『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ

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二十六話

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 アイゼン帝国の空が、見たこともないような黄金のオーロラに覆われた。
 城全体が微かな振動に包まれ、庭園の植物たちは一斉に花首を天へと向けている。フィオーレの体内に宿った「命の種」が、いよいよ現世へと芽吹こうとする兆しだった。

「……っ、あ……熱い……」

 離宮の最上階、聖なる泉の間。
 フィオーレは白い寝衣一枚で、大理石の床に横たわっていた。右肩の紋様は、もはや銀色を通り越して真っ白な光を放ち、彼の全身を透かしている。
 ヴォルフラムは、傍らでフィオーレの汗ばんだ手を強く握りしめていた。彼の表情は、戦場で見せるものよりもずっと険しく、余裕を失っている。

「フィオーレ、しっかりしろ。俺の手を離すな」
「ヴォルフラム、様……まぶしくて、何も……っ」

 不意に、泉の水面が大きく盛り上がった。
 光の粒子が寄り集まり、人ならざる高貴な姿を結ぶ。それは、古の時代から聖種の血統を見守り続けてきた「精霊の王」の化身だった。

「聖種の番よ。そして、その伴侶よ」

 声は直接脳内に響き、部屋の空気を震わせる。
 精霊王は、光る指先をフィオーレの額に向けた。その瞬間、フィオーレの意識は、ヴォルフラムの手の感触すら消えるほどの漆黒の空間へと引き込まれた。

「フィオーレ。お前の魂は、あまりにも純粋で、脆すぎる。これまで多くの痛みと寒さに耐えてきたな」

 精霊王の瞳が、フィオーレの深層心理を暴く。
 ラングリスで受けた蔑み、孤独な夜、枯れかけた庭。

「今、お前の中にある命の種は、お前の生命力を糧にしている。このままこの世界で生み落とせば、お前は再び『人間』としての脆弱さに苦しむことになるだろう。……どうだ。私と共に、苦しみも寒さもない精霊の国へ来ないか。種もろとも、永遠の安らぎを与えよう」

 フィオーレの心が、一瞬だけ揺らいだ。
 痛みも、怖さもない世界。そこへ行けば、もう二度と「捨てられる」恐怖に怯えることはない。

「……待て。連れて行かせはしない」

 空間を切り裂くように、ヴォルフラムの声が届いた。
 精霊の作り出した結界の外側で、ヴォルフラムは自分の手を、目に見えるほどの魔力で包み込んでいた。彼は精霊王に向かって、一歩も退かずに剣を抜く。

「フィオーレの魂を惑わすな。そいつの苦しみも、寒さも、これからはすべて俺が半分背負う。永遠の安らぎなど必要ない。俺が欲しいのは、俺の腕の中で泣き笑いする、生身のフィオーレだ!」

 ヴォルフラムは、光の障壁に無理やり手を突っ込んだ。
 パチパチと火花が散り、彼の逞しい腕が魔力の干渉で赤く焼ける。けれど、ヴォルフラムは顔色一つ変えず、ただ真っ直ぐにフィオーレを見つめた。

「フィオーレ! 俺を見ろ! お前を拾ったのは俺だ。捨てるのも俺が決めることだと、最初に出会った日に言ったはずだ。……俺がお前を、一生手放さんと言っているんだ!」

 その叫びが、フィオーレの意識を繋ぎ止めた。
 精霊王が用意した静寂よりも、ヴォルフラムの怒声の方が、ずっとずっと温かかった。

「……ヴォルフラム、様……」

 フィオーレは、差し出されたヴォルフラムの手を、全力で掴み返した。
 焼けるような熱。けれど、これこそが自分が求めていた「真実」の質感だった。

「精霊王様……。私は、あの方のそばにいます。痛くても、怖くても……あの方の手が、こんなに熱いから」

 フィオーレがそう告げた瞬間、精霊王は満足げに、静かな笑みを浮かべた。

「……合格だ。絆とは、欠落を補い合うこと。聖種は今、愛という真の栄養を得た」

 眩い閃光が走り、フィオーレの体からあふれ出した光が、部屋の隅々にまで満ちる。
 右肩の紋様が一度激しく脈打ち、そして――。

 聖なる泉の中央、光の繭の中から、か細い、けれど確かな産声が響き渡った。

 静寂が戻った部屋。
 フィオーレは、ヴォルフラムの胸の中で激しく息を切らしていた。彼の右肩からは、あの重苦しい紋様の熱が消え、代わりに心地よい疲労感が全身を包んでいる。

「……終わったのか?」

 ヴォルフラムが掠れた声で問いかける。
 ヴァレリウスが震える手で、泉から「それ」を掬い上げた。
 それは、人間の赤ん坊のような姿をしていながら、髪の一部が銀色に輝く、神々しい小さな命だった。

「陛下、フィオーレ様。……おめでとうございます。アイゼン帝国の、新たなる太陽の誕生です」

 ヴォルフラムは、おずおずと差し出された小さな命を、自分の大きな腕で抱き上げた。
 これまで剣とペンしか握ってこなかった彼の腕が、初めて震えている。

「……柔らかいな。壊れてしまいそうだ」
「ヴォルフラム様……見せてください」

 フィオーレが身を起こすと、ヴォルフラムは慎重に、フィオーレの腕の中へその命を預けた。
 自分と、大好きな人の血を引く、新しい命。
 その温もりを感じた瞬間、フィオーレの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

「生きてる……。私たちの、子供……」
「ああ。……フィオーレ、よく頑張った。お前は、俺の誇りだ」

 ヴォルフラムは、フィオーレと赤ん坊を、自分のマントごと丸ごと抱きしめた。
 精霊の試練を乗り越え、二人の絆はもはや、この世の誰にも引き裂けないものへと昇華していた。

 窓の外では、黄金のオーロラがゆっくりと消え、代わりに清々しい春の朝日が差し込み始めていた。
 不憫な境遇にいた少年は、今、一国の皇帝の愛に包まれ、新しい命の父となった。
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