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第五章 策略
56 運命の相手 6
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二人は同棲を始めた。
今日は結婚式の打ち合わせに行くために、仕事後に加賀美の会社前で待ち合わせをしていた。
ちょうど社外での急な仕事があったので、終わってすぐタクシーで本社に戻った。会社エントランスの反対車線にタクシーは止まった。信号を渡ればそこに麗香がいる。そう思うと、仕事に疲れた体も幾分楽になった気がした。
心から、加賀美は麗香を求めている。同棲して、朝一緒に出社して、そして帰宅しても愛おしい人と過ごせる幸せをかみしめていた。
いつの間にか、加賀美の中で運命のことは頭から抜ける日の方が多くなっていた。そんなとき、心を揺るがす事件が起きた。
近くから運命の香りがしてきた。どうして、ここに? まだ麗香は見えないし、爽に会うとは聞いていない。それなら、もしかして本人がここにいるとでもいうだろうか。
タクシーを降りたところできょろきょろと周りを見渡した。麗香が、運命の存在を知っていて弟をこの場に連れてくるはずがない。だったら、偶然爽がここにいるということなのだろうか。
目で追うと、一つの車が見えた。運転席にいる若い男がこちらを見ている。あれは、爽の友人ベータだった。爽のことは榊とは別に、加賀美も調査をしていたから友人関係は知っていた。
後部座席の開いた窓から爽が見えた。爽は苦しそうにして、隣にいるもう一人の友人のオメガに縋る。すぐにその窓は閉められてしまった。
初めて実物をこの目で見た。
最初に出会ったときは、顔までは認識できず、ただ運命がいるとしかわからなかった。しかし今、実物の運命のオメガがいた。四車線道路を挟んだ向こう側なので、遠いはずなのに、しっかりと爽だけを認識できた。
爽も驚いた顔をしていた。爽は、運命を認識したのだろうか。一緒に車に乗っている男たちが焦っているのを見ると、知っていた?
――まさか、あいつは俺を見にきた? そして俺を見てヒートを起こした。もしかして、爽も俺が運命だと気が付いているのだろうか。
加賀美の心は興奮した。
すぐに行かなければ、運命を抱きしめなければ、そう思って信号が変わった瞬間そちらに走り出すと、車は慌てたように発進してしまった。
――俺は、今、何をした? 何をしようとした?
香りが遠ざかると、思考が戻ってきた。加賀美は麗香と会う約束をしていたのに、爽に引き寄せられるように、足が動いていた。爽がこの場からいなくなっても、ラットは軽く引き起こされた。
これはだめだ、麗香に今日は会えない。無理だと連絡しようと思ったとき、爽の心配をした。あのベータなら安心だとは思うが、自分のオメガが、こんなビジネス街でヒートを起こしていて無事でいられるか不安だった。そこで、すぐに榊に連絡をした。
「おっつー、いきなり電話とか、何かあった?」
「今、俺の会社の前に爽がきてヒートを起こした。お前、何やってるんだよ!」
「ええ? ちょっと待って。今すぐ護衛に向かわせる。爽は、無事なの?」
「ヒート起こした瞬間に、爽の友達の運転する車でどこかに行った」
それを聞いた榊は何かをしていたようだ、そして電話口で安心する声になった。
「え、ああ、アプリで見つけた! まったく僕の爽はそんなところで自ら罠にかかりにいくとかね。あーあ、お仕置きだな。場所はわかるからすぐに迎えに行く。ありがとう、もともと護衛に追わせているし、大丈夫。バイクでも追跡するから、襲われる心配はない」
その言葉で、加賀美はほっとした。榊の囲い方はアルファのオメガに対する庇護欲独占欲そのものだった。電話をしながらも、すぐに緊急抑制剤を打った。
「うちの子がごめん。ラット、大丈夫?」
うちの子、榊のその言葉になぜか怒りを感じた。
「ああ、それより、お前たちは今どうなっているんだよ。もう俺たちの結婚式まで時間がない」
「ああ、もうすぐ爽は発情期だし、そこまでにもう少し爽を安心させたいし、僕たちはもうすぐ本当に結ばれるから、加賀美は自分の結婚式がうまくいくことだけ考えて」
「わかった、榊。とにかく爽を頼む」
そこで電話を切った。そのとき、加賀美はラットを起こしかけていて、周りを見る余裕がなかった。いつの間にか目の前に麗香が現れていた。
「ねぇ、今の話、なに? どうして爽のことを話しているの? 榊さんって爽の彼氏よね? あなたと榊さんは知り合いなの?」
「麗香……」
そこには険しい顔をした麗香がいた。とにかく、今のことをなんとか不快に思われないように話さなければと思った。
「ごめん、話したいけれど、今はそれどころじゃなくて」
やはりラットは収まらず、その場にうずくまってしまった。麗香は慌てたように近寄って支える。
「え、ラット? どうして」
「爽が、近くにいた」
「ぇ……」
麗香があたりを見渡す。
「榊に頼んだからもう大丈夫だけど、俺がだめそうだ」
「え、響也!」
