まおうさまの勇者育成計画

okamiyu

文字の大きさ
22 / 171
序章:すべての旅は、茶番から始まる――剣も魔法もまだいらない

番外編④:明星よ、堕ちよ

しおりを挟む
酒場の隅。

ダスが"師匠"と呼ぶ男は、

だらしない格好で酒をあおっていた。



「よう、ダス。今日も来たか。勉強熱心だな」



汚れた服、手入れのされていない髭。

そして何より――酒臭い。



「紹介するよ、師匠。こいつは俺のダチ、ルキエル――いや、ルキエル様だ」

「へぇ、"様"付けとは……どこかの貴族の落ちこぼれか?」



酒の臭いを混ぜた息がこちらにかかる。

品も威厳もない。会話する気すら失せる。



「えっと……ルキエル様は、元貴族で、今は下町で修行中で……」

「なんだ、やっぱり落ちこぼれか。気張って損したな」



再び酒を流し込み、

男はアルコールの海に沈んでいった。



ダスは苦笑しながら、必死に取り繕う。

「でも、師匠はすごいんだぜ。国内でも数少ない"オリハルコン級"の冒険者なんだ!」



(オリハルコン級? なにそれ、僕は知らない。

それが僕がこの腐った肉を塵にする時間に影響しないなら、どうでもいい。)



「今日も、ご指導をお願いします! ルキエル様にも、ぜひ……」

「いいぜ。その代わり、今日の分の金は出せよ」



男の顔が、欲望に歪んだ。

もはや悪魔より醜悪だった。



「ごめん、今日はちょっと失敗して……でも、明日は必ず……!」

「はあ? 前もそう言ったよな。金がないなら破門だ」

「そんな……頼むよ、師匠。金なら俺が――なんとかするから……!」



ダスは必死だった。

声を震わせて懇願した。



だが男は――

「触るな、クソガキが」



その足が腹に突き刺さり、

ダスは酒場の外まで吹き飛ばされた。



口から血を吐き、地面に崩れ落ちる。

それでも――

「……お願い……します……!」



彼は立ち上がろうとした。

痛みに顔をゆがめながらも、

必死に"師匠"に縋ろうとしていた。



(なぜ、そこまで……?)



「おめえがしつこいから、せめて酒代くらい出せ。じゃなきゃ、誰が貧乏人の面倒見るかよ」



周囲の人間たちは見て見ぬふり。

止めようとする者は誰もいなかった。



(これが人間らしさか。哀れな生き物だ……)



それでも、ダスは諦めなかった。

ふらふらの足取りで、なおも縋りつこうとして――叫んだ。



「俺は……ルキエルと……冒険に出たいんだ!!



その瞬間、

僕の中で、何かが静かに崩れ落ちた。



***



「――神の第一の尖兵。

神魔大戦で最も多くの悪魔を葬り、

味方の天使すら畏れた全能なる天使――

その原点にして、頂点。"熾天使セラフィム"ルキエル」



地上に現れた十二枚の翼を見て、

モリアは静かにアフタヌーンティーを飲みながら呟いた。



「あなたが、あの"誇り"を何より大切に思うルキエルなら――

このゲームに勝つことは絶対ありません。

私はそれを知っています。」



***



僕は、ダスの前に立った。

あの悪魔との勝負など、もはやどうでもいい。



ただ――

僕を信じる者が嬲られる姿を、何もせず見ていること。

それこそが、最も屈辱だった。



「ルキエル……?」

「ルキエル様だ」



僕は、ダスの身体を怪我をする前の状態に戻してやった。

人間は脆すぎる。

それが、どうしても気に入らない。



「なんだお前……天使のマネでもしてるつもりか……?」

「――黎明の子、明けの明星よ。

天から落ち、国々を打ち倒した者よ。

お前は切られ、地に倒れた」



そう言って、僕は静かに呟いた。

「明星よ、堕ちよ」



神罰の光が降り注ぐ。

その男は――

魂のひとかけらすら残さず、この世界から消えた。



まるで、最初から存在しなかったかのように。



***



"天使が降臨した"という噂は、

すぐにグラナール全域に広まった。



だが、その神罰を目の当たりにしても、

近づこうとする者はいない。



――ただ一人を除いて。



「ルキエル、俺……王都の学校に行こうと思ってる。一緒に来ないか?」

「僕は"人間の学校"など行かない。人間ごっこは、もう終わりだ。それと、"ルキエル様"だ」

「……はは、ルキエル様~?」

「敬意が足りん。天罰、受けたいか?」

「ご勘弁を~、ルキエル様」



馴れ馴れしいその"人間"に、僕は――

「これは返礼だ」



そう言って、自分の羽を一本、彼に渡した。

「ドラゴンの鱗のお返しだ。これを持っていれば、世界のどこであっても、僕が駆けつけてやる」



そして、少年と天使はひとつの約束を交わした。

――いつか、一緒に冒険に出よう。



それは、ささやかで、けれど力強い約束だった。

いつか。また、会えるその日まで――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...