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24.友だち宣言(佑樹)
しおりを挟む「かなっちは今も足が悪いのかい?」
香奈がちょっとびっこを引きながら教室から出て行くのを見送った響子さんが何気なく訊いてくる。……今も?
「まあね。中学時代に部活でやった怪我の後遺症がまだ残っとるみたいやな。もう痛みはないって言うとったけど」
「そっか。さっき紹介されるまで気づかなかったけど、かなっちってあの大倉香奈だよね? 中学女子の100㍍記録保持者の」
響子さんの発言に聞き耳を立てていた周囲がざわっとした。
「そやで。よう知っとったな。うちのクラスの連中だってたぶんほとんど知らんのに」
響子さんがちょっと焦ったような表情で周囲を見回す。
「もしかして、コレ、口にしちゃいけなかったかい?」
「いや……まあ、ええんちゃう? 元々隠してるわけでもないし、本人はもう新しい生き甲斐見つけて吹っ切れてるし、陸上にも未練はなさそうやし」
「むぅ。それはそれでファンとしては複雑な心境なんだよね」
「……え、ファンってマジ?」
「うむ。かなっちには言わないでおくれよ? 私、中学の頃は陸上部でさ、学校は違っても天才スプリンターの大倉香奈は憧れの存在だったんだよ。走りのフォームがすっごい綺麗でさ、大会の時は現地まで応援に行ってたよ。……まさか、こんなところで本人と会うなんて思ってなかった。参ったなー。すごく複雑だ」
「現地応援ってガチのファンやん」
そりゃ引退した推しとプライベートで知り合うとか複雑な心境になるのも分からんではない。
「あすかな対決もね、毎回楽しみにしてたんだけど、ああいう終わり方だったからさ、応援していた気持ち的にも不完全燃焼でモヤモヤだったし、私、明日香と同じ中学で仲も良かったから、あの件以降の彼女のことも知ってて、あんな結末になっちゃったのがすごく悲しかったんだよね。……あ、古市明日香って知ってるよね?」
「…………おぅ。俺の出身中ではあの事件以後『名前を出してはいけないあの人』やったで」
あの事件が起きる前は香奈の好敵手としてなんだかんだうちの中学でも人気のあった古市明日香。二人の対決は『あすかな対決』などと呼ばれたりもしていて、うちの中学にも明日香贔屓のファンはいた。
しかしあんなことがあって世間が明日香叩きで大炎上している中、当事者の片割れである香奈がすっかり意気消沈して抜け殻のようになっていたうちの中学内では、その話題を出すこと自体を避けるような風潮になっていて、不自然なほどに誰もその話をしなくなっていった。
「あー……そりゃそうだよね。そういう扱いになっちゃうよね。……そっかぁ、うん。まあそういうわけで選手の頃の大倉香奈はよく知ってたけど、選手時代と今の印象が違いすぎて最初は気づけなかったよ」
「あー……まあ選手時代とはだいぶ変わったもんな。今の彼女はあれでも以前の雰囲気に戻りつつあるんやけど。ちょっと前まではまだ立ち直れてなくてほんまに別人レベルやったからね」
「ふぅん。よく知ってるんだ彼女のこと。付き合い、長いの?」
「まぁ一応、同小同中で家も近いし、長いっちゃ長いかな」
「なに、幼馴染とかいうベタな関係?」
「いや、高校に入るまではグループも違ってほとんど会話とかせんかったし、幼馴染みとはちゃうかな。高校で再会してお互いびっくりやったし」
僕の返答に響子さんがふむふむとうなずく。
「じゃあ高校からか。……むー、3ヶ月じゃまだマンネリには早いか」
「なんの話しとるんよ?」
どうも会話が噛み合ってないような気がする。
「いや、こっちの話。気にしないでくれ給へ」
曖昧な笑いで誤魔化された。
ま、ええか。
「ところで、朝とちょっと髪型変えた?」
話題を変えると、響子さんが嬉しそうに笑った。
「お、よく気付いたね! 私らは調理実習でいつも帽子を被るからね、帽子でべたっとなった髪を直すのにドライヤーとヘアアイロンが更衣室に常備されているんだよ。よし、気付いたご褒美に1キョーコポイントを上げよう」
まーたアホな制度を導入してきよったな、この人。思いつきで設定増やすとなろう系あるあるでエタるで。
「キョーコポイント? 貯めるとなんか特典があるん?」
またクッキーくれるとか? 今度はジャガーのエンブレムクッキーを一欠片、サクサクと咀嚼する。
「うむ。10ポイントごとに響子さんとデートができるのだ」
「っげほ! げほほっ!」
「わぁ! 祐樹、大丈夫か!?」
欠片が気管に入った。涙目になって激しく咳き込む。この人の発言は時々、想定範囲の斜め上を突っ走るから心臓に悪い。
響子さんがさっき香奈に対してしたのと同じように背中をさすってくる。
あー、なんつーか……この体勢というか距離感はちょっとマズいんちゃう?
