特別な人

鏡由良

文字の大きさ
371 / 552
恋しい人

恋しい人 第86話

しおりを挟む
『葵君、心配かけてごめんね? 姫神君の話ちゃんと聞いたし、ちゃんと謝ってくれたからもう大丈夫だからね』
『お、俺も迷惑かけてごめん……』
「僕の方こそごめんね? そもそもの発端は僕なのに……」
 謝らないでと二人に訴えて、自分こそ二人が仲直りしたことを見届けずに帰ってしまってごめんと謝った。二人が仲直りしてくれてよかったと安心したことも伝えた。
 すると朋喜と姫神君は気にしすぎだと笑う。僕に非はないとも言ってくれる。
『葵は今家? 声響いてる気がするんだけど、まさか外じゃないよね?』
「ガレージだよ」
『! 何してんの! 早く家入りなよ!』
 春でもまだ夜寒いでしょ!? 風邪ひきたいの!?
 そう捲し立てる慶史に僕は苦笑いを浮かべながらそんなに寒くないよと伝えた。
 でも、伝えた後、自分が今虎君に抱きしめられていることを思い出す。虎君が僕を包み込んでくれているから寒くなかっただけだった。
(慶史にバレたら不機嫌になりそう……。でも、分からないよね……?)
 僕は携帯を耳にあてたまま虎君を見上げる。すると虎君は僕を見下ろしていて、目が合うとにっこり笑ってくれて心が温かくなる。大好きな笑顔に頬が緩むのは仕方ない。
 甘えるようにその胸に頭を擦り付ければ、髪にキスが落ちてくる。
 いつもならチュッと音が聞こえるキス。でも今は音は聞こえない。それはきっと僕が電話中だからだろう。
(二人だけの秘密っぽくてなんかくすぐったいや)
 心配事は無くなったし、これで心置きなく甘えられる。なんて、早く二人きりになりたいと思ってしまう自分の欲の強さには失笑を隠せない。
『……もしかして、居るの?』
「え? な、何が?」
 音も声も漏れていなかったはず。でも慶史は何かを察したのか、声のトーンを落として不機嫌を露わにする。
 僕は反射的に誤魔化そうとするも、声が上擦ってしまった。電話越しから聞こえるのは盛大な溜め息だ。
『居るんだね。あいつが』
『あいつって……。名前を呼んだらダメなあの人かよ』
 忌々しいと言わんばかりの声に苦笑い。少し離れたところから悠栖の突っ込みが聞こえて、そういえば最近小説を読んでるって言ってたっけと笑ってしまった。
『煩い。にわかが口挟むな』
『へーい』
「声怖いよ」
 悠栖への八つ当たりに心の中で謝りながら、そんなに不機嫌にならないでよとお願いしてみる。
 すると慶史はまた大きなため息を吐いて、『さっさと葵を家に入れてください!』って大きな声。
 煩すぎて耳を放してしまう僕に虎君は手を重ねてきて、何かと思っていたらそのまま携帯のマイクに向かって口を開いた。
「葵が風邪を引く前にそうさせてもらうよ」
『やっぱり居た』
「できれば今後はあまり葵に心配をかけないでくれよ?」
 薄く笑う虎君の笑顔はちょっぴり意地悪な雰囲気を纏っていて凄くセクシー。けど、ドキドキしながらも心が複雑なのは、僕の虎君なのに今この表情をさせたのは僕じゃないから。
 別に慶史に向けた笑顔じゃないって分かってるけど、それでもやっぱり慶史に嫉妬しちゃう。
『俺達は葵のことをめちゃくちゃ大事にしてますからご心配なく! なんなら先輩より大事にしてますから!!』
「ははは。随分ユーモアのセンスが磨かれたな、藤原。今のは面白かったぞ」
『声だけで笑うのやめてもらえません? 電話越しでも殺気は伝わりますからね??』
「酷い言われようだな。葵の友達相手に殺意なんて持つわけないだろ?」
『今まさに持ってますよね!? もうホント怖いんですけど!!』
 葵電話奪って! 早く!!
 頭の上から聞こえる慶史の怒号に僕は苦笑いを浮かべ虎君を見上げる。もういいでしょ? と。
 虎君は肩を竦ませると僕から手を放して、再び抱きしめてきた。
 僕は虎君の腕の中、慶史にごめんねと謝った。慶史からは『どうして葵が謝るの!』って怒られたけど、僕なりのアピールだから謝らせて欲しい。
(虎君は僕の虎君だもん)
 そう。これは虎君の恋人は僕だからっていうアピール。こういうのって何て言うんだっけ? マウントをとる、だっけ?
 我ながら心が狭いと思いながらも、誰にも虎君をとられたくないから仕方ないと自分に言い訳をした。
(でもあんまり嫉妬深いと重いって言われそうだし、気を付けよう)
『悪いのはあの人であって葵じゃないからね!? 聞いてる!?』
「聞いてるよ。……そろそろ家に入らないと門限過ぎそうだから切るね?」
『! 分かった。お説教は明日ね』
「うん。分かった。ありがとう、慶史。……みんなもありがとう、また明日ね」
 慶史はムッとしながらも引いてくれて、本当、いい友達だ。もちろん悠栖も朋喜もかけがえのない友達。姫神君とはこれからもっと仲良くなりたいな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

隣の大学院生は、俺の癒しでした。

結衣可
BL
仕事に追われ、残業ばかりの日々を送るサラリーマン・斎藤悠真(32)。 感情を表に出すことも減り、「今日も誰ともしゃべらなかったな」と思いながら帰宅する毎日。 そんなある夜、隣の部屋から漂ってきたカレーの香りとともに、インターホンが鳴る。 「作りすぎちゃって……よかったらどうぞ」 そう微笑んで皿を差し出したのは、隣に住む大学院生・風間緒人(25)。 栄養学を学びながら料理好きの緒人は、気づけば週に一度は“おすそ分け”をするようになる。 最初は戸惑いながら受け取っていた悠真だったが、温かい食事と緒人のさりげない気遣いに、 長い間感じたことのなかった「人の温もり」に心が揺らいでいく。 雨の日に差し出されるタオルや、疲れた体に沁みる味噌汁。 やがて二人で食卓を囲む夜、体調を崩したときの看病……。 少しずつ距離が近づくたびに、悠真は自分でも驚くほど笑顔を見せ、心を許してしまう。 逃げ腰のサラリーマンと、世話焼きの年下院生。 すれ違いと優しさの間で揺れる二人の関係は、いつしか「癒し」から「恋」へと変わっていく――。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...