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25.免許取得(香奈)
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免許センターの最寄り駅である近鉄南が丘駅から電車に乗り、40分ぐらいかけて地元の伊勢駅に帰ってくる。冷房の効いた電車の車内からホームに一歩踏み出した瞬間、むわっとした熱気に包まれて、あたしは思わず呻いた。
「あづ~」
改札を通過して駅舎の外に出ると、アスファルトに照りつける太陽の熱気で陽炎が立ち昇っていて、街路樹にとまっているセミがけたたましく鳴いていて、空には大きな入道雲が立ち上がっていて、もうこれ以上ないぐらいに真夏日だった。
教習所の卒業検定は無事に合格して、夏休みが始まったばかりの今日、朝から津市にある免許センターに行って運転免許証の交付を受けてきた。
取り出した真新しいピカピカの免許証にあたしの顔写真と名前が記されているのを見て思わず頬が弛む。
「んふふふ」
タイミング良く自宅方面に向かうバスが来てたから乗り込んで一旦帰路に就く。動き出したバスの中でお母さんにRineを送るとすぐに返事があり、ちょうど今用事で出掛けているらしく、家にあたしの昼食も無いとのことなので、ワイズベーカリーに寄ってそこで何か食べてとのこと。
そんなわけで、ワイズベーカリーの最寄りのバス停で降りて、徒歩でトコトコとお店に向かう。
すっかり慣れ親しんだワイズベーカリーのオレンジの扉を開けると、真鍮のカウベルがカランコロンと店内に澄んだ音を鳴り響かせる。
店に一歩足を踏み入れれば、ほどよく空調の効いた店内に充満するパンのいい匂いに誘発されてお腹が鳴りそうになる。
グレーのキャスケット帽と千鳥格子のコックコート、デニムのエプロン姿の沙羅姉さんが両手にミトンをつけたまま厨房から出てくる。
「いらっしゃいませぇ! ……あら、香奈ちゃんやん。今日は免許センターやって言うてなかった?」
「へっへ~。沙羅姉さん、今その帰りやったんですよぅ」
「おぉ? ということは免許取ってきたんやね? だからそんなに嬉しそうなんやね?」
「じゃーん! 取って参りました!」
あたしがついさっき発行してもらったばかりの運転免許証を見せると沙羅姉さんが自分の事のように喜んでくれる。
「わぁ! やったやん! めっちゃ嬉しいなぁ! これで香奈ちゃんも一緒にツーリングにいけるなぁ! [メッキー]のレストアも終わったし、これはもうお祝いせなかんな!」
「そんな、お祝いなんて大袈裟な。でも、今めっちゃ嬉しいです」
「やんな! やんな! うちも免許取れた時そんな感じやったからめっちゃ分かるわぁ。じゃあ、さっそく今日から乗るんかな?」
「はい。今日、この後お母さんに宮本家に送ってもぉて、佑樹君に練習に付き合ってもぉて、そのまま[メッキー]でお家に帰ろっかなって」
「おー、ええやんええやん! あーあ、うちも香奈ちゃんの練習に付き合いたかったなぁ。残念。でも近々一緒にツーリング行こな?」
「はい! 是非是非! あ、これください。中で食べてってええですか?」
「ええにー。飲み物は……あ、そや、今な、ちょうど試作品のアイスチョコレートがあるからお代はええから飲んでみてくれへん?」
「ええんですか! それもう名前からして絶対美味しいやつやん」
「うふふ。感想だけ聞かしてね」
お会計を済ませてイート席で待っていると沙羅姉さんが温め直したパンとアイスチョコレートをトレイに載せて持ってきてくれる。パッと見だと普通のアイスココアだけどどう違うんかな?
