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第六章:奪われた王冠に、炎の誓いを――動乱の王都で少女は革命を選ぶ
第103話:暴政の街、咲かぬ希望に花を添えて
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王都は分厚い城壁に囲まれ、門は二つだけだった。
一つは帝国へと続く北門──
かつてセリナが旅立った時、くぐり抜けたあの門だ。教会に最も近く、今はルキエルの『ロンギヌス』によって粉々に砕かれている。
もう一つはグラナール地方へと通じる南門。
王子マサキが最後に踏み出した門であり、今、シエノはメイド姿の二人を従え、その門前に静かに立っていた。
「僕はシエノ・ヴェスカリア、クセリオス・ヴェスカリアの息子である。」南門の守衛に身分証明を求められ、シエノは静かに名を告げた。だが、いつもの穏やかな面影はなく、その佇まいはまるで──
『悪役令息』の如く、冷たく鋭い威圧感に包まれていた。
「『シエノ様……ですか? しかし、なぜ馬車ではなく徒歩で? それにお供はこのメイドお二人だけとは』
門番が怪訝な表情で問いかけると、セリナは冷たい目で一瞥した。
『僕はユキナだ。文句でもあるのか?』
すると突然──
『きゃっきゃっきゃ! クソ門番どもが言いがかりつけて金をせびりに来たぜ!』
セリナが抱える毛玉の魔王人形が勝手に喋りだした。
セリナは至って真面目な顔で、
『……失礼した。この子、たまに暴言を吐くんだ』
と、ぬいぐるみの口を手で押さえながら言った。
門番は目を丸くして、毛玉の魔王とセリナを交互に見た。
「そ、その……生きたぬいぐるみですか?」
門番は疑わしげに毛玉の魔王を覗き込んだ。
すると突然、ぬいぐるみが「べー」と舌を出した。
「おおっ!?」
門番が後ずさりした。
「『シエノ様のお身分を疑うとは、いい度胸ですこと。将来の王に対して、あまりにも無礼では?』
ツインテールのメイド姿のレンが、一瞬のうちに衛兵の喉元に短剣を当てた。その動きはあまりにも速く、衛兵が気付いた時には、もう刃が肌に触れている。
『……さらし首にでもなりたいですか?』
蜜のように甘い声と裏腹に、刃は冷たく輝く。衛兵の額に脂汗が浮かぶ。
セリナがにっこりと衛兵に歩み寄り
「この方は気性が激しいんだ。早く通過させてくださると、良いのだが……」
と、笑顔で脅す。その裏に潜む本気の殺気に、衛兵は震えた。
「な、何んだこりゃ……このメイドたちは……!」
『彼女たちは我が忠実なるメイドであり、並みの護衛などよりよほど頼もしい。……さっさと通すがいい。時間を無駄にさせるな』
シエノは冷たくそう言い放つと、通行証を門番の胸に叩きつけるように押し付けた。
その圧倒的な威圧感に、
門番は「へ、へいっ!」と反射的に直立不動の姿勢をとり、背筋が棒のように伸びた。
『ユキナ、モレア、もう充分だろう。父上の待つ宮殿まで、一刻も猶予は許されぬ』
シエノが袖を翻すと、二人のメイドはぴたりと動作を止めた。
『ご命令のままに』
『門番さん、ご協力感謝ですわ~』
三人の背中を見送りながら、門番はようやく肩の力を抜き、安堵の息をついた。
*
城門から十分な距離を取ったところで、三人はようやく緊張の糸が切れた。
「はぁ……もう一生分の演技を使い切りました。どうして父上は平然とあんな態度を取れるでしょう? 僕には到底無理ですね。」
シエノは父クセリオスの物まねをしようとしたが、どう見ても似ていなかった。
「でも案外楽しかったかも? ね、マオウ君」
セリナはすっかり自分の役にはまりきっている様子。何より、ずっと毛玉の魔王を抱きしめていられるのが嬉しいらしい。
「お前には女優の素質があるな。今度本格的に演技の勉強をした方がいいかもしれん」
マオウはレンに気を送る振りをさせ、今は元の毛玉姿に戻っている。デュエロポリスの経歴が功を奏し、誰にも怪しまれていない。
