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第九章:魔王とは何か、王が王になる前の話――千年前の地獄と九つの罪
第159話:紅蓮地獄の真実、凍土に咲く嘘の花
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紅蓮地獄。その名からは、灼熱のイメージが浮かぶかもしれない。
だが、ここに炎はない。
あるのは、絶対零度に近い、一切の熱を奪い尽くす〈白い冷気〉だけだ。
巨大な氷原が、淡い青色の闇の中にどこまでも広がっている。空には「寒月」と呼ばれる灰白色の月が一つ、冷たい光を撒き散らす。その光の下で、無数の亡者たちが、氷の床に直接、跪き、座し、あるいは横たわっている。
彼らは動かない。
動けないのだ。
極寒が、四肢の筋肉を、内臓を、思考の速度さえも凍結させている。彼らに許されているのは、ただ「感じ続けること」だけ──皮膚と肉体が、ゆっくりと、しかし確実に凍り、裂けていくその過程を。
まず、皮膚が白く変色し、霜の花紋が浮かび上がる。次に、その霜の部分がわずかに盛り上がり、やがて細かいひび割れが走る。ひび割れは次第に深く広がり、皮膚の下の組織が凍結によって膨張する。そしてついに──
パリッ
微かに、乾いた音がする。
凍り切った皮膚が、蓮の花弁が開くように、放射状にはがれ裂ける。その裂け目から、濃く暗い血が滲み出る。しかし、血は直ぐに凍り、真紅の氷の花弁として裂けた皮膚の縁に付着する。
ひとりの亡者の背中全体が、そうして無数の血氷の花弁で覆われていく。まさに、赤い蓮の花が背中に咲いたようだ。その花は、彼が生前についた嘘の数だけ、増え続ける。顔面にも、胸にも、腿にも。嘘が多ければ多いほど、裂け目は多く、咲く紅蓮も密になる。
苦痛は激烈だが、叫び声は上がらない。声帯が凍り、息さえもが空中で氷の粉となる。ただ、彼らの眼球だけが、かすかに震えている。絶望と後悔が、凍結した虹膜に永遠に刻み込まれる。
時折、氷原を吹き渡る風が、亡者たちの体から剥がれかけた血氷の花弁をさらりと払い落とす。すると、その下からは新たな皮膚が──すでに次の裂け目の準備が整った、青白い肌が現れる。すぐに、また霜の花紋が浮かび上がり、次の紅蓮が咲き始める。
この地獄には、炎地獄のような焦げる臭いも、轟きもない。ただ、氷が微かに軋む音と、血が凍る時に立てるかすかなクリスタルのような音だけが、永遠に続く静寂を際立たせている。
嘘が、その者自身の肉体を、終わることのない紅蓮の園へと変えていく。
*
「何度も言うが、あんたは慣れすぎなんだよ、ここに」
一つの雪洞(せつどう)で、毛玉一行は合流し、暖を取っていた。毛玉はここに来るのは初めてではないので、事前にいくつかのアジトを用意していた。彼女たちは雪の中で凍え死ぬ心配はなくなった。でも、セリナとレンには別の問題がある。
くうう~
「聞かないでください……恥ずかしいです」
空腹だ。ただでさえ過酷な環境なのに、セリナとレンはもう四日も何も食べていない。肝臓や筋肉に蓄えられた糖質はすでに消耗され、エネルギー源は体脂肪へと切り替わっている。
「あれ……?」
レンは眩暈を感じ、横に倒れこんだ。そして、激しい吐き気に襲われた。
「レン君!?」
セリナは心配して彼女の背中をさするが、レンの容態は悪化する一方だ。
「レンの剣は速度に特化しているせいで、体脂肪率が低い。さらに二日連続でザベルトと戦った。体力の消耗は尋常じゃない。疲労、空腹、低温……彼女は休まないと、永遠にここに取り残されるぞ」
毛玉は冷静に状況を分析している。だが、その口調は、なんとなく冷たい。この紅蓮地獄の寒さよりも。
「ドクター、もっと彼女を心配してもいいでありますよ」
さすがにロボットのエンプラでさえ、見ていられない。
「しているよ。だからこそ、休んでほしいと言った。私はこの地獄の王を探す。もしそれがザガンなら、状況もよくなるだろう」
「そうじゃありません。レン君が今弱っているのは、体だけじゃありません。心も弱っています。もっと優しい言葉をかけてください」
セリナは衰弱しているレンを優しく撫で、その苦しみを少しでも和らげようとしている。その言葉には、強い思いが込められていた。
「わかった。すまなかった」
毛玉は潔く謝り、レンの隣に移動した。彼女の手を握り、ゆっくりと言った。
「レン、君はよく頑張った。今は休め。起きたら食事だ。いい夢を見ろ」