「アイスチョコレートってアイスココアとはちゃうんですか?」
「全然ちゃうに。ココアはココアパウダーで作るんやけど、ココアパウダーって元々チョコレートを作る過程で出る副産物なんよね。これには油脂がほとんど含まれてへんから、ココアって時間経つとだんだん底の方に沈澱ってくるやん」
「はい」
「アイスチョコレートは逆でな。材料に溶かしたチョコレートを使うんやけど、チョコレートには油脂が多いから逆に上の方に濃い部分が浮いてくるんよね。味もココアがスッキリしてるのに対してアイスチョコレートは濃厚やし」
「それ聞くとますます楽しみ~」
「実際に飲んでみるのが一番やね。どうぞ」
「いただきまーす。……なにこれ、うまっ!」
一口飲んでみたアイスチョコレートは甘さは控えめなのに味わいは深くて濃厚で、風味も豊かで、なるほどこれは確かにココアとは違う。飲むチョコレートや、と納得の味で正直感動した。
「アイスチョコレートは使うチョコレートの品質がそのままクオリティに直結するんよね。これはお店で使ってる製菓用の高級チョコレートのクーベルチュールにラム酒で風味付けした大人向けの味だけどどお?」
「はー、なんてこと。あたし、大人の階段を登ってしまったんや。世の大人たちはこんなに美味しいものを普段から飲んどるんや……」
「あはは。その反応ええやん! そやに。大人は大変なんやからこういう自分へのご褒美を糧に毎日を頑張っとるんよ。……ってどういう結論やねーん!」
沙羅姉さんがセルフノリツッコミでケラケラと笑う。そして、スッと真顔になってアドバイスしてくれる。
「あ、そうそう。分かっとると思うけど[メッキー]に乗るにあたって長袖長ズボンと手袋を忘れんようにね! 教習に使ってた中型バイクとは何もかも違うから慣れるまでは転けやすくなるし、肌がむき出しやと転んだときに大怪我しちゃうからね」
「はぁい」
「じゃ、うちはお仕事に戻るからゆっくりしていってね」
イート席でお昼を食べてまったりしながら待っていると、お母さんの車がお店の前に停まるのが見えたので荷物を持って立ち上がり、沙羅姉さんにあいさつする。
「お母さん来てくれたから一旦帰ります。でもすぐ家のほうにお邪魔しますけど」
「おっけー。うちは今日、四時ぐらいに終わりやから、夕食の買い物して帰るんは五時過ぎかなぁ? 香奈ちゃんも食べてくやろ?」
「いつもお世話になります」
「いいわよぉ! そんなにかしこまらんでも。香奈ちゃんはうちにとって、もう妹みたいな感じやし。……いっそほんとに妹になる?」
冗談めかして聞いてくるその意味に気付いて耳まで赤くなる。
「ゆ、佑樹君はあくまで友達やしっ!」
「あらあら」
沙羅姉さんが困ったように笑う。
「それに、佑樹君にはもう、すごい美人の彼女がいてますし」
「…………え、そうなん?」
沙羅姉さんが鳩が豆鉄砲を食らったような表情で首を傾げる。
「一つ年上の食調の先輩で、美人なのにめっちゃええ人で、あたしなんかじゃ全然太刀打ちできやんってゆうか……」
あ、あたしったら一体何を口走っとるんやろ!?
「……ユウ君に彼女? う~ん、ほんまに? え~、だって……」
どうにも納得がいかないみたいでしきりに首を傾げながら独り言をいう沙羅姉さん。
「轟響子さんっていう人ですけど知ってます?」
「え、響子? うん。知っとるよ。うちの卒業と入れ違いの入学やから学校では被ってへんけど、卒業生が特別講師として授業する機会があって、その時に知り合って、何回かオフで遊んだこともあるに。んー……確かにあの子は人目を引く美人やし、めっちゃええ子なんも分かっとるけど、あの子めっちゃ男嫌いやったはずなんやけど」
「少なくとも佑樹君の前ではデレデレですけど」
「えー、想像できひん。それにユウ君は……」
あたしをちらちら見ながら眉根を寄せて考え込む沙羅姉さん。なんか頭がこんがらがってしまってるみたい。
沙羅姉さん的には自分の知らないところで佑樹君に彼女がいることにびっくりしちゃったんやろね。姉弟仲いいし。
「……とりあえず、お母さんを待たせとるんで帰りますね」
「……あ、うん。またあとでね」
「は~い。ではでは~」
ドアノブに手を伸ばしたあたしの背中から声が掛かる。
「あ、香奈ちゃん。一つ言い忘れとった」
「あ、はい」
振り返ると、沙羅姉さんがレジカウンターの上で組んだ手の甲にあごを乗せて、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「響子は確かに美人やけど、香奈ちゃんやってすっごく可愛いんやから自信持たなあかんに。ちなみにユウ君がポニーテール好きってゆうんはここだけの話やに?」
「いやいやいやいや、あたしと佑樹君はそういう仲っちゃうし」
……なるほど、ポニテか。髪もだいぶ伸びたしできんことはないかな。
あたしは再び真鍮のカウベルの音を鳴り響かせながら店を出てお母さんの車に駆け寄った。
「ごめんな、お母さん。お待たせ~」
「ああっ、早よ閉めて! 冷気が逃げるやん!」
「暑いねー、今日も」
お母さんの車の助手席に乗り込むと、お母さんがお店の前に停まっている[もんちー]に目を移した。
「香奈が宮本君のところで修理しとったバイクってこれと同じなん?」
「うん。年式が違うからヘッドライトの大きさがちょっと小さいけど、ほとんど同じ形やね」
「なんか玩具みたいやね」
