契約結婚の裏側で

riiko

文字の大きさ
8 / 22

8 はじまる関係

しおりを挟む
 キスをするには最適な、夜景の見えるスイートという最高のシチュエーション。女性なら、こんな美丈夫に愛していると言われキスをされたら舞い上がる。しかし潤は男であり、キスの経験すらないので、このキスがなんなのかわからない。

 唇に触れる初めての感覚が嫌ではない。それがこの世で一番信頼をしている健吾からだからなのか、それともキスという行為を潤がしてみたかったことだからなのかはわからない。ただ心臓が激しく音を立て、二人の耳に届きそうなほどにうるさかった。

 キスの最中、健吾の片腕が潤の腰を支え、逞しいもう一つの手は潤の顎から頬へと移動していた。体と顔の自由を健吾に奪われている。唇が少し離れては、また角度を変えて動く。

 抱きしめられているとはいえ、きっと解こうと思えばすぐに解ける、そんなに強すぎない抱擁。キスだって止めようと思えば止めることができる。だが先ほどのやり取りの後にそんな態度を取ったら、それこそ縁を切られてしまいかねない。なぜだかわからないが、数分前に拒絶した健吾が今度は潤を受け入れたのだけはわかった。それならそれでいいのではないだろうか。

 潤の中でズルい心が芽生える。それほどまでに孤独は嫌だった。

「潤……」
「け、健吾」

 唇が離れた瞬間、健吾が潤の名を呼ぶので潤も同じようにした。

 この後どうしていいのかわからない。潤にはもうこの先の決定権がない。健吾と離れないということが、健吾のしていることを受け入れることなら喜んで差し出す。それしかなかった。

 そこで潤は疑問を感じる。健吾は潤をそういう意味で「愛している」と言ったのだろうか。それならそれで、潤が五井園家から追い出されるという不安はないのかもしれない。健吾の愛さえ確実なものになったのなら、彼から拒絶されない未来が存在するなら――

 健吾が潤を見つめて、息がかかる距離で話す。

「潤、これ以上一緒にここにいるなら、もう止まらないぞ。否定しないのか?」

 健吾に……同性にされているのに、嫌悪感がまるでないことに潤は少しだけ戸惑う。止まらないというのは、体の関係ということだろうか。こういうことに無知すぎる潤には何が正解かわからないが、先ほど思ったことは正しかった。

 彼の瞳の真剣さから、弟をそういう対象として見ていると確信した。

 それならそれで、彼をずっと自分に惹きつけておけるなら潤にとって好都合だと思った。本来は兄弟として一生切れない縁を結ぶのが最善なのだろうが、それは先ほどの会話でもう叶わないと悟る。

 それなら、彼のたった一人の相手になれば――

「止めないで。健吾のしたいように……して。ただ、もう僕だけにして」

 健吾は目を見開く。

 潤は、自分の口からこんなセリフを吐く日がくるとは思わなかった。それほどまでに、幼い頃からこの兄に執着をしていたのかもしれない。どんな方法でもいいから、健吾と離れない確固たるものがほしかったのだ。自分だけという確約がほしかった。その意味が、今の言葉で少し変わるだけ。

 潤は涙を流して、笑顔で応える。

「健吾、大好き」

 今度は貪るように健吾が口づけをしてきた。親指で潤の唇の下を少し引っ張られる。自然と口が開く。そこに健吾は少し唇を開いてキスをする。

「ん、んんん」
「はっ、潤、んん」

 ぴちゃ、くちゅっと、室内に水音が響いた。潤は目を見開いて驚く。健吾が潤の口内に舌を入れ唾液を絡ませている。昔、海外ドラマで見たことがある。舌を絡めるキス。それを自分は経験している。幼い頃から大好きだった義理の兄と。そう思ったのも束の間、すぐに口内に異変を感じた。健吾の熱い舌で搦め取られた時、ぞくっとした。

「ふはっ、な、んんん」
「潤、硬くなってる」

 健吾は潤の股間に、自分の股間を押し付けた。潤だけではない。硬くなっているのは健吾も同じことだった。自分だけではないことに潤は安心した。

「け、健吾だって」
「ああ、俺はお前に欲情してる。ずっと、我慢していた」
「え?」

 ずっと……とは、そういえば義理の兄はいつから弟をそういう対象として見ていたのだろうか。潤は疑問に思う。

「ずっと愛していた。だから、俺はお前から離れた。こんな関係おかしいと思うだろう」
「……」

 おかしいと、思った。

 そういうことを健吾は潤にしている。日本から、五井園の家から離れたことを言っているのなら、あの頃から健吾は潤に想いを寄せいていたということだろうか。

(だったら、もうこの先の健吾は、僕だけしか見ない?)

 少し考えた後、確信した潤は笑った。

「嬉しい。健吾が僕をずっと離さないでくれるなら、嬉しいしかないよ」
「潤!」

 おかしいのかもしれない。義理とはいえ兄弟で――男同士で。

 だが、おかしいと言われても、この先の人生に健吾がいないほうが潤にはおかしくて耐えられない。この関係が進むことで、健吾と、この先の未来が約束されるなら、むしろ嬉しいという気持ちしかなかった。

 今は健吾からの初めての愛撫に思考がまとまらない。よく考えたかというとそうではないが、心は健吾を求めている。だから体を受け渡すことについて、頭で考えるよりも早く、体が勝手に反応をしていた。

 興奮した健吾が、ホテルのマークが刺繍されている薄く白い着衣を脱がす。その胸にキスを堕としたことで、潤の思考が一気に胸に集中してしまった。

「あ、ああっ!」
「気持ちいいのか?」
「わ、わからない」

 健吾はぴちゃっと胸の突起を舐め、片方の突起は指が摘まんでくる。

「あああんッ、なんか、変っ」
「変じゃない。可愛い」

 もういい。このまま大人の健吾に任せれば何もかもうまくいく。今はそれでいい。この関係が結ばれた後に、今後のことは考えればいい。そう思った潤は、健吾から受ける愛撫に素直になっていた。兄から可愛いと言われたことに、体がまた喜びを拾った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...