それを聞いたレンは、呼吸と表情が少し和らいだように見えた。そして、眠りにつく。今回ばかりは、彼女を無理させられない。
「では、私は王を探しに行く。君たちは留守番だ」
「セリナも行きます」
意外なことに、セリナは同行を申し出た。
「君だって何も食べていないだろう。この寒さの中、凍え死ぬぞ。行くとしてもエンプラが──」
「王たちの姿を知っているのはセリナだけです。それに、セリナよりエンプラちゃんを残した方が、レン君を守れますから」
それも事実だ。現状、衰弱している二人だけを残すのは危険すぎる。普通に活動できるエンプラなら、安心して後方を任せられる。毛玉もそれを納得した。
「わかった。じゃあ、私を君の服の中に入れてくれ」
「えええ!?」
「ドクターが野獣になったであります! 痛い!」
千年前の毛玉だが、エンプラの扱い方はすぐに理解した。小さな拳が、その頭に一撃を喰らわせた。
「アホ。彼女の体温を保つために必要なことだ。外でもできるが、私は人間の体温に具体的な概念がないから、下手をすると……」
毛玉は目をそらす。
「……燃やしてしまうかもしれない」
「ははは、ドクターは吾輩よりポンコツでありますね! 痛い!」
小さな拳が、さらに働く。
「わかりました……恥ずかしいけど、どうぞ……」
セリナは襟をほどき、顔を真っ赤にして、毛玉一匹が入れるスペースを開けた。
「顔を赤らめるな。私が変なことをしているように見えるだろう。毛玉だろう? どこに恥ずかしい要素がある。やれやれ、人間は理解し難い生き物だな」
そう言いながら、毛玉はセリナのメイド服の中に入った。
「マオウさんのバカ……」
セリナは小声で文句を言いながら、ちょっと嬉しかった。
*
「本当です……暖かいです」
外に出ても、セリナはカイロを貼っているかのように寒さを感じない。毛玉の柔らかい毛皮も、肌触りがいい。
「そうだろう。モリアも、この私の毛皮を特にお気に入りで──セリナ?」
「セリナと二人きりの時は、他の女の子の話をしないでください」
服の外から軽く叩き、セリナは小さな嫉妬を込めて不満を漏らした。
青白い氷原に、あちこちに咲く『紅蓮の花』。等活地獄のように襲ってくる亡者はいない。彼らは氷に凍えつき、『紅蓮の花』を咲かせる植物のように、ただそこにいるだけだ。それは見る側にとって、あまりにも痛々しい光景だった。
「嘘をついたら、あんな風になるんですか」
「いや、人は嘘をつく。それは本性だ。嘘をついただけでここに来るなら、ここは人間で埋め尽くされる」
メイド服の中の毛玉が言う。
「ここにいるのは、悪質な嘘で他人を不幸にした者たちだ。嘘は必ずしも悪いわけじゃない。それに救われる者もいる」
「はい。私はマオウさんの嘘に救われました」
「未来の私は、君に嘘をついたのか。君を最強の勇者として育て、そんな君を倒すことで勇者信仰を壊し、永遠の安寧を手に入れるために……酷い奴だ。私らしい。もし私が死んだら、ここに堕ちるかもしれんな」
「いいえ。だって私は不幸になっていません。マオウさんの嘘で、私は生まれてから一番幸せな一年を過ごしました。まるで魔法にかけられたシンデレラです。それに、もし零時になってもかけられた魔法が消えないなら、それはもう嘘じゃありません。きっと本物です」
「そうか……だから未来の私は君に負けたのか。七十二柱の悪魔より手強いな、セリナ君は」
二人はこの果てのない氷原の上、紅蓮地獄の王を探しながら、未来の話をした。今の毛玉の世界には、モリアしかいなかった。モリア以外のすべてがどうでもよかったように、何千年、何万年を生きてきた。だが、セリナたちと出会い、そんな未来を聞かされ、信じられない気持ちより、その未来への憧れの方が、どんどん膨らんでいった。
*
空気が突然、鋭く凍てついた。
曇り一つなかった空が、瞬時に鉛色に濁り、最初の一片の雪が舞い降りる。そして次の瞬間──視界を遮るほどの激しい吹雪が、唸りをあげて襲いかかった。風は泣き、雪は横殴りに大地を殴打する。世界が白い暴力に飲み込まれる。
そして、吹雪の中心から、まず翼の先端が現れた。
それは竜の翼ではなく、鷲のような、しかし比べものにならないほど巨大で、一枚一枚の羽根が純白の宝玉のように輝く翼だった。雪がその羽根に触れると、微かな光を放って跳ね返される。
次に、頭部が現れる。
鷲のような鋭く気高い頭部。嘴は淡金色に輝き、瞳は蒼氷のように透き通り、知性と古の力を宿している。額には一筋の水晶のような角が生え、その先端から微かな虹の輝きが漏れている。