すでに教室中が耳ダンボで鵜の目鷹の目。それがここにきて一気に跳ね上がる。特に乃木の突き刺すような視線。
「おみゃあは堂々と二股かゴルァ!」とその嫉妬に狂った目が言っている。
これはあかん。マジでなんとかせんと根も葉もない噂話に収拾がつかんくなる、と危機感を覚える。
僕と香奈と響子さんの泥沼の三角関係発覚! 宮本は二股がけのゲス男! とかまあそんな感じの最悪の構図が目に浮かぶようだ。
事実なら何を言われてもしゃあないけど、濡れ衣でそんな悪名を被るのはさすがにかなわん。
「……大丈夫。もう大丈夫やでちょっと離れてくれん?」
そう言いながら手のひらを響子さんに向けると、響子さんはなんか不服そうな表情で僕から一歩距離を置いた。
「むう。失敬な奴だな。乙女心が傷つくぞ……」
そういう発言が周囲の誤解を招くんやっちゅうに。
響子さんがいい人なのは間違いない。美人なのに気さくで人懐っこくて、案外そそっかしくて、一緒にいて楽しい。正直、この人とは友だちになりたいと思う。おそらく響子さんも僕に対してそういう感情、これからも仲良くしよーぜ! 的なものを持ってくれているということは容易に察することができる。
だが、彼女のスキンシップは正直、今日出会ったばかりのこれから友だちになろうって相手に対するものにしてはちょっとばかし距離感が近すぎる。
友だちにはやはり友だちにふさわしい適度な距離というものがあるのだ。
この距離は自分で言うのもなんだが、思春期真っ盛りの男子高校生には正直刺激が強すぎる。
この人、自分がすごい美少女やっちゅう自覚無いんか?
「あのさ、響子さん」
「うん?」
「俺と響子さんってさ、今朝初めて会ったばかりでお互いのこととかほとんど知らんやん?」
「まあ、そうだね」
「でもまあ、なんとなく気が合いそうやってのは分かるし」
「うん。祐樹には私のギャグが通じるしね」
ギャグかよ。
「……まあ、それはええけどさ。俺も響子さんとはこれからも仲良くしたいって思うし、せやから……」
「せやから?」
響子さんが期待に目を輝かせる。
「とりあえず俺ら友だちにならん?」
響子さんが一瞬唖然として、でも次の瞬間には体をくの字に折って爆笑する。
「……あっはははは! そっか、その手があった! いやまあ、普通に考えてそれが当たり前だ。あははははは! いやぁ、いい! 祐樹のその反応最高!」
「なに? 俺なんか可笑しいこと言った?」
「いやいやいや。おかしいのはあたしの方でね。祐樹は全然間違っちゃいないさ! うん。友だちだねっ。友だちから始めよう!」
そう言いながら響子さんが僕の右手を両手で掴んでぶんぶんと振り回す。
なんやよう分からんけど響子さんが納得しとるようやでいいとしよう。
やがて、笑いの発作のおさまった響子さんがなにやら吹っ切れたような表情で口を開く。
「ところでさー」
「はいな」
「少し前から目には入ってたんだけど、なんで自動二輪の試験問題集なんか持ってるんだい? 佑樹はモンキーのナンバーの色からしてもう免許持ってるよね」
「ああ、これな……」
説明しようとしたちょうどその時、タイムリーなことに教室に香奈が戻ってきた。両手にクリーム色の缶コーヒーを一本ずつ持っている。パイプを咥えたおっさんのデザインのアレだ。
「お待たせぇ。やっぱりクッキーにはコーヒーがいるやんね?」
笑顔でそう言いながら机の上に缶をこん、こんと置く香奈。
「サンキュ。金払うわ。ちょお待ってな……」
「ん」
僕は香奈が立て替えてくれたコーヒー代を払おうとポケットをまさぐった。……あれ?
