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十一話
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建国記念祭の華やかな喧騒から一夜明け、アイゼン帝国の皇城は、静謐な朝の空気に包まれていた。
しかし、フィオーレの身に起きている異変は、その静けさを切り裂くほどに激しかった。
「はぁ、っ……あ、つい……」
朝、目覚めた瞬間から、体が内側から燃えるような熱を帯びていた。
普段ならテレーゼが持ってくるハーブティーの香りを楽しみに起き上がるはずが、今はシルクのシーツに肌が触れるだけで、痺れるような刺激が走る。
フィオーレは、震える手で自らの鎖骨のあたりを押さえた。昨夜、ヴォルフラムが指先でなぞったあの場所が、脈打つように熱い。
「フィオーレ様? お目覚めですか?」
扉をノックする音が聞こえる。テレーゼだ。
フィオーレは返事をしようとしたが、喉が熱で焼けたように乾いていて、かすれた声しか出なかった。
「て、てれ……ぜ……さん……っ」
「まあ! フィオーレ様、お顔が真っ赤ですわ!」
入室したテレーゼが、フィオーレの様子を見るなり駆け寄ってきた。
彼女の手が額に触れる。その冷たさが一瞬だけ心地よかったが、すぐに不快な熱に押し流された。
「ひどいお熱です。すぐに陛下をお呼びし、侍医のヴァレリウスを連れてまいりますわ! 寝ていてくださいね」
テレーゼが慌てて部屋を飛び出していく。
一人残された寝室で、フィオーレは荒い呼吸を繰り返した。
次第に、意識が混濁していく。熱のせいか、嗅覚が異常に鋭くなり、部屋に飾られた百合の花の香りが、逃げ場のないほど甘く、濃密に鼻腔を突く。
どのくらいの時間が経っただろう。
重厚な扉が勢いよく開く音がして、冷たい冬の風の匂いと共に、誰かがフィオーレを抱き上げた。
「フィオーレ! 俺だ、しっかりしろ」
ヴォルフラムだ。
彼の低い、けれど切迫した声が鼓膜を震わせる。
フィオーレは、ヴォルフラムの冷たくて逞しい胸板に顔を埋めた。彼の体温は、今のフィオーレにとって唯一の救いだった。
「ヴォルフラム、さま……からだが、壊れそうで……」
「壊させはしない。ヴァレリウス、診ろ!」
ヴォルフラムに促され、眼鏡をかけた初老の男性――侍医のヴァレリウスが、フィオーレの体を慎重に調べ始めた。
ヴァレリウスは、フィオーレの首筋から肩にかけて走る、微かな光の筋に目を留める。
「……陛下。これは風邪ではありません」
「何だと?」
「この紋様。……伝説に語られる『聖種の番』が、真の伴侶を認識した際に現れる、覚醒の兆しです。ラングリス王国で現れなかったのは、あちらに『真の番』がいなかったからに他なりません」
ヴォルフラムの腕が、ぴくりと跳ねた。
彼はフィオーレをより強く、けれど痛めないように加減しながら抱きしめる。
「『真の番』……。つまり、フィオーレをこの状態にしたのは、俺だというのか」
「左様でございます。陛下が昨夜、フィオーレ様の肌に触れ、魔力を流したことが引き金となったのでしょう。……今、彼の体の中では、閉じ込められていた力が溢れ出そうとしています」
フィオーレは、熱に浮かされながらも、二人の会話を断片的に聞いていた。
真の、番。
出来損ないだと言われ、捨てられた理由が、実は「まだ出会っていなかっただけ」だったなんて。
「あ、ぅ……っ」
不意に、右の肩甲骨のあたりに、鋭い痛みが走った。
まるで、皮膚の内側から何かが芽吹こうとしているような、未知の感覚。
フィオーレは思わずヴォルフラムのシャツを強く握りしめた。
「フィオーレ、怖がるな。俺がここにいる」