全身が吹雪の中から浮かび上がる。
前身は鷲、後身は獅子。しかしその全てを覆うのは、竜の鱗のように整然と並んだ、白銀の羽毛だった。胸と四肢の筋肉は優雅に隆起し、尾は獅子のそれだが、先端の毛束は雪の結晶のように微細に光る。爪は氷柱のように透明で鋭い。
グリフォンドラゴンが、ゆっくりと翼を広げる。
「セリナ君、そいつは未来で見た九人の王の中にいたか?」
「いません。セリナ、確信できます。あのグリフォンドラゴンは、王の中にはいませんでした」
(想定外だ。セリナが知らないとなると、王ではないはず。悪魔公爵のアスタロトは確かにドラゴンだったが、このグリフォンドラゴンの角は記憶と違う……だが、まずいことになったな。先手を打たれた。一番正しい選択は逃げることだ。情報がない戦闘はこちらが不利だ)
しかしその時、毛玉の頭に、苦しむレンと彼女を看病するエンプラの姿が浮かぶ。
(こっちが逃げたら、レンたちのところに行かせたら危険だ。それに、もしこいつがアスタロトなら、ザガンもいるはず。食料が手に入るかもしれない……戦うべきだ)
毛玉は服の中でセリナに合図を送った。セリナもそれを理解し、こっそりと戦闘の構えを取る。
グリフォンドラゴンは、セリナの襟から顔を出した毛玉を見て、嘲笑した。
「憤怒の王ザベルトを倒した毛玉がいると聞いて、見に来たら、我が姿に怯えて女の子の服の中で震える腰抜けじゃないか。大した妄言を吐くものだ。所詮、ただの毛玉か」
「マオウさんは腰抜けじゃありません! 誰よりも頑張っている方です! 撤回してください!」
毛玉への侮辱は、セリナに火をつけた。温厚な彼女だが、大切な人が馬鹿にされることが一番我慢できない。
「冷静になれ。あれは挑発だ。未来の私なら教えたはずだ。挑発に乗る側が負ける」
「でも!」
「なに、平然を装っているが、実は怖いだろう? なにせ毛玉だもんな。弱い貴様に何ができる。投降しなよ。それでこのザガン様が、命だけは許してやる」
(アスタロトじゃないだと? ほう……面白い。だからこいつ、無駄話が多いと思った)
毛玉の表情は変わらないが、心の中では勝利への道筋を見つけ、ほっそり笑んだ。
「これは失礼しました。あなたがあの、石をパンに、水をワインに変える虚栄の王ザガン様ですね」
「いかにも! 我は七十二柱の悪魔の一柱、王クラス、虚栄の悪魔、ザガン様だ。その程度、我にとっては容易なこと」
「さすがですね、ザガン様。王の中の王。私ごとき、到底及びません」
「そうだろう、そうだろう。話が分かる毛玉じゃないか」
毛玉がザガンをベタ褒めする一方、こっそりと目線でセリナに続きの合図を送る。
『聖解光輪(ディスアーム・レイ)を使え』と。
「聖剣戦略、私再改造!」
セリナは速やかに天使化し──
「聖なる光よ、武を制し、刃を眠らせよ──
救いをもたらす力ならば、殺さずとも届くはず!」
聖剣を振り、聖なる輪がザガンに向かって直進する。
「何をするつもりだ!」
ザガンはそれに気づき、避けようとするが、自身の四本の足が毛玉の鎖に縛られていることに気づく。
「油断大敵だぞ、ザガン様」
「貴様……我を騙したな」
「嘘つきばかりの地獄で、騙された方が悪いに決まっている」
毛玉の言葉と共に、聖解の光輪がザガンに命中する。毛玉の予想では、ザガンがかけていたすべての偽装を解き、その隙に止めを刺すつもりだったが──
光輪がザガンに触れた瞬間、その体が次々と崩れていく。美しいグリフォンドラゴンの下から、木材、鉄棒、ガラスなど様々なゴミや廃棄物が溢れ出た。さっきまで凛々しかった『ザガン』が空中分解した。あまりのあっけなさに、毛玉もセリナも驚いた。そのせいで、飛び散ったガラクタの中に混じっていた一匹のピンクのウサギのぬいぐるみを見逃した。
彼女は着地するやいなや、よたよたとした足取りで走り出し、雪の中へと消えた。
——静寂。
吹雪の音だけが、取り残されたように響いた。
「聖解光輪で武装解除……ですよね? なぜザガンが全壊したんですか?」
「セリナも知りません。今までそんなことありませんでしたから……」
「エンプラのように、その存在そのものが武器だからか? でもね……」
毛玉は『ザガン』の残骸を掘り出し、綺麗に塗られた外装以外、中身はガラクタばかりだった。武器だったものは何もない。
「王たちには不死性があるはずだが、あの嘘つきに限ってそれすら真偽がわからなくなったな。なにせ、『真実の悪魔』も名乗るほどの大嘘つきだから……」
