契約結婚の裏側で

riiko

文字の大きさ
16 / 22

16 息子たちの決意

しおりを挟む
 ふと目が覚めると、健吾がベッドにいなかった。窓辺にあるテーブルにはワインが開いていて、そこの椅子に座り外を眺める健吾を潤はベッドから見ていた。

「寝られないの?」
「ああ、起こしたか? すまない」

 ベッドから声をかけると、健吾が驚いたように潤を見た。先に見つめていたのは自分なのに、と潤は思う。なぜか健吾は気づくと潤の寝顔を見ている。きっと彼の癖だと思うのと同時に、目を開けてすぐに彼と目が合うことが潤には心地よかった。

「ううん。僕たちいつの間にか寝ちゃってたね。今何時?」
「あ、えっと、朝の四時だ」
「ふっ、眠れないんじゃなくて。早起きだね。老人みたい」
「ああ、俺たちはこうして老人になっても二人で同じ部屋で目覚めるんだ。予行練習かな」

 潤はそっとベッドから抜けると、健吾の向かいの席に座った。泣きつかれて寝てしまったが、こんな時間に目が覚めてしまっては、また寝るのがなんだかもったいない気がした。健吾はしっかりと目が覚めている様子。彼ともう少し話をしたいと潤は思った。

「そのわりには、朝からワインなんて。不良だね」
「はは、確かにな」

 他曖ない話をしている。きっと、以前から彼はこうして目が覚めてふと何かを考えてきたのかもしれない。潤だけがこの家で守られてきた。何も知らずに、苦しみを与える時間を極力引き延ばされてきたのだろう。その間に、父と兄は何を思って毎朝一緒に朝食の席についていたのだろうか。潤は何も知らずにいつも笑っていた。その陰で、二人は死に怯えていたのかもしれない。

 潤は、父の前では言えなかったことを聞きたいと思う。あれはすでに二人で決めたことだったので、潤は父の意思に従いたいという気持ちがあったし、あの場で問いただすことができなかった。

 テーブルに置いてあるワインを手に持ち、グラスに注ぐと潤は一口飲んだ。

「健吾は、梨香子さんが結婚についてどう思ってるのか聞いた?」

 梨香子と会ったことがあるので、彼女が健吾を恋愛という意味で好きになるとは思えないが、それはあくまでも父が生きている前提だ。父と健吾は容姿もそうだが考え方が似ている。そんな人の息子を偽装結婚とはいえ、彼女がいずれ好きにならないとも限らない。

 こんな時に考えるには不謹慎だと思ったので、潤はそんな不安があることを悟られないように、さりげなく聞いた。

 健吾が一口ワインを飲んでから、「ああ」と応える。

「父さんから病気のこと言われて、それで急遽梨香子さんと会うことになった。というか梨香子さんは、この結婚に反対だったからな。今も本当は俺と結婚することを嫌だと思ってるだろう」
「え? そうなの?」

 当たり前のように決まっていた出来事だったので、彼女は全てを納得しているのかと潤は勝手に思っていた。

「当たり前だろ。彼女は父さんを愛してるんだ。金目当てじゃないから何もいらない、息子は一人で育てるって言ってた。強い女性だったよ」
「そうなんだ……」

 潤は自分のことばかりで、今大変な渦中にいるのは梨香子だということを忘れていた。愛する人との子どもがお腹にいるのに、その相手はもうじきこの世を去る。しかも愛する人から息子と結婚してくれと言われた彼女はどう思ったのだろうか。

 そもそも妊娠中ということだけでも大変なのに、彼女は今幸せを感じると同時に辛い想いをしていると、どうしてすぐにそう思えなかったのか、不甲斐なく感じてしまった。そこで健吾が。

「いや、潤にとっても父さんは特別だし。お前だって愛してるから辛いよな……」
「あ、うん。そうなんだけど、ごめん。僕だけが辛いわけじゃないのに、健吾はなおさら実の父親だし、それに梨香子さんが一番辛いよね」

 そんな彼女と会って話した健吾は、きっと彼女を支えるだろうと思った。だからこそ、潤も一緒に支えたいという気持ちが強くなる。父の残した愛を息子二人で守る。

「辛さに優劣はないにしても、彼女は支えてくれる人を失うんだ。だから俺はそのお腹の子どもに責任を持とうと思ってる。彼女がこれから産むのは、俺たちの弟だからな。家族になるって意味で俺はこの婚姻を受け入れた」
「うん」

 健吾は真面目な顔で言う。

「俺は、お前とはもう家族だけど、俺たち二人きりじゃなくて、彼女は俺たちに家族を与えてくれる存在だ。あとは、大切な人を残していく父さんを安心させてやりたかった」
「う、うん」

 潤の瞳から涙が零れる。

「その中には、潤も含まれてるんだからな。俺がお前を一生守るって、そう父さんに安心してもらうためにも、俺たちの関係を話した」
「ありがとう。一人で色々決めさせちゃってごめんね」
「いや、一人で勝手にごめん。俺も父さんの命のこと聞いて焦ってた」
「そうだよね」

 潤はそっと向かいから健吾の手を握った。

「僕たちはもう大丈夫。これから絶対に健吾を疑ったりしない」
「そうしてくれよ。俺たち子どもの頃からの仲なんだからな。ショックだったよ」
「本当にごめんって。でも、お父さんのこと、僕まだ受け入れきれない」

 そこで健吾が席を立ち、潤の手を取り立ち上がらせると抱きしめた。

「俺だって受け入れきれてない。だから、俺ら兄弟でこれから父さんとの時間を大切に、徐々に受け入れていこう」
「……うん」

 久しぶりに健吾の口から兄弟と聞いた。なぜか懐かしく思い、潤もそっと健吾の腰に手を回してきつく抱きしめた。

 その胸で父を思い、二人は日が昇るまで泣いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...