ヴォルフラムは、フィオーレの乱れた銀髪に何度も唇を落とし、安心させるように背中をさすった。
その大きな手から、静かで力強い魔力が流れ込んでくる。
荒れ狂っていたフィオーレの内の熱が、ヴォルフラムの魔力と混ざり合い、ゆっくりと穏やかな流れに変わっていく。
やがて、フィオーレの呼吸が整い始めた頃。
彼の右肩には、これまで見たこともないような、複雑で美しい「銀色の花の紋様」が、浮き彫りのように刻まれていた。
それはラングリスの王族が持つ薄っぺらなアザとは異なり、まるで生きているかのように微かに光を放っている。
「……なんて、綺麗なんだ」
ヴォルフラムが溜息を漏らす。
彼はフィオーレの肩を露わにし、その新しい「証」を指先で愛おしげに辿った。
触れられた場所に、ヴォルフラムの熱が刻まれていく。
「フィオーレ。お前はやはり、俺のために生まれてきたのだな」
フィオーレは、薄らと目を開けた。
視界の端で、自分の肩に咲いた銀色の花が見える。
それは「偽物」の烙印を押し流し、自分がヴォルフラムのものだということを証明する、何よりも誇らしい輝きだった。
「ヴォルフラム様……私、やっと……貴方の、番になれましたか?」
「ああ。最初からそうだったが、これで世界中の誰にも文句は言わせん。お前は俺の、真実の妃だ」
ヴォルフラムは、フィオーレの額に深い、深い誓いのくちづけを落とした。
外は相変わらずの雪景色。
けれど、フィオーレの心の中には、冬の終わりを告げるような、圧倒的な幸福の花が咲き乱れていた。
「……しばらくは体が怠いだろう。今日はこのまま、俺と一緒にいろ」
「お仕事は、いいのですか……?」
「お前を癒やすのが、今の俺の最優先公務だ」
ヴォルフラムはそう言って、フィオーレを抱えたまま、広いベッドへと横たわった。
繋がれた手。
重なり合う体温。
フィオーレは、ヴォルフラムの胸元で安らかな眠りに落ちていった。
もう、自分を否定する声は聞こえない。
ここが自分の家で、この腕の中が、自分の世界のすべてなのだから。
しかし、フィオーレの身に起きている異変は、その静けさを切り裂くほどに激しかった。
「はぁ、っ……あ、つい……」
朝、目覚めた瞬間から、体が内側から燃えるような熱を帯びていた。
普段ならテレーゼが持ってくるハーブティーの香りを楽しみに起き上がるはずが、今はシルクのシーツに肌が触れるだけで、痺れるような刺激が走る。
フィオーレは、震える手で自らの鎖骨のあたりを押さえた。昨夜、ヴォルフラムが指先でなぞったあの場所が、脈打つように熱い。
「フィオーレ様? お目覚めですか?」
扉をノックする音が聞こえる。テレーゼだ。
フィオーレは返事をしようとしたが、喉が熱で焼けたように乾いていて、かすれた声しか出なかった。
「て、てれ……ぜ……さん……っ」
「まあ! フィオーレ様、お顔が真っ赤ですわ!」
入室したテレーゼが、フィオーレの様子を見るなり駆け寄ってきた。
彼女の手が額に触れる。その冷たさが一瞬だけ心地よかったが、すぐに不快な熱に押し流された。
「ひどいお熱です。すぐに陛下をお呼びし、侍医のヴァレリウスを連れてまいりますわ! 寝ていてくださいね」
テレーゼが慌てて部屋を飛び出していく。
一人残された寝室で、フィオーレは荒い呼吸を繰り返した。
次第に、意識が混濁していく。熱のせいか、嗅覚が異常に鋭くなり、部屋に飾られた百合の花の香りが、逃げ場のないほど甘く、濃密に鼻腔を突く。
どのくらいの時間が経っただろう。
重厚な扉が勢いよく開く音がして、冷たい冬の風の匂いと共に、誰かがフィオーレを抱き上げた。
「フィオーレ! 俺だ、しっかりしろ」
ヴォルフラムだ。
彼の低い、けれど切迫した声が鼓膜を震わせる。
フィオーレは、ヴォルフラムの冷たくて逞しい胸板に顔を埋めた。彼の体温は、今のフィオーレにとって唯一の救いだった。