「めっちゃ可愛いやん? こんなに小さくてもなかなか性能は馬鹿にできないんやに。ちっちゃいくせに力持ち! このギャップに萌えんねん」
「ふふふ、楽しそうやね。……正直、女の子がバイクってどうなん? って思っとったけど、香奈が昔みたいに明るくなったから、今はよかったって素直に思えるわ」
「暴走族になるかもって心配やった?」
「そういう心配はしとらんけど、ほら、やっぱりバイクって女の子ってイメージっちゃうやん」
「……うん。言いたいことはわかる。でも、4miniは男女問わず人気があるんやよ」
「ヨンミニ? なんそれ?」
「バイクのエンジンには2サイクル式と4サイクル式の二種類があって、スクーターとかはほとんど2サイクルなんやけど、モンキーとかは4サイクルなんね。それで、4サイクルのエンジンを積んだミニバイクのことを4miniっていうんやって」
「……なんか、私にはついていけへん世界だけど、香奈もずいぶんバイクに詳しくなったんやね」
「えへへー。佑樹君の受け売りやけどね」
「そんで、このまま宮本君のお家に送ったらええの?」
「あ、一旦家に寄って欲しいかな。免許も取れたし、今日はこれから初めてあたしのモンキーに乗るんやけど、慣れないバイクは転けやすいらしいからちゃんと長袖長ズボンにしとかんと」
「……そう。それは楽しみやね。分かっとると思うけど、バイクは乗り方次第やと危険なものになるってことだけは忘れちゃあかんに。本当に、本当に安全を心がけて運転せなかんよ? バイクで事故してしもたら、今度こそアキレス腱だけじゃ済まんくなるかもしれんからね」
お母さんの心配と不安の入り混じった嘆願に、お母さんの複雑な心境を垣間見た気がして、あたしの浮かれ気分がちょっと治まった。
あたしが陸上で無茶な練習を続けていたときも、大会で怪我をして病院に運ばれたときも、陸上を断念してふさぎ込んでしまったときも、お母さんはいつもあたしのことを心配してくれていた。
もうこれ以上心配をかけたくない。
「うん。分かっとる。無茶せんように気をつけるから」
【作者コメント】
新章スタート。沈殿することを伊勢弁では『とごる』といいます。例文「ドレッシングとごっとるでよく振ってな」
「あづ~」
改札を通過して駅舎の外に出ると、アスファルトに照りつける太陽の熱気で陽炎が立ち昇っていて、街路樹にとまっているセミがけたたましく鳴いていて、空には大きな入道雲が立ち上がっていて、もうこれ以上ないぐらいに真夏日だった。
教習所の卒業検定は無事に合格して、夏休みが始まったばかりの今日、朝から津市にある免許センターに行って運転免許証の交付を受けてきた。
取り出した真新しいピカピカの免許証にあたしの顔写真と名前が記されているのを見て思わず頬が弛む。
「んふふふ」
タイミング良く自宅方面に向かうバスが来てたから乗り込んで一旦帰路に就く。動き出したバスの中でお母さんにRineを送るとすぐに返事があり、ちょうど今用事で出掛けているらしく、家にあたしの昼食も無いとのことなので、ワイズベーカリーに寄ってそこで何か食べてとのこと。
そんなわけで、ワイズベーカリーの最寄りのバス停で降りて、徒歩でトコトコとお店に向かう。
すっかり慣れ親しんだワイズベーカリーのオレンジの扉を開けると、真鍮のカウベルがカランコロンと店内に澄んだ音を鳴り響かせる。
店に一歩足を踏み入れれば、ほどよく空調の効いた店内に充満するパンのいい匂いに誘発されてお腹が鳴りそうになる。
グレーのキャスケット帽と千鳥格子のコックコート、デニムのエプロン姿の沙羅姉さんが両手にミトンをつけたまま厨房から出てくる。
「いらっしゃいませぇ! ……あら、香奈ちゃんやん。今日は免許センターやって言うてなかった?」
「へっへ~。沙羅姉さん、今その帰りやったんですよぅ」
「おぉ? ということは免許取ってきたんやね? だからそんなに嬉しそうなんやね?」
「じゃーん! 取って参りました!」
あたしがついさっき発行してもらったばかりの運転免許証を見せると沙羅姉さんが自分の事のように喜んでくれる。
「わぁ! やったやん! めっちゃ嬉しいなぁ! これで香奈ちゃんも一緒にツーリングにいけるなぁ! [メッキー]のレストアも終わったし、これはもうお祝いせなかんな!」
「そんな、お祝いなんて大袈裟な。でも、今めっちゃ嬉しいです」
「やんな! やんな! うちも免許取れた時そんな感じやったからめっちゃ分かるわぁ。じゃあ、さっそく今日から乗るんかな?」
「はい。今日、この後お母さんに宮本家に送ってもぉて、佑樹君に練習に付き合ってもぉて、そのまま[メッキー]でお家に帰ろっかなって」
「おー、ええやんええやん! あーあ、うちも香奈ちゃんの練習に付き合いたかったなぁ。残念。でも近々一緒にツーリング行こな?」
「はい! 是非是非! あ、これください。中で食べてってええですか?」
「ええにー。飲み物は……あ、そや、今な、ちょうど試作品のアイスチョコレートがあるからお代はええから飲んでみてくれへん?」
「ええんですか! それもう名前からして絶対美味しいやつやん」
「うふふ。感想だけ聞かしてね」
お会計を済ませてイート席で待っていると沙羅姉さんが温め直したパンとアイスチョコレートをトレイに載せて持ってきてくれる。パッと見だと普通のアイスココアだけどどう違うんかな?