「いくらなんでも、王になった悪魔さんですから」
「それに関する話だが」
毛玉は残骸のガラクタをいじりながら、信じがたい結論を口にした。
「ひょっとしたら、虚栄の王ザガンは……とんでもなく弱いかもしれない」
セリナは目を大きく見開いた。
*
ウサギのぬいぐるみは、自分の屋敷へと逃げ込み、鍵をいくつもかけた。
自分のふかふかのベッドにダイブし、お気に入りの毛布をぐるぐると巻きつけながら、プルプルと震えた。
「ありえない……ありえないのです……毛玉なんて、聞いて、うちでも倒せると思ったのに……」
このピンクのウサギのぬいぐるみこそ、ザガンの本体だ。しかし、同じように弱々しい外見の毛玉とは違って、彼女は見た目通りに弱い。地獄の中でも下級悪魔レベルの実力しかない。そんな彼女は、生き延びるために毛玉とは異なる道を歩んできた。
毛玉は魔力の精霊として、魔法というシステムを開発し、それまで何の使い道もなかった魔力を、現象を起こす技術へと昇華させた。彼の慎重すぎるほどの戦術と戦い方で、この地獄で勝ち続けてきた。
一方、ザガンは嘘をつくことで生きる道を見いだした。最初は、彼女が得意とするお裁縫で怖い仮面を作り、自分にかぶせた。なぜかそれが上手くいき、周囲の悪魔たちが彼女を「すごい実力を持つ悪魔」と信じるようになった。
そこまで大事にはなりたくなかったが、彼女の嘘はまるで波のように、彼女をどんどん押し上げていった。いつの間にか、王クラスの座に座ることになってしまった。そして、もう引くにも引けなくなった。嘘がバレたら、この残酷な地獄では生きていけない。無数の嘘で織り上げられたのが、今の虚栄の王『ザガン』だ。
もちろん、彼女の実力を疑う悪魔もいた。だが、ちょうどその時、毛玉の地獄攻略が始まった。その影響で、「ザガンももしかしたら、毛玉のように戦術を使って周囲を油断させているのでは」という意見が生まれ、彼女への疑いは一気に消えた。さらに、毛玉が次々と柱の悪魔を倒していくにつれ、なぜかザガンの評価も一緒に上がっていった。
「なるほど、ザガン様はそのようなお考えで……」
「私たちが浅はかでした」
「さすが、ザガン様!」
周囲は彼女のどんなくだらない行動も深読みし、彼女が凄いという結論を導き出した。
嘘つきの最終形態──
自身が周囲を騙さなくても、周囲が自分で自分を騙してくれる状態。
ある意味で、彼女は嘘の悪魔ではなく、幸運の悪魔かもしれない。
そして、その雰囲気はついに彼女自身をも騙し始めた。
「もしかして……うち、本当は強いんです?」
完全には信じていないが、ずっとコンプレックスの塊だったザガンに、少しずつ自信がついてきた。
たとえそれが偽物の自信だとしても。
それで彼女は思った。
「あの毛玉もきっと、うちと同じ嘘つきです。あんな姿で柱の悪魔たちに勝てるわけがないです。嘘なら、もっとましな嘘をするべきです」
勝手に毛玉を自分の同類──いや、自分の劣った模倣者だと思い込んだ。
ザベルトが毛玉に負けたという噂を聞いた時、「さすがに妄言がすぎた」と思ったザガンは、逆にそれをチャンスだと考えた。今話題の毛玉を倒せば、自分の王としての地位を疑う者は、徹底的にいなくなるだろう。
嘘つきなら、こっちの方が上だ。
彼女の自信作、グリフォンドラゴンのからくり。戦闘能力はほぼゼロだが、見栄えは抜群だ。それだけで、あの毛玉は肝を冷やし、敗北を認めるだろう。今までの他の者たちと同じように。
自信満々の彼女は、グリフォンドラゴンを操縦し、雪原の中で唯一動く物体を見つけるのは難しくなかった。
そして、その毛玉がメイドの服に隠れているのを見て、ザガンは確信した──この毛玉は大したものじゃない。少し脅せば、自分の王としての称号と、このグリフォンドラゴンのからくりだけで屈服させられると。
結果は、謎の光によって彼女の自信作が全壊。長年にわたって鍛えた逃げ足でその場から逃げ、今に至る。
「確か、あの毛玉は七十二柱全員を倒しに来るですよね……ってことは……」
まだ自分を探しに来るはずだ。
ザガンは大人しく自分のシジルのコインをさっさと渡して、帰ってもらいたい。だが、そんな無様に負けたら、今まで自分がついてきた嘘がすべてバレでしまう。それはまずい。
ならば──
「アスタロト! アスタロト!」
男の声で、彼女は自分一番の忠臣を呼んだ。
「はい、ザガン様、ここに」
ドアの外で、若い女の子の声がした。
「噂の毛玉が吾輩の縄張りへ侵入した。その程度の者、吾輩が出るまでもない。貴様がそいつを始末しろ」
