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第九章:魔王とは何か、王が王になる前の話――千年前の地獄と九つの罪
第155話:毛玉が魔王になる前夜――千年前の地獄への招待
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「その相手は私と同じ、永遠に生きる者だ。お前が彼と共に生きることを選ぶなら、いつか同じ局面に立つ時が来る。その時、お前はどう選ぶ?」
「私は……私は、マオウさんと一緒に生きることを選びます。たとえ……人間でいられなくなってもです。」
私は今でもあの時のノックターンさんの言葉を思い出します。マオウさんは人間ではありません。私と違って歳を取りません。そしていつか、別れる時が来るのでしょう。マオウさんも、ノックターンさんのようにずっと苦しむのでしょうか。
自惚れのように聞こえるかもしれませんが、私はきっとそうだと思います。マオウさんは情に深い魔王です。私やレン君が死んだら、きっと苦しみのあまり、私たちを忘れようとするはずです。マオウさんの時間は長すぎます。そのすべての悲しみを覚え続けることは、彼にとって残酷すぎるからです。だから、私との出会い以来、死んだと思っていたエンプラちゃんのことを一度も口にしたことがありませんでした。まるで、忘れ去られたかのように。
それは……私は嫌です。
同じ立場のレン君に相談しました。
「俺もセリナと同じ選択をする。だって、俺もあいつを手放したくないからな。」
「意外です。レン君はセリナと違って、家族や友達が多いはずです。永遠を選ぶということは、それは……」
「彼らの死をすべて見届けなければならない。父様も母様も、ツバキ姉様も、マサ兄も、ユウキも、最近生まれたノアも、みんな俺より先に寿命を終えて死んでしまう。だけど……俺も覚悟は決めている。あいつと共に生きる道を選ぶ。」
レン君は強く拳を握りしめました。私よりも遥かに辛い決断なのに、彼は覚悟を決めている。ならば、セリナも迷う必要はありません。
私たちはモリアのもとへ足を運びました。
*
「あらあら、どのようなご用件かしら? 二人揃って、誰かの誕生日かしら。ふふふ。」
「おおお、いいところであります! 吾輩を助けてください! オリジナルが鬼すぎるでありますよ!」
「補習をしてあげているんですわ。彼も何かと忙しいものですから。今はあのバカ天使の相手で疲れ果てていますね。まあ、その方が都合がいいですが。」
全知の悪魔。この世界のすべてを知り尽くしている超越的な存在。彼女なら、私がずっとマオウさんと一緒にいられる方法を知っているはずです。
「知っていますわ。いいえ、むしろ『できます』と言うのが正しいでしょうか。私は時間と空間を司る悪魔。人間に永遠を与えるのは容易いことです。」
私たちが今考えていることさえ、簡単に見透かされてしまう……
「はい、お願い致します。セリナはマオウさんとずっと一緒にいたいです。」
「俺からもお願いします。あいつと同じ人生を歩みたい。」
「いいわ。だって、そうすることで彼も幸せになるもの。でも、タダじゃダメ。悪魔は、何の報酬もなしには働けないんですわ。」
「でも……」
私たちに捧げられるものなど、何があるでしょう? お金? 体? 魂?
「大丈夫、そんなものは取りませんわ。ただ、依頼を完成させるだけでいい。そうね……依頼主は……」
モリアさんは指を鳴らしました。
周囲の風景が一気に変わりました。さっきまでの部屋は消え、ここは果てしない荒野。空気には血と腐敗の匂いが漂い、聞いたことのない生き物の叫び声が空から届きます。先ほどまでの繁栄した帝都の面影は、どこにもありません。
「千年前の私ですわ。ふふふ。」
*
「ええー!? ここは何処でありますか!? なぜ吾輩が……これ、何かのバグでありますか!?」
「この子は体を替えればほぼ永遠に生きられるけど……まあいいわ。だって、これはボーナスクエストですもの。あなたにも参加してもらうわ。ふふふ。」
一体どうなっているのですか? 千年前……で、彼女はさっきそう言いました。つまり、ここは……
「半分正解よ。正しいのは、ここは千年前の世界だということ。間違いなのは、ここは帝都じゃなくて『地獄』だということですわ。」
「地獄?! どういうことだ!? 俺たち、地獄に落ちたってことか!?」
「『落ちた』ではなく『移動した』の。だって、あなたたちはまだ生きているもの。依頼を完成させるためにね。」
「依頼……?」
「そう。今、あなたたちの最愛のマオウさんは、まだ魔王じゃありません。一ヶ月の時間をあげます。彼を魔王にしてください。できたら、報酬として『永遠』をあげますわ。」
「おかしいです。マオウさんは今から千年後、既に魔王なはずです。なのになぜ、そんな依頼を出すんですか?」