「ちょっとセリナ、俺にも少し抱かせろよ。ずるいじゃないか」
レンはお嬢様モードに疲れたようだ。普段は男の子のように振る舞う彼女にとって、この役柄はかなり堪えたらしい。
「セリナなんて知らない。僕はユキナだよ。ぬいぐるみなんて上品なモレアちゃんには子供っぽすぎるから、僕が預かってあげる。マオウ君もユキナの方がいいでしょ?」
「ああ」
「いや、今のは私じゃない!」
セリナは本物の腹話術ができるようで、ますます役に熱中している。
*
王都の中心部に近づくにつれ、セリナたちは街の空気の変化に気づかされた。
「なぜ売ってくれない! 金は払うと言っているだろうが!」
衛兵が商人を怒鳴りつける声が響く。その手には剣の柄が握られていた。
「あんたたちに売る物なんてないよ。仮に犬の餌があったとしても、人殺し共に渡す気はないわ!」
先日起きた学生虐殺事件以来、町人たちは衛兵への一切の取引を拒否しているようだった。金を積まれても、食料も装備も薬すら売らない。
「クセリオス王に逆らう気か? この下々めが!」
「どうぞ殺してくださいよ。私たちを殺したら、次はどこから略奪するんですか? 衛兵様ご自身で畑を耕すんですか?」
町人の老婆が震える声で言い返す。もはや脅しも通じない。クセリオスといえど、王都の住民すべてを消すわけにはいかない。学生運動と違い、リーダーもいないこの抵抗には、見せしめのしようもなかった。
衛兵の顔が怒りで歪んだ。
「この反逆者め!」
「反逆者?」老婆が乾いた笑いを漏らした。
「カズキ王を裏切り、学生たちを殺したあんたたちこそが、この国の反逆者じゃないのかい?」
周囲の町人たちが静かに集まり始め、無言の圧力が衛兵を包んだ。剣を抜けば、たちまち暴動に発展する気配だった。
「くっ...覚えてろ!」
衛兵が踵を返すと、商人の一人が背後から叫んだ。
「次からは剣も買えなくなりますよ! 鍛冶屋もみんな協力してるんだからな!」
*
町人たちの話を繋ぎ合わせていくうちに、前日この王都を襲った惨劇の全貌が浮かび上がってきた。
「学生たちが...!?」
セリナの表情が一瞬で蒼白に変わる。その瞳は、嵐のように震えていた。
「...学校に!」
突然、彼女は踵を返すと、まるで疾風のように校舎の方向へ駆け出した。足元の石畳が悲痛な音を立て、道行く人々が驚いて視線を送る。
学校――かつて、セリナが夢を語り、学び、笑った場所。
そして今は、虐殺の現場であると噂される場所。
門の前に差しかかった瞬間、セリナは立ち止まった。
そこには、無数の花が敷き詰められていた。
花束。一本の百合。しおれたカーネーション。
メモが添えられたブーケ。折れた剣のレプリカ。
誰かが持ち寄った小さなロウソクには火が灯り、その炎は風もないのに時折震えていた。
見覚えのある名前がいくつもあった。
いつも図書室で静かに本を読んでいた後輩。
挨拶がぎこちなかったけれど、朝は欠かさず笑っていたあの子。
授業が終わると、校庭でひとり剣の練習をしていた少年――
どれも、セリナが知っていた“生きた時間”の記憶だった。
だが今は、名前だけが、冷たい紙片の上に残されている。
足が、前に出なかった。
体が震えた。
何かを言おうとして、唇が動いたが、声が出なかった。
気づけば、膝から崩れ落ちていた。
地面に手をつき、嗚咽をこらえられず、声を上げて泣いた。
「……なんで……こんなことに……!」
あの子たちは、ただ学びたかっただけだった。
未来を夢見て、努力して、手を伸ばしただけだった。
「ごめんなさい……守れなかった……!」
震える背中に、シエノがそっと上着をかけた。
レンは隣に立ち、何も言わず、ただ彼女の肩に手を添えた。
焼け焦げた校舎の壁に、まだ血の跡がかすかに残っている。
けれど、誰かが描いた小さなチョークの文字だけは、奇跡のようにそこに残っていた。
《未来は、ここから始まる》
かつての王が掲げた言葉だった。
だが今、その言葉は“ここで終わった命たち”の祈りのようにも見えた。