「畏まりました! あなた様の意のままに」
ドアの外、ドラゴンの角と尻尾を持つメイドはそう答えた。
依頼期限まで、残り25日。
だが、ここに炎はない。
あるのは、絶対零度に近い、一切の熱を奪い尽くす〈白い冷気〉だけだ。
巨大な氷原が、淡い青色の闇の中にどこまでも広がっている。空には「寒月」と呼ばれる灰白色の月が一つ、冷たい光を撒き散らす。その光の下で、無数の亡者たちが、氷の床に直接、跪き、座し、あるいは横たわっている。
彼らは動かない。
動けないのだ。
極寒が、四肢の筋肉を、内臓を、思考の速度さえも凍結させている。彼らに許されているのは、ただ「感じ続けること」だけ──皮膚と肉体が、ゆっくりと、しかし確実に凍り、裂けていくその過程を。
まず、皮膚が白く変色し、霜の花紋が浮かび上がる。次に、その霜の部分がわずかに盛り上がり、やがて細かいひび割れが走る。ひび割れは次第に深く広がり、皮膚の下の組織が凍結によって膨張する。そしてついに──
パリッ
微かに、乾いた音がする。
凍り切った皮膚が、蓮の花弁が開くように、放射状にはがれ裂ける。その裂け目から、濃く暗い血が滲み出る。しかし、血は直ぐに凍り、真紅の氷の花弁として裂けた皮膚の縁に付着する。
ひとりの亡者の背中全体が、そうして無数の血氷の花弁で覆われていく。まさに、赤い蓮の花が背中に咲いたようだ。その花は、彼が生前についた嘘の数だけ、増え続ける。顔面にも、胸にも、腿にも。嘘が多ければ多いほど、裂け目は多く、咲く紅蓮も密になる。
苦痛は激烈だが、叫び声は上がらない。声帯が凍り、息さえもが空中で氷の粉となる。ただ、彼らの眼球だけが、かすかに震えている。絶望と後悔が、凍結した虹膜に永遠に刻み込まれる。
時折、氷原を吹き渡る風が、亡者たちの体から剥がれかけた血氷の花弁をさらりと払い落とす。すると、その下からは新たな皮膚が──すでに次の裂け目の準備が整った、青白い肌が現れる。すぐに、また霜の花紋が浮かび上がり、次の紅蓮が咲き始める。
この地獄には、炎地獄のような焦げる臭いも、轟きもない。ただ、氷が微かに軋む音と、血が凍る時に立てるかすかなクリスタルのような音だけが、永遠に続く静寂を際立たせている。
嘘が、その者自身の肉体を、終わることのない紅蓮の園へと変えていく。
*
「何度も言うが、あんたは慣れすぎなんだよ、ここに」
一つの雪洞(せつどう)で、毛玉一行は合流し、暖を取っていた。毛玉はここに来るのは初めてではないので、事前にいくつかのアジトを用意していた。彼女たちは雪の中で凍え死ぬ心配はなくなった。でも、セリナとレンには別の問題がある。
くうう~
「聞かないでください……恥ずかしいです」
空腹だ。ただでさえ過酷な環境なのに、セリナとレンはもう四日も何も食べていない。肝臓や筋肉に蓄えられた糖質はすでに消耗され、エネルギー源は体脂肪へと切り替わっている。
「あれ……?」
レンは眩暈を感じ、横に倒れこんだ。そして、激しい吐き気に襲われた。
「レン君!?」
セリナは心配して彼女の背中をさするが、レンの容態は悪化する一方だ。
「レンの剣は速度に特化しているせいで、体脂肪率が低い。さらに二日連続でザベルトと戦った。体力の消耗は尋常じゃない。疲労、空腹、低温……彼女は休まないと、永遠にここに取り残されるぞ」
毛玉は冷静に状況を分析している。だが、その口調は、なんとなく冷たい。この紅蓮地獄の寒さよりも。
「ドクター、もっと彼女を心配してもいいでありますよ」
さすがにロボットのエンプラでさえ、見ていられない。
「しているよ。だからこそ、休んでほしいと言った。私はこの地獄の王を探す。もしそれがザガンなら、状況もよくなるだろう」
「そうじゃありません。レン君が今弱っているのは、体だけじゃありません。心も弱っています。もっと優しい言葉をかけてください」
セリナは衰弱しているレンを優しく撫で、その苦しみを少しでも和らげようとしている。その言葉には、強い思いが込められていた。
「わかった。すまなかった」
毛玉は潔く謝り、レンの隣に移動した。彼女の手を握り、ゆっくりと言った。
「レン、君はよく頑張った。今は休め。起きたら食事だ。いい夢を見ろ」
それを聞いたレンは、呼吸と表情が少し和らいだように見えた。そして、眠りにつく。今回ばかりは、彼女を無理させられない。
「では、私は王を探しに行く。君たちは留守番だ」
「セリナも行きます」
意外なことに、セリナは同行を申し出た。