「それは彼に会ってからわかりますわ。先に言っておきます。今の彼は、そんなに優しくないわ。私が案内しないと、彼にそのまま殺されますわ。だから……離れないで、ついて来て。」
こうして、私たち三人の一ヶ月に渡る地獄での生活が始まりました。
*
ここは地獄です。
空には太陽のような天体が無数にあり、大地は焼かれ、草一本生えていません。ですが、私たちはその強烈な陽射しで死ぬことはありません。ただ苦しめられるだけです。死はここでは解放であり、これ以上の苦しみを味わわなくて済むことでしょ。エンプラちゃんはロボットだから平気ですが、私とレン君はすでに脱水症状を起こし始めています。
「はあ……はあ……まだかよ……あんた……転移魔法が使えるんだろ……なんで……」
「慣れさせるためよ。ここは地獄ですわ。九人の王たちに支配された世界。これしきのことで音を上げていたら、彼に見限られ、捨てられちゃうわ。」
千年前のマオウさんはどんな人でしょ。モリアさんの言葉からは、今の面影すら見いだせありません。「彼は今のような優しさはない」。それを見るのが怖い一方で、彼のことをもっと知りたいという気持ちが勝ってしまう。私はマオウさんの過去を知りません。彼がどんな人生を送り、どうやって今のマオウさんになっていましたか――私は知りたい。そんなわくわくする気持ちを抑えきれず、私たちは前に進み続けます。
*
ある山の麓で、モリアさんは足を止めました。
「行き止まりでありますね。吾輩が――」
「はい、そこで止まりなさい」
モリアさんは軽く指でエンプラちゃんの額を突き、彼女の時間を止めました。「殺されたいですか? 今攻撃行動を取ったら、次の瞬間に彼が時間を止めて、あなたを破壊しますわ」
彼女はゆっくりと、山に向かって歩き出しました。魔法ではありません。まさか――
「セリナ?」
私は手を山壁に差し込んでました。そして、そのまま手がすり抜けることを確認した。
蜃気楼。
温度の異なる大気の中で、高密度の冷気層と低密度の暖気層の境界で光が屈折し、遠方の景色や物体が伸びたり逆さまに見えたりする現象。
間違いありません。この先にマオウさんがいます。私は体ごと山の蜃気楼を抜け、あの毛玉のようなマオウさんの姿を目にしました。
「この娘たちか? 捨て駒にすら使い道が見つからないな」
出会って最初の言葉は、まさかのこれでした。
*
千年前のマオウさん。その目には、今の優しい光はない。ただ道具を見るかのように、私たちを見渡した。
「マオウさん……」
「誰だ、そいつは?」
そうですよな。千年前のマオウさんは、セリナのことを知りません。「マオウ」も、彼の偽名の一つでしかありません。わかってはいます。でもなんだか、寂しくて悲しい気持ちが止まりません。
「あんたが付けた偽名だろが!」
レン君は時間を止められたエンプラちゃんを引き連れ、後ろからついて来ていました。
「そんな覚えはない。だが、なるほど……筋肉の練度はその中で一番高そうだ。使い道の幅は広がるな」
「マジで……可愛くないな。せっかく俺たちが千年の時を超えてあんたに会いに来たのに、なんだよ、その態度は」
しかし次の瞬間、無数の鎖がレン君をぎっしりと縛り上げました。
「知らん。モリアが引き合わせてくれでなければ、君たちがこの蜃気楼を通り抜けた時点で死体になっていたぞ」
冷酷。冷血。冷徹。
それが、千年前、まだ魔王になっていないマオウさんでした。私は初めて、そのマオウさんに恐怖を感じました。
「はい、そこまで。ダメよ、女の子をいじめちゃ。あなたを慕って来た娘たちよ。乱暴に扱ったら、私はあなたのことを嫌いになるかもしれないわ」
「ごめん、やりすぎた」
マオウさんはすぐに鎖を解き、慌てた様子を見せました。
「すまなかった。俺は女性の扱い方をよく知らなくて」
レン君の側に歩み寄り、頭を下げました。さっきまでの別人のような態度から一転して。
「え?俺が女の子って知ってるの!?」
「だって、どう見ても女の子だろう。服装と一人称がその者の本質を変えるわけじゃない。それとも、心が男性だったのならすまない」
「心も女の子だからそこは謝らなくていい! へへっ」
レン君は、初対面でマオウさんに女の子として認識されたことが嬉しいらしく、隠しきれない笑みを浮かべて顔を赤らめていました。
今のマオウさんにも、優しさはあります。ですが、それはモリアさんだけに向けられたものです。私は今までずっとその「輪」の中にいたから、外から見るマオウさんの姿は、初めて知った気がしました。そして今、彼の心で唯一許されたモリアさんに、少し嫉妬しそうになりました。
「君たちは未来から来たのか。なるほど、モリアならできそうだな。失礼なことをしてすまなかった。だが、もし未来の私が君たちを大事にしているのなら、こう進言しよう――帰った方がいい。この先の戦いは、君たちが今まで経験したどの戦いよりも危険で困難なものになるだろう。未来の俺を悲しませないためにも、君たちは帰るべきだ」
