まおうさまの勇者育成計画

okamiyu

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第七章:椿は鋼に咲く、忠誠の銃声とともに――女帝と三将軍のプロトコル

第119話:鉄血の女帝は、今夜だけ“姉”に戻る

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夕陽が沈み、闇が臨時王宮を包み込んだ。元・学校職員用家族寮を改装したこの粗末な王宮で、カズキは重い溜息をつく。
「あの無口で優しかったツバキが…どうしてあのような鉄血の女帝になってしまったのか」
傍らで、レンが拳を握りしめる。幼い頃から常に姉と比較されてきた彼女は、男勝りで地味な自分と、完璧な王女として振る舞えたツバキの差にずっと苦しんでいた。
「信じられない…あの優しかったツバキ姉様が…」
ユウキが生まれる少し前だった。ツバキの婚約が帝国の王子ティアノ・ブラッドムーンに決まったとき、誰もが「これで戦争の火種が消える」と信じていた。その外交的成果により、帝国は長きにわたり王国に干渉することはなかった。
(誰が想像できただろうか…)
(自ら軍を率いて故国を攻めるときの、あの姫の姿を)
ドン、ドン。
不意に響いたドアのノック音に、室内の空気が張り詰める。
(母様か? 買い出しから戻ってきたのか?)
マサコが警戒しながらもドアへ手を伸ばす。扉が開く──
「ツバキ……姉!?」
そこに立っていたのは、なんと、幼いユウキを軽々と抱き上げたツバキその人だった。軍服姿の彼女は、まるで血塗られた戦場など存在しなかったかのように、くすりと笑う。
「やっほ~♪ 久しぶりね、みんな。ちょっと遊びに来ちゃった」
ユウキは無邪気に「ばあ!」と手を振り、ツバキの頬に頬ずりする。その姿は、かつての優しい王女の面影を色濃く残していた。
「何しに来た!……昼の会議の続きでもするつもりか?」
カズキ王の声には、王としての警戒と、父親としての複雑な感情が混ざっていた。眼前に立つのは、もはや「娘」ではなく、帝国の女帝——敵国の支配者だ。
しかし、ツバキは軽く肩をすくめ、ユウキを抱いたままくすりと笑う。
「嫌だわ、もう勤務時間は終わったもの。今はプライベートよ?」
「マサコとレンに会いたかったの。それに……」
「まだ会ったことのない弟、ユウキにも。」
彼女の目は、かつてのまま——優しく、どこか寂しげだった。
「お父様も、少し肩の力を抜いてはどうです?」
……悪意はない。少なくとも、今この場に限っては。
もし彼女が本当に何かを強いるつもりなら、こんな風に一人で訪ねてくるはずがない。
帝国軍が王都を制圧した今、彼女にわざわざこんな芝居をする必要などないのだ。
沈黙が数秒続き、カズキは深いため息をついた。
「……上がれ。」
そう言って、彼は道を開けた。

