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16 息子たちの決意
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ふと目が覚めると、健吾がベッドにいなかった。窓辺にあるテーブルにはワインが開いていて、そこの椅子に座り外を眺める健吾を潤はベッドから見ていた。
「寝られないの?」
「ああ、起こしたか? すまない」
ベッドから声をかけると、健吾が驚いたように潤を見た。先に見つめていたのは自分なのに、と潤は思う。なぜか健吾は気づくと潤の寝顔を見ている。きっと彼の癖だと思うのと同時に、目を開けてすぐに彼と目が合うことが潤には心地よかった。
「ううん。僕たちいつの間にか寝ちゃってたね。今何時?」
「あ、えっと、朝の四時だ」
「ふっ、眠れないんじゃなくて。早起きだね。老人みたい」
「ああ、俺たちはこうして老人になっても二人で同じ部屋で目覚めるんだ。予行練習かな」
潤はそっとベッドから抜けると、健吾の向かいの席に座った。泣きつかれて寝てしまったが、こんな時間に目が覚めてしまっては、また寝るのがなんだかもったいない気がした。健吾はしっかりと目が覚めている様子。彼ともう少し話をしたいと潤は思った。
「そのわりには、朝からワインなんて。不良だね」
「はは、確かにな」
他曖ない話をしている。きっと、以前から彼はこうして目が覚めてふと何かを考えてきたのかもしれない。潤だけがこの家で守られてきた。何も知らずに、苦しみを与える時間を極力引き延ばされてきたのだろう。その間に、父と兄は何を思って毎朝一緒に朝食の席についていたのだろうか。潤は何も知らずにいつも笑っていた。その陰で、二人は死に怯えていたのかもしれない。
潤は、父の前では言えなかったことを聞きたいと思う。あれはすでに二人で決めたことだったので、潤は父の意思に従いたいという気持ちがあったし、あの場で問いただすことができなかった。
テーブルに置いてあるワインを手に持ち、グラスに注ぐと潤は一口飲んだ。
「健吾は、梨香子さんが結婚についてどう思ってるのか聞いた?」
梨香子と会ったことがあるので、彼女が健吾を恋愛という意味で好きになるとは思えないが、それはあくまでも父が生きている前提だ。父と健吾は容姿もそうだが考え方が似ている。そんな人の息子を偽装結婚とはいえ、彼女がいずれ好きにならないとも限らない。
こんな時に考えるには不謹慎だと思ったので、潤はそんな不安があることを悟られないように、さりげなく聞いた。
健吾が一口ワインを飲んでから、「ああ」と応える。
「父さんから病気のこと言われて、それで急遽梨香子さんと会うことになった。というか梨香子さんは、この結婚に反対だったからな。今も本当は俺と結婚することを嫌だと思ってるだろう」
「え? そうなの?」
当たり前のように決まっていた出来事だったので、彼女は全てを納得しているのかと潤は勝手に思っていた。
「当たり前だろ。彼女は父さんを愛してるんだ。金目当てじゃないから何もいらない、息子は一人で育てるって言ってた。強い女性だったよ」
「そうなんだ……」
潤は自分のことばかりで、今大変な渦中にいるのは梨香子だということを忘れていた。愛する人との子どもがお腹にいるのに、その相手はもうじきこの世を去る。しかも愛する人から息子と結婚してくれと言われた彼女はどう思ったのだろうか。
そもそも妊娠中ということだけでも大変なのに、彼女は今幸せを感じると同時に辛い想いをしていると、どうしてすぐにそう思えなかったのか、不甲斐なく感じてしまった。そこで健吾が。
「いや、潤にとっても父さんは特別だし。お前だって愛してるから辛いよな……」
「あ、うん。そうなんだけど、ごめん。僕だけが辛いわけじゃないのに、健吾はなおさら実の父親だし、それに梨香子さんが一番辛いよね」
そんな彼女と会って話した健吾は、きっと彼女を支えるだろうと思った。だからこそ、潤も一緒に支えたいという気持ちが強くなる。父の残した愛を息子二人で守る。
「辛さに優劣はないにしても、彼女は支えてくれる人を失うんだ。だから俺はそのお腹の子どもに責任を持とうと思ってる。彼女がこれから産むのは、俺たちの弟だからな。家族になるって意味で俺はこの婚姻を受け入れた」
「うん」
健吾は真面目な顔で言う。
「俺は、お前とはもう家族だけど、俺たち二人きりじゃなくて、彼女は俺たちに家族を与えてくれる存在だ。あとは、大切な人を残していく父さんを安心させてやりたかった」
「う、うん」
潤の瞳から涙が零れる。
「その中には、潤も含まれてるんだからな。俺がお前を一生守るって、そう父さんに安心してもらうためにも、俺たちの関係を話した」
「ありがとう。一人で色々決めさせちゃってごめんね」
「いや、一人で勝手にごめん。俺も父さんの命のこと聞いて焦ってた」
「そうだよね」
潤はそっと向かいから健吾の手を握った。
「僕たちはもう大丈夫。これから絶対に健吾を疑ったりしない」
「そうしてくれよ。俺たち子どもの頃からの仲なんだからな。ショックだったよ」
「本当にごめんって。でも、お父さんのこと、僕まだ受け入れきれない」
そこで健吾が席を立ち、潤の手を取り立ち上がらせると抱きしめた。
「俺だって受け入れきれてない。だから、俺ら兄弟でこれから父さんとの時間を大切に、徐々に受け入れていこう」
「……うん」