「セリナです」
「?」
「セリナは、マオウさんに守られて生きる女の子じゃありません。マオウさんと肩を並べ、共に苦難を乗り越える女の子です」
私はあの時と同じように、再びマオウさんに手を差し出した。彼と共に生きると誓ったのだから。たとえ困難な道だとしても、自分だけ安全な場所で待つなんて、セリナにはできません。
「セリナ君か。その名は覚えた。私と共に進もう。死ぬ時は一緒だ。後悔しても知らないぞ」
マオウさんも、あの時と同じように私の手を取りました。
「俺はレンだ! 俺は安全な後方で勝利を待つお姫様じゃないぜ! 先陣を切って勝利をもたらす戦士だ! 未来のあんたならきっとこう言うだろう――」
「君に任せた。だが生きて帰れ。君ならできるだろう、レン」
マオウさんが先にレン君の手を取った。
まさか言おうとした言葉を先に言われてしまい、レン君の顔はさっきよりもさらに赤くなりました。
「え? 吾輩、なにか大事な場面を逃したでありますか」
モリアさんがこっそりエンプラちゃんの時間停止を解き、彼女は今の状況を理解していません。
「わかったであります! みんなで輪を作るのでありますね! じゃあ吾輩はこれを――」
エンプラちゃんは私とレン君のもう片方の手を取り、四人はいつの間にか円陣を組んでいました。
「……」
全員が沈黙した。ただ一人を除いて。
「ふふふ……最高ですわ。やはりただの戦記ものより、ちょっとしたコミティがスパイスになっていていいですわ。まあ、せいぜい頑張って七十二柱の悪魔たちを全員倒し、魔王になりなさい。待たせすぎるのはいやよ。」
モリアさんの姿が消えました。
四人の勇者たちは、魔王を誕生させるため、地獄の王者たちに挑みます。タイムリミットは一ヶ月。
果たして、私たちは試練を乗り越えられるでしょうか。今の私たちには、まだわかりません。
「私は……私は、マオウさんと一緒に生きることを選びます。たとえ……人間でいられなくなってもです。」
私は今でもあの時のノックターンさんの言葉を思い出します。マオウさんは人間ではありません。私と違って歳を取りません。そしていつか、別れる時が来るのでしょう。マオウさんも、ノックターンさんのようにずっと苦しむのでしょうか。
自惚れのように聞こえるかもしれませんが、私はきっとそうだと思います。マオウさんは情に深い魔王です。私やレン君が死んだら、きっと苦しみのあまり、私たちを忘れようとするはずです。マオウさんの時間は長すぎます。そのすべての悲しみを覚え続けることは、彼にとって残酷すぎるからです。だから、私との出会い以来、死んだと思っていたエンプラちゃんのことを一度も口にしたことがありませんでした。まるで、忘れ去られたかのように。
それは……私は嫌です。
同じ立場のレン君に相談しました。
「俺もセリナと同じ選択をする。だって、俺もあいつを手放したくないからな。」
「意外です。レン君はセリナと違って、家族や友達が多いはずです。永遠を選ぶということは、それは……」
「彼らの死をすべて見届けなければならない。父様も母様も、ツバキ姉様も、マサ兄も、ユウキも、最近生まれたノアも、みんな俺より先に寿命を終えて死んでしまう。だけど……俺も覚悟は決めている。あいつと共に生きる道を選ぶ。」
レン君は強く拳を握りしめました。私よりも遥かに辛い決断なのに、彼は覚悟を決めている。ならば、セリナも迷う必要はありません。
私たちはモリアのもとへ足を運びました。
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「あらあら、どのようなご用件かしら? 二人揃って、誰かの誕生日かしら。ふふふ。」
「おおお、いいところであります! 吾輩を助けてください! オリジナルが鬼すぎるでありますよ!」
「補習をしてあげているんですわ。彼も何かと忙しいものですから。今はあのバカ天使の相手で疲れ果てていますね。まあ、その方が都合がいいですが。」
全知の悪魔。この世界のすべてを知り尽くしている超越的な存在。彼女なら、私がずっとマオウさんと一緒にいられる方法を知っているはずです。
「知っていますわ。いいえ、むしろ『できます』と言うのが正しいでしょうか。私は時間と空間を司る悪魔。人間に永遠を与えるのは容易いことです。」
私たちが今考えていることさえ、簡単に見透かされてしまう……
「はい、お願い致します。セリナはマオウさんとずっと一緒にいたいです。」
「俺からもお願いします。あいつと同じ人生を歩みたい。」
「いいわ。だって、そうすることで彼も幸せになるもの。でも、タダじゃダメ。悪魔は、何の報酬もなしには働けないんですわ。」
「でも……」
私たちに捧げられるものなど、何があるでしょう? お金? 体? 魂?