「君だって何も食べていないだろう。この寒さの中、凍え死ぬぞ。行くとしてもエンプラが──」
「王たちの姿を知っているのはセリナだけです。それに、セリナよりエンプラちゃんを残した方が、レン君を守れますから」
それも事実だ。現状、衰弱している二人だけを残すのは危険すぎる。普通に活動できるエンプラなら、安心して後方を任せられる。毛玉もそれを納得した。
「わかった。じゃあ、私を君の服の中に入れてくれ」
「えええ!?」
「ドクターが野獣になったであります! 痛い!」
千年前の毛玉だが、エンプラの扱い方はすぐに理解した。小さな拳が、その頭に一撃を喰らわせた。
「アホ。彼女の体温を保つために必要なことだ。外でもできるが、私は人間の体温に具体的な概念がないから、下手をすると……」
毛玉は目をそらす。
「……燃やしてしまうかもしれない」
「ははは、ドクターは吾輩よりポンコツでありますね! 痛い!」
小さな拳が、さらに働く。
「わかりました……恥ずかしいけど、どうぞ……」
セリナは襟をほどき、顔を真っ赤にして、毛玉一匹が入れるスペースを開けた。
「顔を赤らめるな。私が変なことをしているように見えるだろう。毛玉だろう? どこに恥ずかしい要素がある。やれやれ、人間は理解し難い生き物だな」
そう言いながら、毛玉はセリナのメイド服の中に入った。
「マオウさんのバカ……」
セリナは小声で文句を言いながら、ちょっと嬉しかった。
*
「本当です……暖かいです」
外に出ても、セリナはカイロを貼っているかのように寒さを感じない。毛玉の柔らかい毛皮も、肌触りがいい。
「そうだろう。モリアも、この私の毛皮を特にお気に入りで──セリナ?」
「セリナと二人きりの時は、他の女の子の話をしないでください」
服の外から軽く叩き、セリナは小さな嫉妬を込めて不満を漏らした。
青白い氷原に、あちこちに咲く『紅蓮の花』。等活地獄のように襲ってくる亡者はいない。彼らは氷に凍えつき、『紅蓮の花』を咲かせる植物のように、ただそこにいるだけだ。それは見る側にとって、あまりにも痛々しい光景だった。
「嘘をついたら、あんな風になるんですか」
「いや、人は嘘をつく。それは本性だ。嘘をついただけでここに来るなら、ここは人間で埋め尽くされる」
メイド服の中の毛玉が言う。
「ここにいるのは、悪質な嘘で他人を不幸にした者たちだ。嘘は必ずしも悪いわけじゃない。それに救われる者もいる」
「はい。私はマオウさんの嘘に救われました」
「未来の私は、君に嘘をついたのか。君を最強の勇者として育て、そんな君を倒すことで勇者信仰を壊し、永遠の安寧を手に入れるために……酷い奴だ。私らしい。もし私が死んだら、ここに堕ちるかもしれんな」
「いいえ。だって私は不幸になっていません。マオウさんの嘘で、私は生まれてから一番幸せな一年を過ごしました。まるで魔法にかけられたシンデレラです。それに、もし零時になってもかけられた魔法が消えないなら、それはもう嘘じゃありません。きっと本物です」
「そうか……だから未来の私は君に負けたのか。七十二柱の悪魔より手強いな、セリナ君は」
二人はこの果てのない氷原の上、紅蓮地獄の王を探しながら、未来の話をした。今の毛玉の世界には、モリアしかいなかった。モリア以外のすべてがどうでもよかったように、何千年、何万年を生きてきた。だが、セリナたちと出会い、そんな未来を聞かされ、信じられない気持ちより、その未来への憧れの方が、どんどん膨らんでいった。
*
空気が突然、鋭く凍てついた。
曇り一つなかった空が、瞬時に鉛色に濁り、最初の一片の雪が舞い降りる。そして次の瞬間──視界を遮るほどの激しい吹雪が、唸りをあげて襲いかかった。風は泣き、雪は横殴りに大地を殴打する。世界が白い暴力に飲み込まれる。
そして、吹雪の中心から、まず翼の先端が現れた。
それは竜の翼ではなく、鷲のような、しかし比べものにならないほど巨大で、一枚一枚の羽根が純白の宝玉のように輝く翼だった。雪がその羽根に触れると、微かな光を放って跳ね返される。
次に、頭部が現れる。
鷲のような鋭く気高い頭部。嘴は淡金色に輝き、瞳は蒼氷のように透き通り、知性と古の力を宿している。額には一筋の水晶のような角が生え、その先端から微かな虹の輝きが漏れている。
全身が吹雪の中から浮かび上がる。
前身は鷲、後身は獅子。しかしその全てを覆うのは、竜の鱗のように整然と並んだ、白銀の羽毛だった。胸と四肢の筋肉は優雅に隆起し、尾は獅子のそれだが、先端の毛束は雪の結晶のように微細に光る。爪は氷柱のように透明で鋭い。
