娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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43、森の奥へ

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狩猟大会が始まって数時間が経過していた。
貴族たちはそれぞれの馬を駆り、猟犬を放ち、華やかながらも洗練された狩猟の技術を競い合っている。
エリオットは、公爵夫人としての務めを果たしながら、観覧席で貴族夫人たちと談笑していた。

(……こうしていれば、何の問題もない)

ただ、公爵夫人として振る舞い、適切な距離を保っていればいい。
シグルドとの接触も、先ほどの挨拶だけで終わった。
アドリアンとは、今も直接顔を合わせることはない。
ここに来る馬車の中でも必要最低限の会話しかしていない。
険悪と言うほどでもないが、お互いに視線を外に向けていた。
それでいい。それでいいはずだった——。

「公爵夫人」

控えめな声とともに、使用人の一人がそっと近づいてきた。
エリオットは微笑を浮かべながら、そちらへ視線を向ける。

「どうしました?」
「公爵閣下が、公爵夫人をお呼びです」
「——旦那様が?」

エリオットは少し驚いた。

「どこへ?」
「ええ……あちらへ……公爵夫人とお話をしたいと」
「……旦那様が、そう?」

妙な違和感を覚えた。
この場で、改めて話があるのなら、公爵家の天幕へと呼ぶのが筋だ。
それをわざわざ違う場所に。

(……何か引っかかる)

しかし、もし本当にアドリアンが呼んでいるのなら、無視するのも問題だ。
それに、話があるとすれば——やはり、あの夜のことだろうか?

「わかりました。案内してください」

周囲の夫人達に一礼するとエリオットは立ち上がった。
使用人の後に続き、歩いていく。
狩猟大会の歓声が遠くに響く中、エリオットは森の入り口へと案内されていた。

「公爵閣下が、あちらお待ちです」

そう言って使用人は木々の奥を指さす。

「あちらに公爵閣下が……?」

エリオットは疑問を抱きつつも、その方向へ視線を向ける。
木々が茂る森の入り口だ。

「はい。私はここで失礼いたします」

使用人は一礼し、その場を離れていった。

(……なぜ、こんな場所に?)

狩猟大会の場として用意された場所からは、すでに少し距離がある。
こんな場所で話す必要があるのだろうか……?

(……とにかく、急ごう)

エリオットは足を踏み出そうとした、その時——

「公爵夫人?」

低く響く声が、森の静寂を破った。

「……陛下?」

振り向くと、そこにはシグルド・アルヴァンが立っていた。
黒い狩猟服を纏い、手には軽く猟銃を携えている。
馬を降り、こちらを見つめていた。

「なぜ、こんなところへ?」

エリオットは少し言葉に詰まる。

「……公爵閣下に呼ばれましたので」

シグルドの金色の瞳が、微かに細まる。

「……ここで?」
「……ええ」

違和感がある、というのは自分でも分かっている。
だが、アドリアンに呼ばれたのなら行かないわけにはいかない。
シグルドは少し沈黙し、それからゆっくりと歩み寄る。

「行かせたくない、と言えばあなたは止まるのだろうか?」
「それはどういう……?」

シグルドの目がまっすぐとエリオットを捉えた。
揶揄うような色はない。けれど、その言葉の意味がエリオットにはわからない。

「あなたを御夫君の元へ行かせたくない。私の側にいてほしい」

(……!)

どくり、と心臓が鳴った。
けれどエリオットは視線をそらし、軽く息を吐く。

「……お戯れが過ぎます、陛下」
「お戯れ?」

シグルドの声が低く響く。

「さきほどもそうでした。陛下は、あまりにも分かりやすく『狙った獲物は逃がさない』などと仰る……今、貴族の間でもあらぬ噂が立ってきています」

言葉にしながら、自分の中で渦巻いていた思いが形になっていくのがわかる。
口に出せば収まると思ったのに、むしろ止まらない。

「……何をお考えなのですか?」

思わず詰問するような声になった。
シグルドの目が微かに揺れる。

「私は公爵夫人です」

エリオットは言い聞かせるように続ける。

「確かに、皇帝陛下がお望みになれば手に入らないものはないでしょう。でも……」

そこで、言葉が詰まった。
この言葉は、本当に言うべきなのか?
いや、言わなければならない。
シグルドの態度がわからないからこそ――。
逸らした視線をエリオットはゆっくりと戻した。
シグルドの瞳は変わらずまっすぐに自分を見ている。

「これ以上、弄ぶようなことは……おやめください」

喉の奥が詰まるような感覚。
胸の奥が苦しくなる。

(なぜ――こんなに……傷ついたような気分になる?何が始まってるものでもない。終わるものでもない)

シグルドは微動だにしなかった。
しかし、その視線が一瞬、鋭さを増した。

「……君達は、本当の番ではないだろう」

(——!)

その一言に、全身が凍りついた。

(どうして……?)

エリオットは息を詰め、無意識に喉元へ手をやりそうになる。
けれど、咄嗟にこぶしを握りしめて動きを止めた。

「……何のことか、わかりかねます」
「そうか?あの夜、君のフェロモンが私にも感じ取れた。それが、証拠だろう?」

シグルドは確信を持って、ただ静かにエリオットを見つめていた。
沈黙が、息苦しいほどに長く続く。
エリオットはその視線に耐えきれず、ふっと目を伏せる。

「……夫が待っています。これで失礼いたします」

深く一礼し、踵を返す。
けれど、足元がわずかに乱れるのを、本人だけが気づいていた。
シグルドの気配が微かに動いた気がしたが、引き止められることはなかった。
ただ、その背中に刺さるような視線だけが、いつまでも残った。



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