娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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5、静かなる反撃〜リディア2〜

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その夜、エリオットは屋敷の中庭にいた。
公爵家の庭は広大で、夜になるとほとんど人の気配がない。
といっても、守衛はいるので危ないこともない。

そこで彼は、待っていた。

(……来たな)

影の向こうから、ゆっくりと近づいてくる足音。
—— リディアが現れた。

「……あの、奥様……どうして、こんなところに……」
「気分転換に散歩をしていたんだよ。ああ、ごめん……言い忘れてしまったね。探させてしまった?」
「いえ、その、大丈夫です……あの……」

自分が部屋に居なければ、部屋付きのメイドであるリディアが探しに来るのは分かっている。そして時間を置けば迷いを言うかもしれない、と思ったのだ。

「リディア、何か……悩みがある?」

エリオットは、ゆっくりと振り返った。

リディアは、不安そうに唇を噛んだ。

「……どうして、私が?」
「昼間も言ったけれどね、君、疲れているようだから」

リディアは驚いた顔をしたが、やがて観念したように肩を落とした。

「……家族が、病気なんです」
「それは……気になってしまうね」

リディアは苦しげに言葉を続けた。

「弟が……病に倒れて、薬が必要で。でも、家にそんな余裕はなくて……」
「なるほど……その薬は公爵家からもらえているのかい?」

リディアは ビクリ と肩を震わせた。

「……あ、あのヴェロニク様が、その……」
「ああ、もう相談していたんだね。なら、大丈夫かな?」

僕の杞憂だったかな、とエリオットは苦笑を浮かべた。
リディアはスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

「……でも、その……弟が、な、治らなくて……」
「え?」

エリオットが首を傾げると、リディアは咄嗟に頭を下げた。

「申し訳ございません!ご恩を受けている身で……!その!あの……!」

言葉尻になるにつれ、リディアの声には涙が混じりだす。
エリオットはリディアに近づき、その肩をゆっくりと摩った。

「そんなに緊張しないで大丈夫だよ。公爵家の医師に診てもらったんだよね?」
「……はい……お薬をいただきました」
「その薬、君の弟はちゃんと飲んでいるの?」
「……はい。ヴェロニク様がくださった薬を、毎日きちんと」
「それで、よくなった?」
「……」

リディアは言葉を詰まらせた。
エリオットは、静かに息を吐く。

(なるほどね……)

「薬を飲んでいるのに、よくなっていない」
「そ、それは……病が重いから、かもしれません……」
「そうかもしれないね。でも、君の弟の病気、具体的には?」

リディアは少し戸惑いながらも答えた。

「……肺の病だと。熱が続いて、咳もひどく……」

エリオットは、瞳を細めた。

(肺の病、ね……)

「それなら、ちゃんとした薬を飲めば、多少なりとも回復の兆しは見えるはずだけどね……」

リディアの顔が、強張る。
そう、問題はそこだ。
薬を飲んでいるなら、少しは良くなるはずなのに 全く回復していない という点。

——つまり、「渡された薬が、本当に効果のあるものなのか?」 という疑問が浮かぶ。

エリオットは、ゆっくりと息を吐く。

「まずは、その薬が 本当に正しいものか調べる必要があるね」
「えっ……?」
「ちょっと調べてみるよ。公爵家には専属の医師がいる。僕の名前で、君の弟の病について意見をもらおう」

リディアの表情に、希望がよぎった。

「……で、でも……」
「とはいえ、調査には時間がかかる。その間に君の弟の容態が悪化したらいけないね」

エリオットは優雅に微笑んだ。

「だから、僕の実家——ヴェイル侯爵家から、新しい医師を派遣しよう」
「えっ……?」

リディアの目が大きく見開かれる。

「しばらく様子を見る間だけ、でもいい。君の弟にとって、一番いい治療をしてくれる医師をね。この家ほどではないものの、僕の生家もそれなりだ。医師の腕は信じていいよ」

リディアは 信じられない という表情で、エリオットを見つめた。

「で、でも……そんなことをしたら、ヴェロニク様が……」
「それは気にしなくていいよ」

エリオットは軽く笑った。

「むしろ、ヴェロニクが 『公爵家の夫人が医師を派遣すること』に口を出す資格があるのかどうか ……そちらのほうが気になるな。それは彼の役割ではないからね」

リディアは はっとした ように口をつぐんだ。
恐らく、ここに来てようやく──エリオットとヴェロニクの“違い”に気付いたのだろう。
けれど、リディアの表情にはまだ迷いがあった。

 「……本当に、そんなことをしてもいいんですか?」
 「君は、弟を助けたいんだろう?」

 エリオットの問いかけに、リディアは唇を噛んで頷く。

 「それなら、それだけ考えればいい。後は僕に任せておいたらいい」

 リディアは 何も言わず、静かに頭を下げた。
 だが、まだ「完全にエリオットの側についた」わけではない。

 (……さて、どうなるかな)

ヴェロニクに報告しに行くこともありえる。
が、彼女の様子を見るにそこまでの気概は今のところなさそうだ。
あとは素直に人に感謝する性格であればいいが。
戻ろうか、と声をかけてエリオットは邸の方に足を向けた。
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