毛玉の魔王はこの光景をじっと見つめ、小さく呟いた。
「……ふん。暴政というものはな、魔王など比べ物にならぬほど恐ろしいものだな」
その丸い瞳に、かつてない深い影が浮かんでいた。
一つは帝国へと続く北門──
かつてセリナが旅立った時、くぐり抜けたあの門だ。教会に最も近く、今はルキエルの『ロンギヌス』によって粉々に砕かれている。
もう一つはグラナール地方へと通じる南門。
王子マサキが最後に踏み出した門であり、今、シエノはメイド姿の二人を従え、その門前に静かに立っていた。
「僕はシエノ・ヴェスカリア、クセリオス・ヴェスカリアの息子である。」南門の守衛に身分証明を求められ、シエノは静かに名を告げた。だが、いつもの穏やかな面影はなく、その佇まいはまるで──
『悪役令息』の如く、冷たく鋭い威圧感に包まれていた。
「『シエノ様……ですか? しかし、なぜ馬車ではなく徒歩で? それにお供はこのメイドお二人だけとは』
門番が怪訝な表情で問いかけると、セリナは冷たい目で一瞥した。
『僕はユキナだ。文句でもあるのか?』
すると突然──
『きゃっきゃっきゃ! クソ門番どもが言いがかりつけて金をせびりに来たぜ!』
セリナが抱える毛玉の魔王人形が勝手に喋りだした。
セリナは至って真面目な顔で、
『……失礼した。この子、たまに暴言を吐くんだ』
と、ぬいぐるみの口を手で押さえながら言った。
門番は目を丸くして、毛玉の魔王とセリナを交互に見た。
「そ、その……生きたぬいぐるみですか?」
門番は疑わしげに毛玉の魔王を覗き込んだ。
すると突然、ぬいぐるみが「べー」と舌を出した。
「おおっ!?」
門番が後ずさりした。
「『シエノ様のお身分を疑うとは、いい度胸ですこと。将来の王に対して、あまりにも無礼では?』
ツインテールのメイド姿のレンが、一瞬のうちに衛兵の喉元に短剣を当てた。その動きはあまりにも速く、衛兵が気付いた時には、もう刃が肌に触れている。
『……さらし首にでもなりたいですか?』
蜜のように甘い声と裏腹に、刃は冷たく輝く。衛兵の額に脂汗が浮かぶ。
セリナがにっこりと衛兵に歩み寄り
「この方は気性が激しいんだ。早く通過させてくださると、良いのだが……」
と、笑顔で脅す。その裏に潜む本気の殺気に、衛兵は震えた。
「な、何んだこりゃ……このメイドたちは……!」
『彼女たちは我が忠実なるメイドであり、並みの護衛などよりよほど頼もしい。……さっさと通すがいい。時間を無駄にさせるな』
シエノは冷たくそう言い放つと、通行証を門番の胸に叩きつけるように押し付けた。
その圧倒的な威圧感に、
門番は「へ、へいっ!」と反射的に直立不動の姿勢をとり、背筋が棒のように伸びた。
『ユキナ、モレア、もう充分だろう。父上の待つ宮殿まで、一刻も猶予は許されぬ』
シエノが袖を翻すと、二人のメイドはぴたりと動作を止めた。
『ご命令のままに』
『門番さん、ご協力感謝ですわ~』
三人の背中を見送りながら、門番はようやく肩の力を抜き、安堵の息をついた。
*
城門から十分な距離を取ったところで、三人はようやく緊張の糸が切れた。
「はぁ……もう一生分の演技を使い切りました。どうして父上は平然とあんな態度を取れるでしょう? 僕には到底無理ですね。」
シエノは父クセリオスの物まねをしようとしたが、どう見ても似ていなかった。
「でも案外楽しかったかも? ね、マオウ君」
セリナはすっかり自分の役にはまりきっている様子。何より、ずっと毛玉の魔王を抱きしめていられるのが嬉しいらしい。
「お前には女優の素質があるな。今度本格的に演技の勉強をした方がいいかもしれん」
マオウはレンに気を送る振りをさせ、今は元の毛玉姿に戻っている。デュエロポリスの経歴が功を奏し、誰にも怪しまれていない。
「ちょっとセリナ、俺にも少し抱かせろよ。ずるいじゃないか」
レンはお嬢様モードに疲れたようだ。普段は男の子のように振る舞う彼女にとって、この役柄はかなり堪えたらしい。