「あら、マサキ……本当に女の子みたいになったのね?」
ツバキは悪戯っぽく微笑むと、マサコをぎゅっと抱きしめた。その仕草は、まるで本当の姉妹のように自然で、どこか懐かしい温もりを感じさせた。
「やめろ!俺は男だ……!ツバキ姉ったら、そんな性格だったっけ?昔はもっと『高嶺の花』みたいな、近寄りがたいお嬢様だったはずだぞ!」
「あれは全部演技よ」
ツバキは軽く目を細め、楽しそうに答える。
「お母様があの『お姫様像』を気に入ってたから、いい娘でいようと演じてただけ。正直、あれは結構疲れるのよね~」
「だから、帝国に嫁いでよかったかも? あっちの方が、私らしくいられたから」
彼女の言葉には、どこか解放されたような軽やかさがあった。
ツバキは天才だった。
社会が求める「理想の女性像」を瞬時に見抜き、完璧に演じきる才能。
王国では「高貴で優雅な王女」として、
帝国では「鉄血の女帝」として。
彼女はただ、与えられた舞台で、最高の役を演じ続けているだけなのだ。
「レン~その髪型、とても似合っているわよ」
ツバキは懐かしむように妹の髪に触れる。その指先は、かつて王宮で共に過ごした日々を思い出させるようだった。
「お母様はすぐ『姫らしくない』とか『剣など持つべきではない』とか言うでしょう?でも、レンの剣の才能は本物よ。どう?一緒に帝国へこない?帝国なら、性別や身分なんて関係なく認めてあげられるのに」
レンは照れくさそうに顔を赤らめ、視線をそらした。
「いいよ。俺はもう母様と和解できたし...それに、剣を認めてくれる人も見つけたから」
ツバキの目が鋭く光る。
「まさか...男ね」
「は?なんでそうなる!いや、それは...」
「お姉ちゃんに隠し事なんて百年早いわよ。で、誰なの?」
レンはしばし黙り込んだ後、小さく呟いた。
「...マオウだよ」
「ああ、ドクターね」ツバキはため息をつく。「あの男、偽名をいくつ持っているのかしら。お父様が勇者だった時代から、すでに帝国の将軍として活躍していたのよ。年齢的にはおじさんに近いわ。昔少し話したことがあるけど、理屈ばかりでつまらない男だったわ。有能だけど」
「それでもいい」レンの声には熱がこもっていた。「俺はあいつのそんなところまで好きなんだ。...それにドクターって、帝国でも好き放題やってたんだな。あいつらしい」
「そうね。ちなみに...」ツバキは思わせぶりに微笑んだ。「仲の良い女性はいなかったわよ。アリストとは違って、浮いた話は一つもなかった。あそこまで鉄壁だから、ホモなんじゃないかという噂まで...あ、そうそう。彼が作ったエンタープライズCV-6のロボットには、随分手をかけて育てていたわ。でもあの子は機械だから性別はないけどね」
「セリナが二人に増えたか...」レンは苦笑した。「俺ももっとダメな娘だったら、もっと可愛がってもらえるのかな。自分の才能が憎い...」
「男って言うとね、うちのダメ亭主もさ……」
ツバキはユウキを膝に乗せ、ふと本音を零した。
「優しくて、気遣いもできて、料理も家事も完璧。主夫としては文句ないんだけど……」
「皇帝としては弱いのよ。だから、私が守ってあげないと。この実力主義の帝国じゃ、あの人が生きていく場所がなくなっちゃうから」
「ツバキお姉ちゃん……?」
ユウキは初めて会った一番上の姉を、不思議そうに見上げる。
(悪い人じゃない……)
子供の直感は、彼女の本質を鋭く見抜いていた。
「お姉ちゃんはね、ユウキを抱きしめていると……」
ツバキの声が少し震える。
「自分の子どもが欲しくなっちゃう。でも今、私が妊娠したら弱くなる。旦那も、生まれてくる子も守れなくなるくらいに」
「そんなの……許されないわ」
彼女の目に、一瞬だけ光るものが浮かぶ。
これは――家族にしか見せない、鉄血の女帝の「弱さ」だった。
ユウキは、姉を不思議そうに見つめていた。
「ツバキお姉ちゃん……泣いているの?」
小さなその声が、静かな夜に響いた。
「お父様……?」
カズキ王は無言でハンカチを差し出す。
「お前は帝国の女帝、わしは王国の王。その敵対関係は変わらん」
「だが、今この部屋の中だけは……ただの『娘と父』だ。大変だったな、ツバキよ」
(明日になれば、またあの鉄血の女帝に戻らなければならない)
(だからこそ、今夜だけは――)
ツバキは静かにハンカチを受け取り、父の温もりに少しだけ身を委ねた。
その時、玄関で音がする。
「ただいま~。あら?靴が一つ増えているわね。お客さんかしら?」
「母上、お帰りなさい」
「ねえ、ツバキ姉の分、ご飯足りるかな……」
カズキがふと立ち上がり、どこか楽しそうに言う。
「みんなで分け合えば、一人分なんとかできるじゃろう。ついでに……」
「校長先生が隠していた秘蔵の酒の在り処も、わしは知っておる。こっそり開けてみるか?」
ツバキは苦笑いして首を振った。
「いいえ、明日も仕事ですので。酒は……遠慮しておくわね。」
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