グリフォンドラゴンが、ゆっくりと翼を広げる。
「セリナ君、そいつは未来で見た九人の王の中にいたか?」
「いません。セリナ、確信できます。あのグリフォンドラゴンは、王の中にはいませんでした」
(想定外だ。セリナが知らないとなると、王ではないはず。悪魔公爵のアスタロトは確かにドラゴンだったが、このグリフォンドラゴンの角は記憶と違う……だが、まずいことになったな。先手を打たれた。一番正しい選択は逃げることだ。情報がない戦闘はこちらが不利だ)
しかしその時、毛玉の頭に、苦しむレンと彼女を看病するエンプラの姿が浮かぶ。
(こっちが逃げたら、レンたちのところに行かせたら危険だ。それに、もしこいつがアスタロトなら、ザガンもいるはず。食料が手に入るかもしれない……戦うべきだ)
毛玉は服の中でセリナに合図を送った。セリナもそれを理解し、こっそりと戦闘の構えを取る。
グリフォンドラゴンは、セリナの襟から顔を出した毛玉を見て、嘲笑した。
「憤怒の王ザベルトを倒した毛玉がいると聞いて、見に来たら、我が姿に怯えて女の子の服の中で震える腰抜けじゃないか。大した妄言を吐くものだ。所詮、ただの毛玉か」
「マオウさんは腰抜けじゃありません! 誰よりも頑張っている方です! 撤回してください!」
毛玉への侮辱は、セリナに火をつけた。温厚な彼女だが、大切な人が馬鹿にされることが一番我慢できない。
「冷静になれ。あれは挑発だ。未来の私なら教えたはずだ。挑発に乗る側が負ける」
「でも!」
「なに、平然を装っているが、実は怖いだろう? なにせ毛玉だもんな。弱い貴様に何ができる。投降しなよ。それでこのザガン様が、命だけは許してやる」
(アスタロトじゃないだと? ほう……面白い。だからこいつ、無駄話が多いと思った)
毛玉の表情は変わらないが、心の中では勝利への道筋を見つけ、ほっそり笑んだ。
「これは失礼しました。あなたがあの、石をパンに、水をワインに変える虚栄の王ザガン様ですね」
「いかにも! 我は七十二柱の悪魔の一柱、王クラス、虚栄の悪魔、ザガン様だ。その程度、我にとっては容易なこと」
「さすがですね、ザガン様。王の中の王。私ごとき、到底及びません」
「そうだろう、そうだろう。話が分かる毛玉じゃないか」
毛玉がザガンをベタ褒めする一方、こっそりと目線でセリナに続きの合図を送る。
『聖解光輪(ディスアーム・レイ)を使え』と。
「聖剣戦略、私再改造!」
セリナは速やかに天使化し──
「聖なる光よ、武を制し、刃を眠らせよ──
救いをもたらす力ならば、殺さずとも届くはず!」
聖剣を振り、聖なる輪がザガンに向かって直進する。
「何をするつもりだ!」
ザガンはそれに気づき、避けようとするが、自身の四本の足が毛玉の鎖に縛られていることに気づく。
「油断大敵だぞ、ザガン様」
「貴様……我を騙したな」
「嘘つきばかりの地獄で、騙された方が悪いに決まっている」
毛玉の言葉と共に、聖解の光輪がザガンに命中する。毛玉の予想では、ザガンがかけていたすべての偽装を解き、その隙に止めを刺すつもりだったが──
光輪がザガンに触れた瞬間、その体が次々と崩れていく。美しいグリフォンドラゴンの下から、木材、鉄棒、ガラスなど様々なゴミや廃棄物が溢れ出た。さっきまで凛々しかった『ザガン』が空中分解した。あまりのあっけなさに、毛玉もセリナも驚いた。そのせいで、飛び散ったガラクタの中に混じっていた一匹のピンクのウサギのぬいぐるみを見逃した。
彼女は着地するやいなや、よたよたとした足取りで走り出し、雪の中へと消えた。
——静寂。
吹雪の音だけが、取り残されたように響いた。
「聖解光輪で武装解除……ですよね? なぜザガンが全壊したんですか?」
「セリナも知りません。今までそんなことありませんでしたから……」
「エンプラのように、その存在そのものが武器だからか? でもね……」
毛玉は『ザガン』の残骸を掘り出し、綺麗に塗られた外装以外、中身はガラクタばかりだった。武器だったものは何もない。
「王たちには不死性があるはずだが、あの嘘つきに限ってそれすら真偽がわからなくなったな。なにせ、『真実の悪魔』も名乗るほどの大嘘つきだから……」
「いくらなんでも、王になった悪魔さんですから」
「それに関する話だが」
毛玉は残骸のガラクタをいじりながら、信じがたい結論を口にした。
「ひょっとしたら、虚栄の王ザガンは……とんでもなく弱いかもしれない」
セリナは目を大きく見開いた。
*