「大丈夫、そんなものは取りませんわ。ただ、依頼を完成させるだけでいい。そうね……依頼主は……」
モリアさんは指を鳴らしました。
周囲の風景が一気に変わりました。さっきまでの部屋は消え、ここは果てしない荒野。空気には血と腐敗の匂いが漂い、聞いたことのない生き物の叫び声が空から届きます。先ほどまでの繁栄した帝都の面影は、どこにもありません。
「千年前の私ですわ。ふふふ。」
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「ええー!? ここは何処でありますか!? なぜ吾輩が……これ、何かのバグでありますか!?」
「この子は体を替えればほぼ永遠に生きられるけど……まあいいわ。だって、これはボーナスクエストですもの。あなたにも参加してもらうわ。ふふふ。」
一体どうなっているのですか? 千年前……で、彼女はさっきそう言いました。つまり、ここは……
「半分正解よ。正しいのは、ここは千年前の世界だということ。間違いなのは、ここは帝都じゃなくて『地獄』だということですわ。」
「地獄?! どういうことだ!? 俺たち、地獄に落ちたってことか!?」
「『落ちた』ではなく『移動した』の。だって、あなたたちはまだ生きているもの。依頼を完成させるためにね。」
「依頼……?」
「そう。今、あなたたちの最愛のマオウさんは、まだ魔王じゃありません。一ヶ月の時間をあげます。彼を魔王にしてください。できたら、報酬として『永遠』をあげますわ。」
「おかしいです。マオウさんは今から千年後、既に魔王なはずです。なのになぜ、そんな依頼を出すんですか?」
「それは彼に会ってからわかりますわ。先に言っておきます。今の彼は、そんなに優しくないわ。私が案内しないと、彼にそのまま殺されますわ。だから……離れないで、ついて来て。」
こうして、私たち三人の一ヶ月に渡る地獄での生活が始まりました。
*
ここは地獄です。
空には太陽のような天体が無数にあり、大地は焼かれ、草一本生えていません。ですが、私たちはその強烈な陽射しで死ぬことはありません。ただ苦しめられるだけです。死はここでは解放であり、これ以上の苦しみを味わわなくて済むことでしょ。エンプラちゃんはロボットだから平気ですが、私とレン君はすでに脱水症状を起こし始めています。
「はあ……はあ……まだかよ……あんた……転移魔法が使えるんだろ……なんで……」
「慣れさせるためよ。ここは地獄ですわ。九人の王たちに支配された世界。これしきのことで音を上げていたら、彼に見限られ、捨てられちゃうわ。」
千年前のマオウさんはどんな人でしょ。モリアさんの言葉からは、今の面影すら見いだせありません。「彼は今のような優しさはない」。それを見るのが怖い一方で、彼のことをもっと知りたいという気持ちが勝ってしまう。私はマオウさんの過去を知りません。彼がどんな人生を送り、どうやって今のマオウさんになっていましたか――私は知りたい。そんなわくわくする気持ちを抑えきれず、私たちは前に進み続けます。
*
ある山の麓で、モリアさんは足を止めました。
「行き止まりでありますね。吾輩が――」
「はい、そこで止まりなさい」
モリアさんは軽く指でエンプラちゃんの額を突き、彼女の時間を止めました。「殺されたいですか? 今攻撃行動を取ったら、次の瞬間に彼が時間を止めて、あなたを破壊しますわ」
彼女はゆっくりと、山に向かって歩き出しました。魔法ではありません。まさか――
「セリナ?」
私は手を山壁に差し込んでました。そして、そのまま手がすり抜けることを確認した。
蜃気楼。
温度の異なる大気の中で、高密度の冷気層と低密度の暖気層の境界で光が屈折し、遠方の景色や物体が伸びたり逆さまに見えたりする現象。
間違いありません。この先にマオウさんがいます。私は体ごと山の蜃気楼を抜け、あの毛玉のようなマオウさんの姿を目にしました。
「この娘たちか? 捨て駒にすら使い道が見つからないな」
出会って最初の言葉は、まさかのこれでした。
*
千年前のマオウさん。その目には、今の優しい光はない。ただ道具を見るかのように、私たちを見渡した。
「マオウさん……」
「誰だ、そいつは?」