「セリナなんて知らない。僕はユキナだよ。ぬいぐるみなんて上品なモレアちゃんには子供っぽすぎるから、僕が預かってあげる。マオウ君もユキナの方がいいでしょ?」
「ああ」
「いや、今のは私じゃない!」
セリナは本物の腹話術ができるようで、ますます役に熱中している。
*
王都の中心部に近づくにつれ、セリナたちは街の空気の変化に気づかされた。
「なぜ売ってくれない! 金は払うと言っているだろうが!」
衛兵が商人を怒鳴りつける声が響く。その手には剣の柄が握られていた。
「あんたたちに売る物なんてないよ。仮に犬の餌があったとしても、人殺し共に渡す気はないわ!」
先日起きた学生虐殺事件以来、町人たちは衛兵への一切の取引を拒否しているようだった。金を積まれても、食料も装備も薬すら売らない。
「クセリオス王に逆らう気か? この下々めが!」
「どうぞ殺してくださいよ。私たちを殺したら、次はどこから略奪するんですか? 衛兵様ご自身で畑を耕すんですか?」
町人の老婆が震える声で言い返す。もはや脅しも通じない。クセリオスといえど、王都の住民すべてを消すわけにはいかない。学生運動と違い、リーダーもいないこの抵抗には、見せしめのしようもなかった。
衛兵の顔が怒りで歪んだ。
「この反逆者め!」
「反逆者?」老婆が乾いた笑いを漏らした。
「カズキ王を裏切り、学生たちを殺したあんたたちこそが、この国の反逆者じゃないのかい?」
周囲の町人たちが静かに集まり始め、無言の圧力が衛兵を包んだ。剣を抜けば、たちまち暴動に発展する気配だった。
「くっ...覚えてろ!」
衛兵が踵を返すと、商人の一人が背後から叫んだ。
「次からは剣も買えなくなりますよ! 鍛冶屋もみんな協力してるんだからな!」
*
町人たちの話を繋ぎ合わせていくうちに、前日この王都を襲った惨劇の全貌が浮かび上がってきた。
「学生たちが...!?」
セリナの表情が一瞬で蒼白に変わる。その瞳は、嵐のように震えていた。
「...学校に!」
突然、彼女は踵を返すと、まるで疾風のように校舎の方向へ駆け出した。足元の石畳が悲痛な音を立て、道行く人々が驚いて視線を送る。
学校――かつて、セリナが夢を語り、学び、笑った場所。
そして今は、虐殺の現場であると噂される場所。
門の前に差しかかった瞬間、セリナは立ち止まった。
そこには、無数の花が敷き詰められていた。
花束。一本の百合。しおれたカーネーション。
メモが添えられたブーケ。折れた剣のレプリカ。
誰かが持ち寄った小さなロウソクには火が灯り、その炎は風もないのに時折震えていた。
見覚えのある名前がいくつもあった。
いつも図書室で静かに本を読んでいた後輩。
挨拶がぎこちなかったけれど、朝は欠かさず笑っていたあの子。
授業が終わると、校庭でひとり剣の練習をしていた少年――
どれも、セリナが知っていた“生きた時間”の記憶だった。
だが今は、名前だけが、冷たい紙片の上に残されている。
足が、前に出なかった。
体が震えた。
何かを言おうとして、唇が動いたが、声が出なかった。
気づけば、膝から崩れ落ちていた。
地面に手をつき、嗚咽をこらえられず、声を上げて泣いた。
「……なんで……こんなことに……!」
あの子たちは、ただ学びたかっただけだった。
未来を夢見て、努力して、手を伸ばしただけだった。
「ごめんなさい……守れなかった……!」
震える背中に、シエノがそっと上着をかけた。
レンは隣に立ち、何も言わず、ただ彼女の肩に手を添えた。
焼け焦げた校舎の壁に、まだ血の跡がかすかに残っている。
けれど、誰かが描いた小さなチョークの文字だけは、奇跡のようにそこに残っていた。
《未来は、ここから始まる》
かつての王が掲げた言葉だった。
だが今、その言葉は“ここで終わった命たち”の祈りのようにも見えた。
毛玉の魔王はこの光景をじっと見つめ、小さく呟いた。
「……ふん。暴政というものはな、魔王など比べ物にならぬほど恐ろしいものだな」
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