回帰したシリルの見る夢は

riiko

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外伝 儚く散った公爵令息

10 アシュリー 4

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 僕の護衛を変わらずしてくれている、王太子専属騎士のリーグから呼び出された。

「実はこれを……」
「えっ、なにそれ」

 リーグから話があると言われたのは、殿下の結婚式の数時間前だった。そこで小瓶を見せられる。

「これは王家の秘薬、結婚式の初夜に使われる発情誘発剤、いわゆるヒートを起こす薬です。それを初夜に使用して殿下はシリル様をつがいにする」
「なんで、リーグがそんなことを知っているの?」
「それは……こちらはシリル様から頂いて。これをアシュリー様に飲ませてつがいになればアシュリー様も殿下への恋心を断ち切れると……、いつまでも殿下に想いを向けてはかわいそうだとおっしゃられて」

 なにそれ、なにそれ、なにそれ! 
 腹立たしさで胸には怒りが溢れてきた。自分は結婚してつがいになるからって、だからって僕に他のアルファをあてがうつもり?
 しかもそんな薬を使用しなければ、殿下から情けをもらえないオメガのくせに! フェロモンで誘惑して、既成事実を作るなんて! なんて最低なオメガだろう。
 わかったよ、そっちがそういうつもりなら、僕にも考えがある。

「アシュリー様。私ではいけませんか? 私ならあなただけを愛し続けます。どうか私と結婚してつがいになっていただけませんか?」
「何言っているの! なんでお前なんかと。僕は殿下だけに愛されるんだよ、今までもこれからも。殿下は僕だけを愛してくれいている。あんな形だけの公爵令息なんてすぐに捨てられるのに!」

 リーグが、前から僕のことをそういう目で見ていたのは気づいていた。なんて浅はかな男だろう、主のオメガに手を出そうなんて。

「それこそありえません。殿下はシリル様を愛しております。実は、私は殿下からアシュリー様を見受けしてもいいと許可をいただいております」
「えっ、何言っているの。そんなわけないでしょ、僕は殿下と結婚するのに」

 リーグがいつも通り真面目な顔で、冗談を言う。しかし、彼は僕を憐れむような顔で見続ける。

「アシュリー様。それだけはあり得ません。殿下は結婚されたらシリル様しか愛さないとおっしゃっておりました。そもそも結婚前もシリル様しか愛していないと、殿下はすべての事情を私にお話しくださいました。それでもアシュリー様が欲しいかと問われ、私は泣いて喜びました。アシュリー様のお役目は終わったのです。だから心置きなくあなたを嫁にできる」
「そ、そんな、バカなこと……」

 後宮に初めて訪れた時、僕の役割を言っていた人がいた。
 殿下の閨係が終わったら王宮の貴族に下賜されると。まさか、そんなこと、本当に? でもある時一人の後宮官僚が、殿下と添い遂げられると言ったんだ。その言葉をずっと信じていた。それなのに、まさか、本当にそんな契約なの? しかもずっと殿下の命令で僕を守ってきたリーグに? そんな酷いことある?

「アシュリー様。どうか、このまま私と」
「わかった。それ頂戴、夜リーグの宿舎に行くから」
「アシュリー様! ありがとうございます。お慕いしております」

 リーグは先ほどまでの堅かった表情が柔らかくなるが、僕は呆然としながらその薬を受け取った。
 わかったよ、シリル様。あなたが手に入れてくれたこの薬で僕も楽しませてもらうから。
 そうして僕は急いで、仲の良い騎士たちのところに行った。僕はシリル様に嵌められて好きでもない人のつがいにさせられると。どうにか一度殿下と話したいから、二人きりにさせて欲しいと頼んだ。殿下が僕を受け入れてくれたら、僕たちはその場でつがいになる。殿下がヒートを起こす薬を僕に使ったら、それが答えだからと騎士に話した。
 念のため、もう一つ手を打っておいた。僕を支えてくれる後宮官僚のもとを訪ね、計画を話すとそのまま突き進めと言われた。あとの警備などはこちらで手配すると、殿下にうなじを差し出しなさいと言われた。後宮官僚は、殿下とシリル様が結ばれないための何か作戦があるとか言っていた。
 その夜、騎士の導きで殿下の部屋に通してもらう。
 殿下は驚いた顔をするも少しならいいと対応してくれた。結婚式が終わってこれからシリル様のところへ向かうのだろう。その前に、リーグの言うことが本当なのかだけ聞きたいと言った。そうしたらすべて本当だと言った。近くにいるリアム様が邪魔だと思った。リアム様までひっかけるつもりはない。僕は殿下と今夜つがいになる。そう決意した。

「リアム様、最後に殿下と二人きりにさせていただけませんか? 最後のお別れを言いたいです」
「だめだ、殿下はこれからシリル様のもとへ向かわれる」
「一言だけ! そうしなければ僕は今までのこと誰かに言っちゃうかも……」