ウサギのぬいぐるみは、自分の屋敷へと逃げ込み、鍵をいくつもかけた。
自分のふかふかのベッドにダイブし、お気に入りの毛布をぐるぐると巻きつけながら、プルプルと震えた。
「ありえない……ありえないのです……毛玉なんて、聞いて、うちでも倒せると思ったのに……」
このピンクのウサギのぬいぐるみこそ、ザガンの本体だ。しかし、同じように弱々しい外見の毛玉とは違って、彼女は見た目通りに弱い。地獄の中でも下級悪魔レベルの実力しかない。そんな彼女は、生き延びるために毛玉とは異なる道を歩んできた。
毛玉は魔力の精霊として、魔法というシステムを開発し、それまで何の使い道もなかった魔力を、現象を起こす技術へと昇華させた。彼の慎重すぎるほどの戦術と戦い方で、この地獄で勝ち続けてきた。
一方、ザガンは嘘をつくことで生きる道を見いだした。最初は、彼女が得意とするお裁縫で怖い仮面を作り、自分にかぶせた。なぜかそれが上手くいき、周囲の悪魔たちが彼女を「すごい実力を持つ悪魔」と信じるようになった。
そこまで大事にはなりたくなかったが、彼女の嘘はまるで波のように、彼女をどんどん押し上げていった。いつの間にか、王クラスの座に座ることになってしまった。そして、もう引くにも引けなくなった。嘘がバレたら、この残酷な地獄では生きていけない。無数の嘘で織り上げられたのが、今の虚栄の王『ザガン』だ。
もちろん、彼女の実力を疑う悪魔もいた。だが、ちょうどその時、毛玉の地獄攻略が始まった。その影響で、「ザガンももしかしたら、毛玉のように戦術を使って周囲を油断させているのでは」という意見が生まれ、彼女への疑いは一気に消えた。さらに、毛玉が次々と柱の悪魔を倒していくにつれ、なぜかザガンの評価も一緒に上がっていった。
「なるほど、ザガン様はそのようなお考えで……」
「私たちが浅はかでした」
「さすが、ザガン様!」
周囲は彼女のどんなくだらない行動も深読みし、彼女が凄いという結論を導き出した。
嘘つきの最終形態──
自身が周囲を騙さなくても、周囲が自分で自分を騙してくれる状態。
ある意味で、彼女は嘘の悪魔ではなく、幸運の悪魔かもしれない。
そして、その雰囲気はついに彼女自身をも騙し始めた。
「もしかして……うち、本当は強いんです?」
完全には信じていないが、ずっとコンプレックスの塊だったザガンに、少しずつ自信がついてきた。
たとえそれが偽物の自信だとしても。
それで彼女は思った。
「あの毛玉もきっと、うちと同じ嘘つきです。あんな姿で柱の悪魔たちに勝てるわけがないです。嘘なら、もっとましな嘘をするべきです」
勝手に毛玉を自分の同類──いや、自分の劣った模倣者だと思い込んだ。
ザベルトが毛玉に負けたという噂を聞いた時、「さすがに妄言がすぎた」と思ったザガンは、逆にそれをチャンスだと考えた。今話題の毛玉を倒せば、自分の王としての地位を疑う者は、徹底的にいなくなるだろう。
嘘つきなら、こっちの方が上だ。
彼女の自信作、グリフォンドラゴンのからくり。戦闘能力はほぼゼロだが、見栄えは抜群だ。それだけで、あの毛玉は肝を冷やし、敗北を認めるだろう。今までの他の者たちと同じように。
自信満々の彼女は、グリフォンドラゴンを操縦し、雪原の中で唯一動く物体を見つけるのは難しくなかった。
そして、その毛玉がメイドの服に隠れているのを見て、ザガンは確信した──この毛玉は大したものじゃない。少し脅せば、自分の王としての称号と、このグリフォンドラゴンのからくりだけで屈服させられると。
結果は、謎の光によって彼女の自信作が全壊。長年にわたって鍛えた逃げ足でその場から逃げ、今に至る。
「確か、あの毛玉は七十二柱全員を倒しに来るですよね……ってことは……」
まだ自分を探しに来るはずだ。
ザガンは大人しく自分のシジルのコインをさっさと渡して、帰ってもらいたい。だが、そんな無様に負けたら、今まで自分がついてきた嘘がすべてバレでしまう。それはまずい。
ならば──
「アスタロト! アスタロト!」
男の声で、彼女は自分一番の忠臣を呼んだ。
「はい、ザガン様、ここに」
ドアの外で、若い女の子の声がした。
「噂の毛玉が吾輩の縄張りへ侵入した。その程度の者、吾輩が出るまでもない。貴様がそいつを始末しろ」
「畏まりました! あなた様の意のままに」
ドアの外、ドラゴンの角と尻尾を持つメイドはそう答えた。
依頼期限まで、残り25日。
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