娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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42、狩猟大会の幕開け

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王家主催の狩猟大会は、社交シーズンの中でも特に大規模な催しのひとつだった。
王宮近郊の広大な狩猟場を舞台に、貴族たちは馬を駆り、弓や銃を手に獲物を追う。
男性貴族たちは実際に狩りに参加し、夫人たちは優雅に観覧しながら、社交の輪を広げる。
王太子が発案したこの催しは、単なる娯楽ではなく 「王家と貴族の結びつきを強める場」 でもあった。
エリオットも、公爵夫人としてアドリアンに同行する形で参加することになっていた。
朝早くから仕度を整え、狩猟場へと向かう準備を進める。

(この数日、アドリアンとは一言も交わしていない……)

チョーカーを返された日から、邸内で彼の姿を見ていない。
それが「無関心」なのか「意図的な距離」なのか——エリオットには分からなかった。

「奥様、お召し物の準備が整いました」

侍女のリディアが微笑みながら、優雅な狩猟服を手渡す。
濃紺のロングコートに金の刺繍が施され、白いハイカラーのシャツが気品を引き立てる。
公爵夫人としての品格を損なわず、かつ動きやすいようにデザインされた服だった。

「……ありがとう」

鏡の前で整えた姿を見つめる。
いつもと変わらない「公爵夫人」としての姿。
けれど、心の奥には、微かなざわめきがあった。

(……皇帝陛下も来るはず)

この狩猟大会に彼が出席するのは、ほぼ確実だ。
先日の舞踏会のことが頭をよぎる。
あの夜、彼の腕の中で囁かれた言葉。
そして、ヒートに襲われた自分を、ただ守ってくれた男の姿——。

「……考えすぎか……」

そっと息を吐き、エリオットは支度を終えた。



狩猟場には、すでに多くの貴族たちが集まっていた。
王族を中心に、上級貴族たちが談笑しながら、狩猟の開始を待っている。
公爵家の馬車が到着すると、エリオットはアドリアンとともに貴族の輪に加わった。

(……いつも通り、務めを果たせばいい)

そう自分に言い聞かせ、微笑を浮かべる。

「公爵夫人、本日も麗しいですね」

声をかけてきたのは、侯爵夫人のクラリスだった。
彼女はエリオットの手を軽く取ると、にっこりと微笑む。

「陛下ももうすぐお見えになるそうですわ」
「……そうですか」

言葉を返しながら、エリオットはできるだけ自然に振る舞う。
そのとき。

「……来たようですね」

クラリスが扇を軽く動かしながら、視線を向けた。
エリオットもつられるようにそちらに目を向けた。
馬にまたがり、堂々とした姿で狩猟場に現れた男。
黒を基調とした狩猟服を纏い、鋭い金色の瞳を湛えた──皇帝 。
彼の登場に、貴族たちの視線が一斉に集まる。
馬を降りると、シグルドはゆっくりと歩を進めた。
そして——

「公爵夫人」

エリオットの前で静かに足を止めた。
金色の瞳が、じっとこちらを見つめる。

「……ごきげんよう、陛下」

エリオットは、完璧な微笑を浮かべ、優雅に一礼した。
それを見た貴族たちが、再びひそひそと噂を交わすのが分かる。

「お体の方は……もう大丈夫ですか?」

シグルドが、低く囁くように言った。
エリオットは、静かに頷く。

「おかげさまで、もうすっかり」
「……それなら良かった」

シグルドの瞳が、微かに細められる。
まるで 「本当はまだ無理をしているのではないか」 と言いたげな視線だった。

(……目立つことをする……どうして……)

貴族たちの前だというのに、この男は 「個人的な関心」を隠そうとしない 。
その無遠慮さに戸惑いながらも、エリオットは冷静に言葉を紡ぐ。

「陛下も狩猟に参加されるのですか?」
「ああ。王太子殿下からの招待を受けたので」

シグルドは軽く肩をすくめながら答える。

「狩りはお得意なのですか?」
「得意かどうかは分からないが……」

そこでシグルドは、ふっと笑みを浮かべた。

「狙った獲物は、決して逃がさない主義だ」

(……!)

その言葉に、一瞬だけ息を呑んだ。
まるで何かを示唆するような響き。
けれど、シグルドはそれ以上何も言わず、軽く頭を下げると王族のもとへと向かっていく。
その背中を見送りながら、エリオットは小さく息を吐いた。

(……本当に、何を考えて……)

シグルドの意図がわからない。
自分に関心を抱いているのは分かるが、それが何を思ってのことなのか。
ああいった行動は、今のアドリアンを刺激するだけだ。
それを知ってか知らないでか──。
アドリアンと番う気は、エリオットにまるでない、が……。
けれど、自分が動き出したことでアドリアンの行動もまた変わっている。
どう動くのが最善なのか、見いだせないまま、エリオットはもう一つ息を吐きだした。



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