まおうさまの勇者育成計画

okamiyu

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第七章:椿は鋼に咲く、忠誠の銃声とともに――女帝と三将軍のプロトコル

第120話:この心は、誰のために

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セリナは深い迷路の中に立ち尽くしていました。
一介のメイドから救国の勇者へ。
そして今や王国の首相にまで上り詰めた彼女ですが――
(全ては、あの方が導いてくださったから……)
マオウさん。
あの人が、無力だったセリナに光を与え、この地位まで導いてくださったのです。
しかし、その正体は帝国の将軍であり、天才科学者だったのでした。
(私はただの……実験対象だったのでしょうか?)
胸が締め付けられるような苦しさが込み上げてきます。今まで積み上げてきた全てが、虚しい砂の城のように崩れ落ちてしまうような気がしました。
「……そういえば、私はマオウさんのことを、何も知りませんでした」
あの人はいつも、謎に包まれていらっしゃいました。
私に学問を教えてくださる優しい先生でもあり、時には不可思議な魔法使いのような存在でもいらっしゃいました。
(あの笑顔の裏には、何があったのでしょう?)
(あの優しいお言葉は、全て計算ずくだったのでしょうか?)
セリナは自分の胸にそっと手を当てました。
鼓動は速く、痛みを伴っていました。
(それなのに、私は……)
(あの人に思いを寄せながら、本当のお姿を見ようとさえしませんでした。)
外で風が吹き、一枚の花びらがひらりと舞い落ちます。
まるで、儚く散っていく彼女の想いのように――
セリナはふと足を止めました。
(あの人にお会いするのが、とても怖いのです…)
唇を軽く噛みしめながら、彼女は道端の小石を蹴りました。
「もしあの方から『君は実験サンプルとしてよく務めた、ご苦労だった』などと言われたら…」
「私の心はきっと、粉々に砕けてしまうでしょう…」
目的もなく長い散歩を続けていた彼女は、ふと前方に人影を見つけました。
年頃は自分と同じくらい。
帝国の軍服に身を包んだ、灰色の長髪が印象的な美しい少女です。
しかし――
(あの表情…)
(今の私と同じように、深い迷いの中にいるのでしょうか…)
少女の瞳には、確かな意志と激しい葛藤が渦巻いているようでした。
「ああ!勇者セリナであります!」
突然の元気な声に、セリナは思わず後ずさりしました。目の前には帝国軍服姿の少女が、きらきらとした目でこちらを見つめています。
「はい、セリナですが...?」
「へえ...」少女は興味深そうに首を傾げ、「あなたがドクターの新しい実験対象でありますね。普通であります。吾輩の方が明らかに高性能であります」
そう言うと、彼女の瞳が機械のように青く光り、セリナの全身をくまなくスキャンし始めました。
「身長148cm、体重40kg、血液型O型、年齢14歳、スリーサイズは...これは酷いであります」
「失礼です!いったいあなたは...?」
「これは失礼でありました」少女はきちんと直立し、誇らしげに胸を張ります。「吾輩はエンタープライズCVN-6であります。帝国の三将軍・貪狼の名を継ぐ者、ドクターの最高傑作であります!」
(帝国の将軍?...私と同じ年頃に見えるのに)
しかしセリナの心をより強く捉えたのは、「ドクターの最高傑作」という言葉でした。この少女なら、もしかしたら自分と同じような境遇を...
「エンタープライズさんは…何とも思わないのですか? あのドクターさんの実験対象であることに」
セリナの声はわずかに震えていました。スカートの裾を握りしめる指先に、悔しさと悲しみがにじんでいます。
「なぜであります? 吾輩はロボでありますよ」
エンプラは首をかしげ、機械仕掛けの瞳をきらりと光らせます。
「実験がなければ、生まれすらしなかったであります。それと、『エンプラ』でいいでありますよ」
(この子は…人間ではないのですね)
(それなのに、ここまで人間らしい感情を持っているなんて…)
「機械のエンプラさんには…理解できないかもしれませんね」
セリナは俯きながら、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「人間は…実験対象にされることを、好ましく思わないのです」
「ここまでの人生のレールが、誰かに予め敷かれていたように感じて…」
「全てが嘘まみれだったんじゃないかと…」
握り締めたスカートの皺から、一粒の涙が落ちました。
エンプラの機械の瞳が赤く光り、セリナを睨みつける。
「人間は本当に面倒くさいであります! じゃあドクターは何のためあなたに時間と労力をかけたでありますか? 金銭? 名誉? 美色? まさかただの親切だと思わないでありますな」
セリナの目に怒りの炎が灯った。