「アイスチョコレートってアイスココアとはちゃうんですか?」
「全然ちゃうに。ココアはココアパウダーで作るんやけど、ココアパウダーって元々チョコレートを作る過程で出る副産物なんよね。これには油脂がほとんど含まれてへんから、ココアって時間経つとだんだん底の方に沈澱ってくるやん」
「はい」
「アイスチョコレートは逆でな。材料に溶かしたチョコレートを使うんやけど、チョコレートには油脂が多いから逆に上の方に濃い部分が浮いてくるんよね。味もココアがスッキリしてるのに対してアイスチョコレートは濃厚やし」
「それ聞くとますます楽しみ~」
「実際に飲んでみるのが一番やね。どうぞ」
「いただきまーす。……なにこれ、うまっ!」
一口飲んでみたアイスチョコレートは甘さは控えめなのに味わいは深くて濃厚で、風味も豊かで、なるほどこれは確かにココアとは違う。飲むチョコレートや、と納得の味で正直感動した。
「アイスチョコレートは使うチョコレートの品質がそのままクオリティに直結するんよね。これはお店で使ってる製菓用の高級チョコレートのクーベルチュールにラム酒で風味付けした大人向けの味だけどどお?」
「はー、なんてこと。あたし、大人の階段を登ってしまったんや。世の大人たちはこんなに美味しいものを普段から飲んどるんや……」
「あはは。その反応ええやん! そやに。大人は大変なんやからこういう自分へのご褒美を糧に毎日を頑張っとるんよ。……ってどういう結論やねーん!」
沙羅姉さんがセルフノリツッコミでケラケラと笑う。そして、スッと真顔になってアドバイスしてくれる。
「あ、そうそう。分かっとると思うけど[メッキー]に乗るにあたって長袖長ズボンと手袋を忘れんようにね! 教習に使ってた中型バイクとは何もかも違うから慣れるまでは転けやすくなるし、肌がむき出しやと転んだときに大怪我しちゃうからね」
「はぁい」
「じゃ、うちはお仕事に戻るからゆっくりしていってね」
イート席でお昼を食べてまったりしながら待っていると、お母さんの車がお店の前に停まるのが見えたので荷物を持って立ち上がり、沙羅姉さんにあいさつする。
「お母さん来てくれたから一旦帰ります。でもすぐ家のほうにお邪魔しますけど」
「おっけー。うちは今日、四時ぐらいに終わりやから、夕食の買い物して帰るんは五時過ぎかなぁ? 香奈ちゃんも食べてくやろ?」
「いつもお世話になります」
「いいわよぉ! そんなにかしこまらんでも。香奈ちゃんはうちにとって、もう妹みたいな感じやし。……いっそほんとに妹になる?」
冗談めかして聞いてくるその意味に気付いて耳まで赤くなる。
「ゆ、佑樹君はあくまで友達やしっ!」
「あらあら」
沙羅姉さんが困ったように笑う。
「それに、佑樹君にはもう、すごい美人の彼女がいてますし」
「…………え、そうなん?」
沙羅姉さんが鳩が豆鉄砲を食らったような表情で首を傾げる。
「一つ年上の食調の先輩で、美人なのにめっちゃええ人で、あたしなんかじゃ全然太刀打ちできやんってゆうか……」
あ、あたしったら一体何を口走っとるんやろ!?