久しぶりに健吾の口から兄弟と聞いた。なぜか懐かしく思い、潤もそっと健吾の腰に手を回してきつく抱きしめた。
その胸で父を思い、二人は日が昇るまで泣いていた。
「寝られないの?」
「ああ、起こしたか? すまない」
ベッドから声をかけると、健吾が驚いたように潤を見た。先に見つめていたのは自分なのに、と潤は思う。なぜか健吾は気づくと潤の寝顔を見ている。きっと彼の癖だと思うのと同時に、目を開けてすぐに彼と目が合うことが潤には心地よかった。
「ううん。僕たちいつの間にか寝ちゃってたね。今何時?」
「あ、えっと、朝の四時だ」
「ふっ、眠れないんじゃなくて。早起きだね。老人みたい」
「ああ、俺たちはこうして老人になっても二人で同じ部屋で目覚めるんだ。予行練習かな」
潤はそっとベッドから抜けると、健吾の向かいの席に座った。泣きつかれて寝てしまったが、こんな時間に目が覚めてしまっては、また寝るのがなんだかもったいない気がした。健吾はしっかりと目が覚めている様子。彼ともう少し話をしたいと潤は思った。
「そのわりには、朝からワインなんて。不良だね」
「はは、確かにな」
他曖ない話をしている。きっと、以前から彼はこうして目が覚めてふと何かを考えてきたのかもしれない。潤だけがこの家で守られてきた。何も知らずに、苦しみを与える時間を極力引き延ばされてきたのだろう。その間に、父と兄は何を思って毎朝一緒に朝食の席についていたのだろうか。潤は何も知らずにいつも笑っていた。その陰で、二人は死に怯えていたのかもしれない。
潤は、父の前では言えなかったことを聞きたいと思う。あれはすでに二人で決めたことだったので、潤は父の意思に従いたいという気持ちがあったし、あの場で問いただすことができなかった。
テーブルに置いてあるワインを手に持ち、グラスに注ぐと潤は一口飲んだ。
「健吾は、梨香子さんが結婚についてどう思ってるのか聞いた?」
梨香子と会ったことがあるので、彼女が健吾を恋愛という意味で好きになるとは思えないが、それはあくまでも父が生きている前提だ。父と健吾は容姿もそうだが考え方が似ている。そんな人の息子を偽装結婚とはいえ、彼女がいずれ好きにならないとも限らない。
こんな時に考えるには不謹慎だと思ったので、潤はそんな不安があることを悟られないように、さりげなく聞いた。
健吾が一口ワインを飲んでから、「ああ」と応える。
「父さんから病気のこと言われて、それで急遽梨香子さんと会うことになった。というか梨香子さんは、この結婚に反対だったからな。今も本当は俺と結婚することを嫌だと思ってるだろう」
「え? そうなの?」
当たり前のように決まっていた出来事だったので、彼女は全てを納得しているのかと潤は勝手に思っていた。
「当たり前だろ。彼女は父さんを愛してるんだ。金目当てじゃないから何もいらない、息子は一人で育てるって言ってた。強い女性だったよ」
「そうなんだ……」
潤は自分のことばかりで、今大変な渦中にいるのは梨香子だということを忘れていた。愛する人との子どもがお腹にいるのに、その相手はもうじきこの世を去る。しかも愛する人から息子と結婚してくれと言われた彼女はどう思ったのだろうか。
そもそも妊娠中ということだけでも大変なのに、彼女は今幸せを感じると同時に辛い想いをしていると、どうしてすぐにそう思えなかったのか、不甲斐なく感じてしまった。そこで健吾が。
「いや、潤にとっても父さんは特別だし。お前だって愛してるから辛いよな……」
「あ、うん。そうなんだけど、ごめん。僕だけが辛いわけじゃないのに、健吾はなおさら実の父親だし、それに梨香子さんが一番辛いよね」
そんな彼女と会って話した健吾は、きっと彼女を支えるだろうと思った。だからこそ、潤も一緒に支えたいという気持ちが強くなる。父の残した愛を息子二人で守る。
「辛さに優劣はないにしても、彼女は支えてくれる人を失うんだ。だから俺はそのお腹の子どもに責任を持とうと思ってる。彼女がこれから産むのは、俺たちの弟だからな。家族になるって意味で俺はこの婚姻を受け入れた」
「うん」
健吾は真面目な顔で言う。
「俺は、お前とはもう家族だけど、俺たち二人きりじゃなくて、彼女は俺たちに家族を与えてくれる存在だ。あとは、大切な人を残していく父さんを安心させてやりたかった」
「う、うん」
潤の瞳から涙が零れる。
「その中には、潤も含まれてるんだからな。俺がお前を一生守るって、そう父さんに安心してもらうためにも、俺たちの関係を話した」
「ありがとう。一人で色々決めさせちゃってごめんね」
「いや、一人で勝手にごめん。俺も父さんの命のこと聞いて焦ってた」
「そうだよね」
潤はそっと向かいから健吾の手を握った。
「僕たちはもう大丈夫。これから絶対に健吾を疑ったりしない」
「そうしてくれよ。俺たち子どもの頃からの仲なんだからな。ショックだったよ」
「本当にごめんって。でも、お父さんのこと、僕まだ受け入れきれない」
そこで健吾が席を立ち、潤の手を取り立ち上がらせると抱きしめた。
「俺だって受け入れきれてない。だから、俺ら兄弟でこれから父さんとの時間を大切に、徐々に受け入れていこう」
「……うん」
久しぶりに健吾の口から兄弟と聞いた。なぜか懐かしく思い、潤もそっと健吾の腰に手を回してきつく抱きしめた。
その胸で父を思い、二人は日が昇るまで泣いていた。
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