回帰したシリルの見る夢は

riiko

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番外編

【書籍発売記念SS】子どもたちの見る夢は

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 王宮は賑やかだった。
 かつてこんなに子どもがいたことがあっただろうか。王族アルファは独占欲が強いせいか、子を一人しか作らない。つがいを溺愛するアルファには側室がいないため、王宮に子どもがいるのはほんの数年、その時代の王太子妃が産んだ一人だけ。
 しかし今、それは覆された。
 王宮に子どもの声が絶えず聞こえる、かつてない事態を経験している……らしいよ?
 僕は知らなかったけど、そういう事情から王宮は大人だけの世界だった。
 フランは子供の時は可愛かったのに、いつからか僕と同じ年だと思えないくらい大人びてしまったから、そういう中で育ったのなら、あんな慣習バカな王子になるのもわかる気がした。
 フランの唯一の友達リアム様も、同じ年とは思えないほどの風格がある。二人で幼少期を過ごしたなら、互いに影響し合って堅苦しいところが似たのだろう。
 新婚時代の息子の暴走を見たお義母様が「子育て方法を変えるぞ!」と、積極的に子ども同士で遊ばせることで柔軟な子に育てるという教育方針になった。それが、このわちゃわちゃとした王宮のできあがり! 
 
「シリルさま、ルーの目が閉じてきました」
「ええ、眠ったみたいですね。シリウス様、ルートリッヒのことを見てくださりありがとうございます」
「僕は叔父なので、当然です」
「ふふ、ルートリッヒには、頼りがいのある叔父様がいて幸せですね」

 僕とフランの次男のルートリッヒがベッドで眠る姿を、フランの二十歳年下の弟シリウス様が確認する。僕もそっとルートリッヒを覗き込むと、気持ちよさそうに眠っていた。
 僕たちのつがい契約後に突然お義母様がお子を授かったというから、王宮内は驚きだった。本来なら結婚したばかりの僕たちに、子どもができると考えるのが普通の流れだけど、フランと僕は二人きりの夫夫ふうふ生活を楽しむため、数年子を作らなかった。そしてフランがある日突然子を成そうと言い、僕たちに初めての子が生まれる。
 待望の我が子はフランの弟君シリウス様と、五歳差なので兄弟のように育っていた。
 現在十歳のシリウス様は、子どもながらにとても凛々しくてかっこよく、王族男性なので当たり前にアルファと判明している。
 ザインガルド王家の恐るべき遺伝子……瞳は青で髪は金という王族の証を持っている。それを見たお義母様は、「二人目も、俺の遺伝子が全く入らない」と笑っていた。
 シリウス様は十歳とはいえ、まだ可愛い年頃で二人は遅くにできた子どもを溺愛している仲睦まじい家族だった。フランは歳の離れた弟に戸惑いつつも可愛がっている。それを見て僕はいつもにやにやしていた。フランは何をしていてもかっこいいなって!
 僕とフランの長男アルフレッドは、現在わんぱくざかりの五歳。
 見た目はフランのミニチュア。輝く金の髪と透き通るような青い瞳。やはり僕の遺伝子は見た目には反映していない。そんなことを思い出していたら、今度は長男が騒がしい足音で近づいてくる。

「お母さま! アイリスが僕と遊んでくれない!」
「え? ああ、アイリスはおばあ様から刺繍を習っているからね。邪魔しちゃだめだよ」

 アシュリーの長女アイリスは、母親に似てとても美しい子に育っている。少しおてんばな女の子だからアルフレッドと気が合うみたいで、よく遊んでくれるお姉さんだった。
 あれからアシュリーとリアム様とは家族ぐるみの付き合いになって、子どもたちは皆仲がいい。僕たち親世代の確執はもう残さない。
 彼らには全くの新しい王家の始まりを担ってもらおうと、フランと僕、そしてリアム様とアシュリーで話し合った。僕たちの決意を見ていたお義母様は、それからもずっと僕たちを支えてくれている。
 お義母様なりに苦手な刺繍を子どもたちに教えているけど、何を刺繍したのかわからないくらい芸術的なものができるのがいつも不思議だった。……それが子どもたちから大人気だったことから、お義母様はとても頑張って刺繍に向き合っていらっしゃる。
 ある日の刺繍は勇ましいライオンだと思ったら、ひよこだと言われ僕は戸惑った。アイリスはそれに夢中で、アルフレッドは放置されたらしい。

「えー! 僕は刺繍に興味ないし。そうだ! リンは?」
「ああ、リンは……あれ? どこだろう」

 学生時代からの友人であるエネミー様のところの次男リンは、アルフレッドと同じ年の可愛い男の子。
 エネミー様に似ていてお淑やかで思いやりのある子だった。少し控えめな彼は、よくどこかに隠れている。アルフレッドのようなわんぱくな子が苦手なのだと思うけれど、アルフレッドはそんなリンが大好きなのを母親の僕は知っている。
 二人でリンを捜してきょろきょろすると、リンが控えめにカーテンの脇に隠れていたのを見つけた。ふふ、可愛いな。