「…………ごめん。財布忘れてきたっぽい」
「んー、じゃあ別にええよ。今日はあたしの奢りで」
「いやいや、ちゃんと払うって。……あ、そや。今日もうちに来るやろ? そん時払うわ」
「ぬなぁぁぁぁ!?」
奇声を上げたのは香奈ではなく、響子さんだ。
「わっ! なんやなんや!?」「な、なんなん!?」
「いま、ちょーっと聞き捨てならんことが聞こえたような気がしたぞ。『今日も』って言った? かなっちはそんなに頻繁に祐樹の家に行っているのかね?」
「あわわわわ……」
にこやかに詰め寄る響子さんの圧に目を白黒させる香奈。
あー、これは確実に妙な方向に勘違いしとるな。
「しょっちゅう来とんで」
「ぬなぁぁぁ!?」
「バイクの整備しに」
「…………ぬな?」
響子さんが豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をする。
「香奈ちゃんのモンキーは廃車予定の奴を引き取ってきたかなりボロボロの旧車やからな。免許取ったら乗れるように一緒に直しとるんさ」
「そ、そう。きょ、響子先輩が想像しとるようなやましいコトはなんもしとらんから安心して!」
香奈も真っ赤な顔で両手をわたわたさせながら弁解する。
「あたしが想像してるようなコトってなんだぁぁぁ!? 五十文字以上、百文字以内で説明しろぉぉぉ!!」
響子さんが耳まで真っ赤にして香奈に詰め寄るがさっきまでの迫力はない。もう完全に照れ隠しだ。
「……あ、あたし、作文苦手で」
話が脱線して収拾がつかなくなってきたので強引にまとめにかかる。
「あーもう、響子さん! さっきの話の続きや! 俺が二輪免許の問題集を持っとる理由は、香奈ちゃんが明日二輪免許の卒業検定やで、筆記試験対策に協力しとるから! で、香奈ちゃんがうちに来てるのは、自分が乗るバイクの整備の為! OK?」
「……は、はい。OKです。話をややこしくして悪かった! ……どうぞ、勉強を続けてくれ」
響子さんがしゅんとなる。そんな彼女の様子にちょっとマズッたかなーと思った。事態を収拾するためとはいえ、語調が強くなりすぎてしまったかもしれない。別に響子さんを凹ますつもりはなかったんやけどな。
フォローの言葉を捜す僕の前で、響子さんがおずおずと顔を上げる。
「あ、あのさ。その、もしよかったらなんだけど……私にも協力させてくれないか? かなっちの試験対策に」
「え……なんで?」
香奈が不思議そうに首をかしげる。響子さんが香奈を選手時代から推してるって話を聞いた僕にはなんとなくその理由も分かったが、香奈からすると初対面の先輩からそんな申し出があってもちんぷんかんぷんだろう。
「……いや、その駄目っていうなら仕方ないけど。私もモンキーの兄弟車のゴリラ乗りだからシナジー感じてるし、二輪免許も持ってるから試験対策にも少しは力になれると思うし、これからモンキーに乗るかなっちとも仲良くできたらいいなって思ってるし。……駄目かな?」
響子さんの目は真剣だった。まあ推しとリアルでお近づきになれる千載一遇の機会やもんな。それに僕としても香奈に学校内で僕以外にも友だちができるんはええことやと思うし、ちょっとだけ援護射撃してやろか。
「香奈ちゃん、そんなに難しく考えんでええで。響子さんはただ香奈ちゃんと友だちになりたいだけやに」
「ほぇ? そうなの?」
「……あ、あう、まあその、そんな感じでだいたい合ってる」
「……響子先輩がそれでええんやったら、あたしにはそれを断る理由なんかないんやけど、ええんかな?」
「いやむしろ私の方から是非ともお願いしたい」
「えっと……じゃあ」
香奈が自分の右手を響子さんに差し出した。
「よろしくお願いします?」
響子さんが照れながらも香奈の手を握る。
「こちらこそ! よろしく頼む!」
【作者コメント】
それぞれの思惑が交錯して微妙にすれ違ったままのちょっと歪な三人の関係がスタートということで第二章はこれにて完結。スレ違いコメディって難しいですね。楽しんでいただけましたか? お気に入り登録や応援ぜひともお願いします。
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