最近の度重なる抑制剤の使用で、加賀美の体は少しおかしくなっていたらしい。そこで倒れてしまい、麗香が救急車を呼んで病院に運ばれた。
麗香は泣きながら、ずっと「ごめんなさい」と謝っていた。どうしてそんなことを言うのだろうか。加賀美は麗香を幸せにするために運命を諦めたのに、麗香を悲しませてばかりだった。
今日は結婚式の打ち合わせに行くために、仕事後に加賀美の会社前で待ち合わせをしていた。
ちょうど社外での急な仕事があったので、終わってすぐタクシーで本社に戻った。会社エントランスの反対車線にタクシーは止まった。信号を渡ればそこに麗香がいる。そう思うと、仕事に疲れた体も幾分楽になった気がした。
心から、加賀美は麗香を求めている。同棲して、朝一緒に出社して、そして帰宅しても愛おしい人と過ごせる幸せをかみしめていた。
いつの間にか、加賀美の中で運命のことは頭から抜ける日の方が多くなっていた。そんなとき、心を揺るがす事件が起きた。
近くから運命の香りがしてきた。どうして、ここに? まだ麗香は見えないし、爽に会うとは聞いていない。それなら、もしかして本人がここにいるとでもいうだろうか。
タクシーを降りたところできょろきょろと周りを見渡した。麗香が、運命の存在を知っていて弟をこの場に連れてくるはずがない。だったら、偶然爽がここにいるということなのだろうか。
目で追うと、一つの車が見えた。運転席にいる若い男がこちらを見ている。あれは、爽の友人ベータだった。爽のことは榊とは別に、加賀美も調査をしていたから友人関係は知っていた。
後部座席の開いた窓から爽が見えた。爽は苦しそうにして、隣にいるもう一人の友人のオメガに縋る。すぐにその窓は閉められてしまった。
初めて実物をこの目で見た。
最初に出会ったときは、顔までは認識できず、ただ運命がいるとしかわからなかった。しかし今、実物の運命のオメガがいた。四車線道路を挟んだ向こう側なので、遠いはずなのに、しっかりと爽だけを認識できた。
爽も驚いた顔をしていた。爽は、運命を認識したのだろうか。一緒に車に乗っている男たちが焦っているのを見ると、知っていた?
――まさか、あいつは俺を見にきた? そして俺を見てヒートを起こした。もしかして、爽も俺が運命だと気が付いているのだろうか。
加賀美の心は興奮した。
すぐに行かなければ、運命を抱きしめなければ、そう思って信号が変わった瞬間そちらに走り出すと、車は慌てたように発進してしまった。
――俺は、今、何をした? 何をしようとした?
香りが遠ざかると、思考が戻ってきた。加賀美は麗香と会う約束をしていたのに、爽に引き寄せられるように、足が動いていた。爽がこの場からいなくなっても、ラットは軽く引き起こされた。
これはだめだ、麗香に今日は会えない。無理だと連絡しようと思ったとき、爽の心配をした。あのベータなら安心だとは思うが、自分のオメガが、こんなビジネス街でヒートを起こしていて無事でいられるか不安だった。そこで、すぐに榊に連絡をした。
「おっつー、いきなり電話とか、何かあった?」
「今、俺の会社の前に爽がきてヒートを起こした。お前、何やってるんだよ!」
「ええ? ちょっと待って。今すぐ護衛に向かわせる。爽は、無事なの?」
「ヒート起こした瞬間に、爽の友達の運転する車でどこかに行った」
それを聞いた榊は何かをしていたようだ、そして電話口で安心する声になった。
「え、ああ、アプリで見つけた! まったく僕の爽はそんなところで自ら罠にかかりにいくとかね。あーあ、お仕置きだな。場所はわかるからすぐに迎えに行く。ありがとう、もともと護衛に追わせているし、大丈夫。バイクでも追跡するから、襲われる心配はない」
その言葉で、加賀美はほっとした。榊の囲い方はアルファのオメガに対する庇護欲独占欲そのものだった。電話をしながらも、すぐに緊急抑制剤を打った。
「うちの子がごめん。ラット、大丈夫?」
うちの子、榊のその言葉になぜか怒りを感じた。
「ああ、それより、お前たちは今どうなっているんだよ。もう俺たちの結婚式まで時間がない」
「ああ、もうすぐ爽は発情期だし、そこまでにもう少し爽を安心させたいし、僕たちはもうすぐ本当に結ばれるから、加賀美は自分の結婚式がうまくいくことだけ考えて」
「わかった、榊。とにかく爽を頼む」
そこで電話を切った。そのとき、加賀美はラットを起こしかけていて、周りを見る余裕がなかった。いつの間にか目の前に麗香が現れていた。
「ねぇ、今の話、なに? どうして爽のことを話しているの? 榊さんって爽の彼氏よね? あなたと榊さんは知り合いなの?」
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「え、ラット? どうして」
「爽が、近くにいた」
「ぇ……」
麗香があたりを見渡す。
「榊に頼んだからもう大丈夫だけど、俺がだめそうだ」
「え、響也!」
最近の度重なる抑制剤の使用で、加賀美の体は少しおかしくなっていたらしい。そこで倒れてしまい、麗香が救急車を呼んで病院に運ばれた。
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