そうですよな。千年前のマオウさんは、セリナのことを知りません。「マオウ」も、彼の偽名の一つでしかありません。わかってはいます。でもなんだか、寂しくて悲しい気持ちが止まりません。
「あんたが付けた偽名だろが!」
レン君は時間を止められたエンプラちゃんを引き連れ、後ろからついて来ていました。
「そんな覚えはない。だが、なるほど……筋肉の練度はその中で一番高そうだ。使い道の幅は広がるな」
「マジで……可愛くないな。せっかく俺たちが千年の時を超えてあんたに会いに来たのに、なんだよ、その態度は」
しかし次の瞬間、無数の鎖がレン君をぎっしりと縛り上げました。
「知らん。モリアが引き合わせてくれでなければ、君たちがこの蜃気楼を通り抜けた時点で死体になっていたぞ」
冷酷。冷血。冷徹。
それが、千年前、まだ魔王になっていないマオウさんでした。私は初めて、そのマオウさんに恐怖を感じました。
「はい、そこまで。ダメよ、女の子をいじめちゃ。あなたを慕って来た娘たちよ。乱暴に扱ったら、私はあなたのことを嫌いになるかもしれないわ」
「ごめん、やりすぎた」
マオウさんはすぐに鎖を解き、慌てた様子を見せました。
「すまなかった。俺は女性の扱い方をよく知らなくて」
レン君の側に歩み寄り、頭を下げました。さっきまでの別人のような態度から一転して。
「え?俺が女の子って知ってるの!?」
「だって、どう見ても女の子だろう。服装と一人称がその者の本質を変えるわけじゃない。それとも、心が男性だったのならすまない」
「心も女の子だからそこは謝らなくていい! へへっ」
レン君は、初対面でマオウさんに女の子として認識されたことが嬉しいらしく、隠しきれない笑みを浮かべて顔を赤らめていました。
今のマオウさんにも、優しさはあります。ですが、それはモリアさんだけに向けられたものです。私は今までずっとその「輪」の中にいたから、外から見るマオウさんの姿は、初めて知った気がしました。そして今、彼の心で唯一許されたモリアさんに、少し嫉妬しそうになりました。
「君たちは未来から来たのか。なるほど、モリアならできそうだな。失礼なことをしてすまなかった。だが、もし未来の私が君たちを大事にしているのなら、こう進言しよう――帰った方がいい。この先の戦いは、君たちが今まで経験したどの戦いよりも危険で困難なものになるだろう。未来の俺を悲しませないためにも、君たちは帰るべきだ」
「セリナです」
「?」
「セリナは、マオウさんに守られて生きる女の子じゃありません。マオウさんと肩を並べ、共に苦難を乗り越える女の子です」
私はあの時と同じように、再びマオウさんに手を差し出した。彼と共に生きると誓ったのだから。たとえ困難な道だとしても、自分だけ安全な場所で待つなんて、セリナにはできません。
「セリナ君か。その名は覚えた。私と共に進もう。死ぬ時は一緒だ。後悔しても知らないぞ」
マオウさんも、あの時と同じように私の手を取りました。
「俺はレンだ! 俺は安全な後方で勝利を待つお姫様じゃないぜ! 先陣を切って勝利をもたらす戦士だ! 未来のあんたならきっとこう言うだろう――」
「君に任せた。だが生きて帰れ。君ならできるだろう、レン」
マオウさんが先にレン君の手を取った。
まさか言おうとした言葉を先に言われてしまい、レン君の顔はさっきよりもさらに赤くなりました。
「え? 吾輩、なにか大事な場面を逃したでありますか」
モリアさんがこっそりエンプラちゃんの時間停止を解き、彼女は今の状況を理解していません。
「わかったであります! みんなで輪を作るのでありますね! じゃあ吾輩はこれを――」
エンプラちゃんは私とレン君のもう片方の手を取り、四人はいつの間にか円陣を組んでいました。
「……」
全員が沈黙した。ただ一人を除いて。
「ふふふ……最高ですわ。やはりただの戦記ものより、ちょっとしたコミティがスパイスになっていていいですわ。まあ、せいぜい頑張って七十二柱の悪魔たちを全員倒し、魔王になりなさい。待たせすぎるのはいやよ。」
モリアさんの姿が消えました。
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