「アルフレッド、ほら、あそこ」
「あっ、いた!」
「リンは大きな音に驚くから、ゆっくり声かけてあげてね」
「はーい!」

 嬉しそうに返事をして、控えめに走ってリンの側に行く長男。リンは彼を待っていたかのように、アルフレッドが手を差し出すと、その手を控えめに取り笑顔を見せた。
 その子どもたちの様子を見て僕が一人微笑むと、いつの間にかリンの母親エネミー様が隣に立っていた。

「アルフレッド様がリンをエスコートしてくれていて、とても微笑ましいですね」
「エネミー様。うちの子はわんぱくで、どうもリンを怖がらせてしまうよ。リンは可愛いからアルフレッドが夢中みたい」
「ふふ。リンはああ見えて、家ではアルフレッド様のことばかり話していますよ」

 エネミー様の言葉に僕は驚くと、子どもたちは庭に出てなにやらお花を摘んでいる様子。アルフレッドがリンの髪に花をつけると、リンは喜びに満ちた顔をしている。僕はそれを見てから、エネミー様と椅子に腰を落とした。

「そうなんですか? じゃあ二人は」
「相思相愛……かな?」

 エネミー様が笑みを浮かべながら話す言葉に、なんとなく親としてほっとしたような寂しいような複雑な気持ちになる。エネミー様のところなら王家に嫁げる爵位だし、あの感じからするとリンはオメガのような気がする。リンは幼い頃からエネミー様の教育を受けているので、それに関しても問題ない。それにしても、うちの子はもうオメガに目を付けたの? 
 さすがフランの息子だ。僕に恋をしたのは三歳の時だから、なんだか似ている気がする。

「僕たちの子どもが大きくなって恋をする。そんな話はまだ遠い先だと思ったのに」
「そうですね、シリル様と学生時代にいろんな話をしたのが懐かしいな。あの頃のシリル様は恋心を……想いを秘めていましたよね」

 エネミー様には散々お世話になった。僕とアシュリーのすべてを見守り、支え助けてくれた人。エネミー様は慈愛に満ちた顔でそんな話をする。もしかして学生時代、僕が強がっていたことを見抜いていたのかもしれない。

「そうですね。僕はフランを諦めたフリをして、彼をずっと想っていました。エネミー様はあの頃の僕に寄り添ってくれた大事な人です。まさか子どもを通してまた繋がるなんて、嬉しいです」

 僕は微笑み、エネミー様も何か昔を思い出したのか、感極まった顔をしていた。

「エネミー様?」
「あ、いえ、シリル様は今幸せそうで、本当に良かったなって思っています」
「ありがとうございます。あの時、エネミー様たちが学園で僕を支えてくれたから、今の僕があります。これからは、子どもたちの恋愛を見守る母になっちゃいましたね」

 二人で笑い合っていると、侍女が目の前のテーブルにお茶を淹れる。それを手に取り、僕はお茶を一口飲む。

「ええ、そうですね。でも、この子たちはなんとなく大丈夫な気がします。もうお互いに何か意識しているけど、それが何かをまだわかっていない。ゆっくりと進めていけばいいでしょう」
「あれ? エネミー様はいいんですか? 大事なご子息を王家にやることになっても」
「シリル様が母親になってくださるなら、なんの問題もないですよ」

 僕はきょとんして、それから笑った。

「僕は、友人に随分と信頼されているのですね」
「ええ、当たり前です。シリル様は学生時代からオメガの見本のような方でしたから、そんな方が王妃陛下になられたなんて僕は嬉しくてたまりません」

 学生時代、エネミー様に弱音を吐いた。僕はあの頃と、もう違う。

「ふふ、一度は諦めた場所に僕は今いるんですね」
「そうですね、あの頃のシリル様に言ってあげたいな。こんなに幸せに満ちた世界にいるよって」

 日中の温かな日差しの入る室内には、アシュリーの娘とお義母様という不器用な二人が針を持って悪戦苦闘しながら刺繍をしている。その隣にはシリウス様と、眠っているルートリッヒがいる。そして緑あふれる庭からはアルフレッドのはしゃぐ声と、リンの笑い声。彼らはこれからどんな道を進み、どんな夢を見ていくのだろう。
 それが穏やかで、幸せな世界だといい。
 そんな幸せなことを考えていると、とても平和で気持ちがよかったのか、自然と僕の口から言葉が漏れる。

「ほんと、幸せに満ちた世界ですね」

 エネミー様はそんな僕を見て微笑み、僕は大好きなフランの子供たちを眺める。あの子たちにはどんな幸せな未来がくるのだろうと、そんなことを考えて幸せに慕っていた。

 そんな穏やかで騒がしい王宮のある日の話だった。


 ――fin――
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