで人間関係に嫌気が差してあえて独りでいることを選んでいるのだと思っていた。わざわざ伊勢から離れた高校に進学したのもそうだし、今もクラスの誰とも親しくしようとしてないことからもそうだと思っていて、だから僕もあまり頻繁に話しかけたらウザがられるかも、とあえて引いた立ち位置にいたのだが……どうやら間違っていたらしい。
大倉さんは陸上という秀でたものがあったから以前は自然と彼女の周りには人が集まって来てたけど、それをなくした時、自分から人の輪に入っていかなくちゃいけなくなって、でもその方法が分からなくて、そのまま孤立していったというのがどうやら真相っぽい。
今では、ダウナーで無口で近寄り難い孤高キャラがすっかり板についてしまっていて、僕も含め、周囲の人間は彼女自身がそうありたいと望んでいるのだと思っていたけど、大倉さんは独りを好む孤高の人ではなく、人との接し方がよく分かっていない不器用で寂しがりの女の子だった。
大倉さんが上目がちにおずおずと口を開く。
「なぁ、宮本君。……あたしと、その……友だちになってくれん? 宮本君と……友だちになりたいんさ」
彼女がその言葉を口に出すのにすごく勇気を振り絞ったんだってことが痛いほど伝わってきた。
かつて、別の世界の住人だった学校のアイドル、天才スプリンターはそこにはいなかった。そこにいるのは、普通の少女としての一歩を怖々と踏み出そうとしている内気な一人の女の子、大倉香奈だった。
僕は、そっと右手を差し出した。
「ちょっと照れくさいけど、こういうのって形が大事やと思うから。これからよろしくな! 香奈ちゃん」
気恥ずかしそうに笑いながら、香奈が僕の手を握り返してくる。
「えへへ。こっちこそよろしくなぁ。ゆ、佑樹君!」
【作者コメント】
今はどうか知りませんが、作者が高校生の頃は校則でバイク免許の取得は禁止されていたので、度会町の実家から毎日片道20km峠道を自転車漕いで通ってましたね。原付で通えればいいのにとなど願ったことか。
この作品を楽しんでいただけましたら、応援やお気に入り登録、しおり挟んでいただけると嬉しいです。
モンキー2002
7
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
義妹と旅する車中泊生活
桜井正宗
青春
義妹の『歩花』(あゆか)は、兄である大学生の『回』(カイ)が大好きで、どこでもついて行く。ある日、回が普通自動車免許を取った。車を買うお金はなかったけれど、カーシェアリングでドライブへ出かけた。帰りに歩花が宝くじを購入。それが高額当選した。そのお金でキャンピングカーを買い、大好きな兄へ送った。
回は、夏休みを利用して可愛いJK義妹と共に全国を巡る旅に出る――。
※カクヨムでも掲載中です
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