 リアム様が呆れた顔をすると、殿下はため息をついてリアム様に少し部屋を出るようにと言った。
 その隙に僕は発情促進剤を飲んだ。半分でいいと言われたけれど、この時に賭けるしかない僕はすべてを飲み切った。徐々に体が熱くなる。こんなにすぐに効くなんて驚きだ。

「アシュリー、話とは?」
「殿下はシリル様と無理やり結婚なさったのですよね? 僕が解放して差し上げます」
「そんなわけないだろう、何を言っている。話とはそんな事か? それなら出ていけ」

 面倒くさそうに僕の対応をする殿下。どうして冷たくするの? あんなに熱い夜を何度も過ごしてきたのに……

「知っていますか? シリル様は今日使うはずの発情促進剤を僕に渡したんです」
「なんだって? 発情促進剤とはいったいなんのことだ」

 殿下は何も知らない? もしかして誘発剤は、愛されていないことをわかっているシリル様が、誰かに頼んで王家の秘薬を手に入れた?
 何も知らずに、いきなり嫌悪感のある婚約者がヒートを起こすの? とてもかわいそう。それに引きずられ無理やりラットになって、シリル様を抱く。そんな未来は僕が防いであげる。

「シリル様は今夜、薬を使ってヒートを起こす。そして殿下を無理やり襲ってつがいにするって言っていました。でも、シリル様はその薬を僕に譲った。それはつまり僕こそが殿下のつがいになるべき人間ということです」

 まるで僕の言葉を全く信じていないような顔をする殿下。そして低い声で。

「……いい加減にしろ」
「殿下、いい加減に目を覚ましてください」
「お前の言っていることがいったいなんなのか……うっ、な、なんだ、アシュリー、まさかっ」

 殿下が静かに僕に向き合っていると、いきなり殿下が自分の鼻を手でおさえる。

「効いてきたみたい。ヒートですよ。言ったでしょ? シリル様から薬をいただいたって」
「お前が一人でここまで来て……、そんなこと、できるはずもない……。まさか協力者が?」

 殿下は苦しそうに言葉を吐き出す。僕のヒートはそろそろ限界を迎えそうだ。

「騎士の誰もが、シリル様より僕が妃殿下になるのを望んでいます。殿下、いいえフランディル様。素直になってください。僕を抱いていいですよ。いつものように激しく」
「騎士だと! クソっ、まさかっ、くっ、う、うう」

 うずくまる殿下を抱きしめると、殿下のアルファの香りが強くなった。
 はは、アルファなんて所詮フェロモンには逆らえないんだよ。発情期だけは絶対に抱いてもらえなかった。でも今の殿下の目を見ればわかる。発情期に、オメガを抱いたらつがいにしたくなっちゃうもんね。
 あはは! 僕を裏切った罰だよ。あなたの永遠は僕のもの。リアム様が出ていった時に、僕はそっと部屋に鍵をかけた。異変に気がついたリアム様が部屋を開けようとしたのだろう。ドアをガチャガチャとするもびくともしない。そこでドアの向こうからリアム様の叫び声が聞こえた。

「殿下! 殿下!」
「あッ、リ、リアム! シリルを守れ! シリルが危ない。すぐにシリルの部屋へ行け!」
「で、ですが殿下。アシュリーがヒートを? 殿下が危ない」
「私ならなんとかなる。シリルを、お願いだ、シリルを守ってくれ」
「わかりました! すぐに他の騎士を呼びます」

 ばたばたと足音が去っていく。
 バカなリアム様。この近くにいる騎士は全員が僕の味方、すでに何人かの騎士がこの近くで待機して、僕と殿下の初夜を守ってくれているはず。殿下はシリル様もこの薬を飲んで殿下を待っていることを知らない。きっとリアム様は我慢できずにシリル様を抱くだろう。だって僕は知っていたから、リアム様がシリル様に想いを寄せていることを。
 そして僕が殿下を足止めすることを、後宮官僚は知っている。きっとシリル様に薬を渡して、殿下以外の男がシリル様を抱くように仕向けるのだろう。シリル様を廃妃にするまでが彼の計画な気がする。僕を側室に入れるのではなく、正妃に迎えられるように、後宮官僚が裏で何かをしていたのを悟った。だから、僕も彼の計画の一部だろう。でもどうでもいい。殿下のつがいになる未来だけが僕の望みだから。それ以外のことは、彼らの策略は僕には関係ない。

 そして僕の望み通り、四人の契約はそれぞれ行われた。
 僕と殿下は意識を失くすほど、獣のように交わった。お互いに会話もなくひたすら頂点に昇りつめるだけの行為。いつもは心が満たされるのに、僕の体が歓喜にむせ返るも、この交わりの間だけは心がむなしくて仕方なかった。それなのに、僕は……

 すべての意識を快楽だけに向けられた。そんなむなしい契約だった。
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