「ヴォルフラム、さま……からだが、壊れそうで……」
「壊させはしない。ヴァレリウス、診ろ!」
ヴォルフラムに促され、眼鏡をかけた初老の男性――侍医のヴァレリウスが、フィオーレの体を慎重に調べ始めた。
ヴァレリウスは、フィオーレの首筋から肩にかけて走る、微かな光の筋に目を留める。
「……陛下。これは風邪ではありません」
「何だと?」
「この紋様。……伝説に語られる『聖種の番』が、真の伴侶を認識した際に現れる、覚醒の兆しです。ラングリス王国で現れなかったのは、あちらに『真の番』がいなかったからに他なりません」
ヴォルフラムの腕が、ぴくりと跳ねた。
彼はフィオーレをより強く、けれど痛めないように加減しながら抱きしめる。
「『真の番』……。つまり、フィオーレをこの状態にしたのは、俺だというのか」
「左様でございます。陛下が昨夜、フィオーレ様の肌に触れ、魔力を流したことが引き金となったのでしょう。……今、彼の体の中では、閉じ込められていた力が溢れ出そうとしています」
フィオーレは、熱に浮かされながらも、二人の会話を断片的に聞いていた。
真の、番。
出来損ないだと言われ、捨てられた理由が、実は「まだ出会っていなかっただけ」だったなんて。
「あ、ぅ……っ」
不意に、右の肩甲骨のあたりに、鋭い痛みが走った。
まるで、皮膚の内側から何かが芽吹こうとしているような、未知の感覚。
フィオーレは思わずヴォルフラムのシャツを強く握りしめた。
「フィオーレ、怖がるな。俺がここにいる」
ヴォルフラムは、フィオーレの乱れた銀髪に何度も唇を落とし、安心させるように背中をさすった。
その大きな手から、静かで力強い魔力が流れ込んでくる。
荒れ狂っていたフィオーレの内の熱が、ヴォルフラムの魔力と混ざり合い、ゆっくりと穏やかな流れに変わっていく。
やがて、フィオーレの呼吸が整い始めた頃。
彼の右肩には、これまで見たこともないような、複雑で美しい「銀色の花の紋様」が、浮き彫りのように刻まれていた。
それはラングリスの王族が持つ薄っぺらなアザとは異なり、まるで生きているかのように微かに光を放っている。
「……なんて、綺麗なんだ」
ヴォルフラムが溜息を漏らす。
彼はフィオーレの肩を露わにし、その新しい「証」を指先で愛おしげに辿った。
触れられた場所に、ヴォルフラムの熱が刻まれていく。
「フィオーレ。お前はやはり、俺のために生まれてきたのだな」
フィオーレは、薄らと目を開けた。
視界の端で、自分の肩に咲いた銀色の花が見える。
それは「偽物」の烙印を押し流し、自分がヴォルフラムのものだということを証明する、何よりも誇らしい輝きだった。
「ヴォルフラム様……私、やっと……貴方の、番になれましたか?」
「ああ。最初からそうだったが、これで世界中の誰にも文句は言わせん。お前は俺の、真実の妃だ」
ヴォルフラムは、フィオーレの額に深い、深い誓いのくちづけを落とした。
外は相変わらずの雪景色。
けれど、フィオーレの心の中には、冬の終わりを告げるような、圧倒的な幸福の花が咲き乱れていた。
「……しばらくは体が怠いだろう。今日はこのまま、俺と一緒にいろ」
「お仕事は、いいのですか……?」
「お前を癒やすのが、今の俺の最優先公務だ」
ヴォルフラムはそう言って、フィオーレを抱えたまま、広いベッドへと横たわった。
繋がれた手。
重なり合う体温。
フィオーレは、ヴォルフラムの胸元で安らかな眠りに落ちていった。
もう、自分を否定する声は聞こえない。
ここが自分の家で、この腕の中が、自分の世界のすべてなのだから。
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