「……ユウ君に彼女? う~ん、ほんまに? え~、だって……」
どうにも納得がいかないみたいでしきりに首を傾げながら独り言をいう沙羅姉さん。
「轟響子さんっていう人ですけど知ってます?」
「え、響子? うん。知っとるよ。うちの卒業と入れ違いの入学やから学校では被ってへんけど、卒業生が特別講師として授業する機会があって、その時に知り合って、何回かオフで遊んだこともあるに。んー……確かにあの子は人目を引く美人やし、めっちゃええ子なんも分かっとるけど、あの子めっちゃ男嫌いやったはずなんやけど」
「少なくとも佑樹君の前ではデレデレですけど」
「えー、想像できひん。それにユウ君は……」
あたしをちらちら見ながら眉根を寄せて考え込む沙羅姉さん。なんか頭がこんがらがってしまってるみたい。
沙羅姉さん的には自分の知らないところで佑樹君に彼女がいることにびっくりしちゃったんやろね。姉弟仲いいし。
「……とりあえず、お母さんを待たせとるんで帰りますね」
「……あ、うん。またあとでね」
「は~い。ではでは~」
ドアノブに手を伸ばしたあたしの背中から声が掛かる。
「あ、香奈ちゃん。一つ言い忘れとった」
「あ、はい」
振り返ると、沙羅姉さんがレジカウンターの上で組んだ手の甲にあごを乗せて、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「響子は確かに美人やけど、香奈ちゃんやってすっごく可愛いんやから自信持たなあかんに。ちなみにユウ君がポニーテール好きってゆうんはここだけの話やに?」
「いやいやいやいや、あたしと佑樹君はそういう仲っちゃうし」
……なるほど、ポニテか。髪もだいぶ伸びたしできんことはないかな。
あたしは再び真鍮のカウベルの音を鳴り響かせながら店を出てお母さんの車に駆け寄った。
「ごめんな、お母さん。お待たせ~」
「ああっ、早よ閉めて! 冷気が逃げるやん!」
「暑いねー、今日も」
お母さんの車の助手席に乗り込むと、お母さんがお店の前に停まっている[もんちー]に目を移した。
「香奈が宮本君のところで修理しとったバイクってこれと同じなん?」
「うん。年式が違うからヘッドライトの大きさがちょっと小さいけど、ほとんど同じ形やね」
「なんか玩具みたいやね」
「めっちゃ可愛いやん? こんなに小さくてもなかなか性能は馬鹿にできないんやに。ちっちゃいくせに力持ち! このギャップに萌えんねん」
「ふふふ、楽しそうやね。……正直、女の子がバイクってどうなん? って思っとったけど、香奈が昔みたいに明るくなったから、今はよかったって素直に思えるわ」
「暴走族になるかもって心配やった?」
「そういう心配はしとらんけど、ほら、やっぱりバイクって女の子ってイメージっちゃうやん」
「……うん。言いたいことはわかる。でも、4miniは男女問わず人気があるんやよ」
「ヨンミニ? なんそれ?」
「バイクのエンジンには2サイクル式と4サイクル式の二種類があって、スクーターとかはほとんど2サイクルなんやけど、モンキーとかは4サイクルなんね。それで、4サイクルのエンジンを積んだミニバイクのことを4miniっていうんやって」
「……なんか、私にはついていけへん世界だけど、香奈もずいぶんバイクに詳しくなったんやね」
「えへへー。佑樹君の受け売りやけどね」
「そんで、このまま宮本君のお家に送ったらええの?」
「あ、一旦家に寄って欲しいかな。免許も取れたし、今日はこれから初めてあたしのモンキーに乗るんやけど、慣れないバイクは転けやすいらしいからちゃんと長袖長ズボンにしとかんと」
「……そう。それは楽しみやね。分かっとると思うけど、バイクは乗り方次第やと危険なものになるってことだけは忘れちゃあかんに。本当に、本当に安全を心がけて運転せなかんよ? バイクで事故してしもたら、今度こそアキレス腱だけじゃ済まんくなるかもしれんからね」
お母さんの心配と不安の入り混じった嘆願に、お母さんの複雑な心境を垣間見た気がして、あたしの浮かれ気分がちょっと治まった。
あたしが陸上で無茶な練習を続けていたときも、大会で怪我をして病院に運ばれたときも、陸上を断念してふさぎ込んでしまったときも、お母さんはいつもあたしのことを心配してくれていた。
もうこれ以上心配をかけたくない。
「うん。分かっとる。無茶せんように気をつけるから」
【作者コメント】
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