「ただの親切で何が悪いのですか! マオウさんはそんな下品な動機で動く方ではありません!」
「あなたこそ勝手にドクターを理想化して、期待通りでないと失望しているだけであります! 誰もが吾輩を失敗作と呼んで廃棄処分しようとした時、ドクターだけが吾輩のそばにいてくれたであります。十年以上も...」
エンプラの声に初めて感情の揺れが見えた。
「たとえ全てが実験のためだけでも、吾輩はドクターと一緒にいたいであります」
セリナは鋭く切り返す。
「それならなぜ今ここにいるのですか? そんなに慕っていると言いながら」
エンプラの肩が小さく震えた。
「見捨てられた...であります。ある日任務から帰ると、ドクターは...いなかったであります。何の言葉も残さず...きっと吾輩のポンコツさに愛想を尽かしたので...」
セリナは激しく首を振った。
「馬鹿言わないでください! 十年も一緒にいたのに、それがわからないのですか? 私はたった一年しかありませんが、マオウ様は大切な人を簡単には捨てない方だと確信しています!」
「...黙れであります」
「あなたこそドクターを理解していない! このポンコツ機械!」
エンプラの装甲が軋み、警告音が鳴り響く。
「吾輩は...ポンコツじゃないであります! ロボでありながら将軍まで上り詰めたであります! あなたこそ...ダメイドであります!」
セリナの目に涙が浮かんだ。
「私は...たった一年で史上最高の勇者になり、王国初の平民首相になりました。実験対象としても...私の方が優秀です!」
「実験対象として競ってどうするでありますか...」
「ごめんなさい、変なこと言いました…」
二人の間に重い沈黙が流れた。
「はは、なにそれ。」
エンプラの瞳が愉快そうに輝いた。
「はは、バカですね私…」セリナは頬を赤らめながら目を細めた。「マオウさんのことを知っているはずなのに、つまらないことで悩んでいました」
二人の笑い声が、先ほどまでの緊張を優しく溶かしていく。
「ドクターが吾輩を捨てるなんて、ありえないであります」
エンプラは胸に手を当て、誇らしげに続けた。
「そんな安直な考えをしてしまうなんて、やはり吾輩はまだまだであります。ドクターにもっと付き合わないといけないであります。」
「知っていますか、マオウさんは酒よりコーヒーが好きです。毎朝セリナがコーヒーを淹れないと駄々をこねます。「セリナ君、君は勇者になってから、コーヒーを入れるスキルを忘れたかね、怒らないから思い出して来い」って…あの拗ね方がたまらなく可愛いんです。」
「知っているであります!」
エンプラの声に突然熱がこもった。
「ゲイシャ豆にこだわり、間違ったら怒られるであります。「CV6二等兵、君はコーヒーを淹れるくらい簡単な仕事すらできないのかね、ゲイシャ豆の華やかな香り、繊細で複雑な風味、他の豆じゃ代用できないだろか、わかないならその資料をインストールして来い。」吾輩は給仕ロボじゃないでありますのに。」
「それより吾輩が失敗する時食らった拳骨が痛かったであります!」エンプラは悔しそうに頬(らしき部分)をさする。
「…しかし、セリナはそんな目に遭ったことがありません。」
「なるほど」エンプラの表情がふっと柔和になった。
「つまりこれは吾輩だけへの特別な愛情表現であります…勝ったであります」
「むむむっ!」セリナは突然立ち上がり、真っ赤な顔で宣言した。
「でもセリナはマオウ様と口付けしたことがあります!こっちの勝ちです!」
エンプラの光学ユニットが驚いたように点滅した。
「粘膜のない吾輩には理解不能であります。その行為にどんな価値が…」
「ふふ…」セリナは夢見るような瞳で囁いた。
「頭が溶けそうな甘い味がしたんですよ」
「矛盾してますであります」エンプラは冷静に指摘した。
「ドクターは常にコーヒーを飲んでいるはず。口内は苦いはずであります」
「エンプラさんは乙女心が足りなさすぎであります。」
「繰り返しますが吾輩はロボであります」エンプラは呆れたように手を振った。
「性別はないであります。それに…」
「吾輩の口調を真似しないであります!」
二人の魂は、それぞれの苦悩の中で孤独に彷徨っていた。
一人で悩み続ける限り、その行き詰まった迷路から抜け出すことはできない。暗闇の中で手探りするように、出口を見つけようともがくばかりだった。
しかし──
運命は奇妙な縁を紡ぐ。同じような痛みを抱えた二人が出会った時、これまで見えなかった真実が突然目の前に現れる。鏡のように相手の姿に自分を映し、心の奥に閉ざされていた感情が溢れ出す。
「そうか...私だけじゃなかったんだ」
エンプラの機械の瞳に、初めて温かな光が宿る。
二人は無言で手を握り合った。冷たい金属の手と、震える人間の手。その温度差の中に、不思議な安心感が生まれていた。
共に歩むことで、前に進む勇気が湧いてくる。一人では越えられなかった壁も、二人なら──
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