回帰したシリルの見る夢は

riiko

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最終章 ~本編に入らなかったお話~

7 リアムの淡い恋心(リアム視点)

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 ちょうどシリル様と二人で話している最中に、シリル様のヒートが不意に訪れた。殿下の大事な婚約者のシリル様に何かあったら大変なので、俺と一緒にいる時で本当に良かった。
 だが普段からアルファ用の抑制剤を使用している俺でも、シリル様の香りはやばかった。嗅いだことも無い欲望を掻き立てる香り。
 殿下はこの香りを嗅いで、よく耐えられたと思う。どんなオメガよりもいいとしか言いようがない。アシュリーの強く殿下を誘うような下品な香りとは違い、まだ熟成されていない若い草木のような、それでいて可愛らしい花を連想させる香りだった。

「すぐに従者を呼びます。あっ、でもお一人では危険だ。お嫌だろうけど、今だけ失礼します」

 シリル様を抱きかかえた。
 体は華奢で羽のように軽く、そしてなんともいいようのないいい香りがする。可愛い香りを、殿下ではなく俺に向けてだしている耐えるシリル様が愛おしく思えた。

「あっ、あんっ、リアム様ぁ」

 密着した身体からシリル様の熱を感じる。

「お辛いと思いますが、すぐに医務室へお運びするので今だけ耐えてください」

 密着したことで、俺の熱がシリル様にばれてしまったかもしれない。気持ち悪いと怖がられたりしたらどうしよう。そんな恐怖と、でもそのままヒートの熱に騙されて俺に欲情してほしいという邪な想いが交差した。
 仕えている主の婚約者に欲情する男など、シリル様は嫌だろうけれど今は俺しかいない。彼を守り、無事に公爵家に送り届けるまでは気が抜けない。
 するとシリル様は俺にすがりつき、熱い目をしてじっと見ている。

「リアム様、すぐに僕を、お願い……抱いて」

 今、なんて言った!? 
 いや、だめだ。シリル様はつがいのいないオメガ。まだ殿下と閨を共に過ごしていない。一人で過ごす発情期の辛さを前回で知ってしまったから、目の前にいるアルファというだけで俺を誘ってしまっているんだ。シリル様にとって不本意なことを――ヒートの熱でそう言わせてしまっただけだ。
 この状況が殿下なら、すぐにシリル様を襲って結婚を白紙に戻されたかもしれない。
 それほどに威力があるシリル様のヒートだった。
 俺だって、殿下の婚約者じゃなければ、たとえヒートにうなされただけのオメガだったとしても、シリル様ならスグに抱いたと思う。こんなに可愛くて、いつも必死に努力をされていて、それでいて優しい。こんな完璧な人を俺は他に知らない。殿下の婚約者ではなかったら、俺は今すぐにでもこの方を愛した。
 考えないようにしていたけれど……俺はシリル様のことをお慕いしているのかもしれない。
 何とか必死に耐えて、シリル様をなだめた。
 最近はアシュリーのせいでシリル様の恋心が失われがちだったが、昔はあんなに殿下を想って笑顔を振りまいていた方だ。誤解さえ解けて殿下とご成婚すれば、以前のような笑顔を殿下にも見せる日が来るかもしれない。そうなった時、俺とこんな会話をしていたことを悔やむだろうし、俺が今それに答えてしまったら、彼に一生の傷を負わせることになる。耐えるんだ!

「シリル様はまだつがいがいないので、アルファの香りに敏感になっているだけです。あなたは次期王太子妃。今はそれを忘れるほどお辛いかもしれませんが、不用意な発言はあなたを傷つけます。だからどうか耐えてください」

 可愛い、欲しい、俺の、俺のオメガにしたい! 
 いや、ダメだ。ダメだ。シリル様を守らなければ!
 俺は心を無にして急いで医務室へと送り届け、シリル様の従者が来るまで医務室の前で誰も通さないと言わんばかりに、シリル様の香りに耐えながら護衛としてこの部屋を守った。
 シリル様は無事に帰られて、ヒートを安全に過ごされたと聞いた。
 殿下に報告に行くと、殿下は俺の服の残り香を感知し、一瞬凄い目を見開いて俺を見た。

「リアム、ありがとう。お前はすぐに服を着替えろ。私のシリルの香りを他の男がまとっているのはどうしようもなく腹が立つ。……悪い、私には余裕が無いようだ」
「いえ、私も配慮が足りませんでした。では、失礼いたします」

 殿下への報告を終えて、俺はその足で自分の家に戻った。服を着替えろと言われたが、どうしてもこの香りを手放したくなかった。シリル様の花のような香り。
 そっと引き出しを開いて、ハンカチを取り出した。
 以前、殿下からシリル様の香りを毎日届けろと言われて、シリル様にハンカチをいただいた。始めはさりげなく、ハンカチを忘れたと言ってお借りしていたが、俺の行動を見てシリル様は笑った。とても可愛く笑った。
 さといいシリル様だ。殿下へ届けるという用途をすぐに察知したようで、それからは初めからシリル様の香りがついたハンカチを渡してくれるようになった。
 殿下に毎日渡すも、一枚だけ渡さなかったハンカチがある。それは、花の刺繍を施したハンカチだった。シリル様の香りの花はもしかしたら、この花ではないだろうか? 殿下には内緒でその一枚は俺の手元に置かせてもらった。
 そのハンカチを見て、俺はようやく自分に向き合うことができた。俺はシリル様をお慕いしている。
 今さらこんな気持ちに気が付いてもどうしようもない。せめて殿下がアシュリーに本気になってしまって、シリル様と縁を切るという未来が来ない限り、俺はこの想いをどうすることもできない。
 俺は花のような人を想って、心にそっと蓋をした。

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