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59、陥穽なるお茶会
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王宮の格式あるサロンは、普段の社交場とは異なり、どこか緊張感が漂っていた。
豪奢なシャンデリアが天井から柔らかい光を放ち、磨き上げられた大理石の床に反射している。
しかし、その光の下で交わされる会話は、決して穏やかなものではないことを、エリオットは強く感じていた。
エリオットの視線が、茶会の参加者を一人ひとり捉える。
クラリスの夫であり、侯爵であるグラント・リヴィエール侯爵 は、冷静な表情で椅子に腰掛けていた。
彼の鋭い眼差しが、一瞬だけ向かいに座る貴族を捉えるが、すぐに視線を逸らす。
その向かいに座るのは エリオットの父、エドワード・ヴェイル侯爵。
普段は温厚な男であるが、今日の彼は違った。
険しい顔つきで、特にシグルドを見る目が鋭い。
「お前のせいで、私の息子が好奇な目に晒されているのだ」とでも言いたげだ。
いや実際に会うなり彼は隣国の皇帝といえども臆さず告げたわけだが。
シグルドは、そんなエドワードの視線を意に介さず、静かにティーカップを傾けている。
まるで、この場の全てを支配するかのように。
その隣で、ライナスが軽口を叩く。
「いやぁ、こんな豪華なメンバーが揃うとはね。こんな趣向の茶会も悪くないだろう?各々、歓談を楽しんでほしい」
彼は興味深そうに一同を見渡し、茶会の開会を宣言した。
「今日はただの茶会……ではなく、少々興味深い話ができると期待しているよ」
その一言で、空気が張り詰める。
茶会の名のもとに集められた貴族たちも、それが単なる歓談の場でないことを理解していた。
エリオットは緊張を隠しながらも、静かに拳を握る。
(ここで情報を引き出せなければ、公爵家に戻るのはますます危険になる……ヴェロニクのことをどうにかする正念場だ)
茶が注がれ、表向きは優雅な会話が交わされる。
しかし、その言葉の端々には、鋭い探り合いがあった。
沈黙を破ったのは、クラリスの夫である グラント・リヴィエール侯爵 だった。
「今更だが……我々はあの政変のことをどこまで理解しているのだろうな」
彼の言葉に、数人の貴族がわずかに顔を引き締める。
それを見逃さず、エリオットは静かに続きを促した。
「懐かしい話題を出すじゃないか、リヴィエール侯爵」
「いやいや少し気になった話を耳にしたものでね。政変の際、失脚したクレイヴンの家系……彼らがなぜ没落したのかを知っている方もいるでしょう」
「クレイヴンの家が、かつて王家と敵対する派閥に加担していたのは周知の事実だ」
そう口を開いたのは、エリオットの父 エドワード・ヴェイル侯爵 だった。
リヴィエール侯爵が茶を一口啜って、周囲を見まわした。
「しかし、あの混乱の中で生き延びた貴族たちもいる。彼らがどう動いたかを知る者は少ない。そして、どうやらそれがまた動き出したと聞いてね」
まさか、と声が上がった。
エリオットは注意深くそちらを見る。
「当時あそこには息子がいただろう。そう名前を確か──ヴェロニクと言ったか?」
ヴェイル侯爵がそう言うと、エリオットが口を開いた。
「ヴェロニク・クレイヴンであれば、当家におりますよ」
「……オルディス公爵家に……?それはどういう意図があってだ?保護をしているということか?」
ヴェイル侯爵がエリオットの方を見る。父の顔には怪訝なものが浮かんでいた。
「保護……と言えば保護ではありますね。公爵閣下の番ですから」
「番……待て、エリオット。私はそんな話を聞いていないぞ?」
あからさまにヴェイル侯爵の顔色が変わっていく。
それはそうだろう。息子の夫に愛人がいるなど気持ちがいいものではない。
いくらここが愛人や側室が許される社会だとしても、だ。
ましてやヴェイル侯爵家はオルディス公爵家に比べれば家格は劣るものの、権威はオルディスを凌ぐ家でもある。
そもそもエリオットが嫁いだのだって、今はすでに亡い前公爵とエリオットの父であるエドワードの親交があったからで、政治的なものはヴェイル侯爵にとって利はそうなかった。
加えて、ヴェイル侯爵は自身の子息を家の繁栄に使うつもりなどなかった。
つまり、愛人がいるなど知っていればはなから破談にしていた話なのだ。
アドリアンは結婚前までは実に上手くヴェロニクのことを外的には隠しており、エリオットと婚約をし結婚にまで漕ぎ着けていた。
「落ち着け、エドワード。その件については、私も妻を通して最近知った」
リヴィエール侯爵が小さく息を吐き出しながら、ヴェイル侯爵を嗜める。
しかし、ヴェイル侯爵の怒りは増すばかりだ。
(このことについてこうまで父上は怒ってくださる……となれば、やはり以前に僕が娼館へと送られた経緯なども怪しんで然るべきなのだろうな……)
あの時は家族に捨てられたものだとばかり思っていたが、父の姿を見ていると違うものだと確信できた。
「エリオット。君は妻の実家であるオルディス公爵家の正妻だ。私にも親族と言えよう。そのヴェロニクはどういう立場で公爵家にいるんだ?」
リヴィエール侯爵がエリオットを見る。
エリオットは一口、茶を啜り、息を吐く。
そうですね、と言葉を発した。
「さて……結婚式の次の日に自分が公爵閣下の本当の伴侶である、と言いにはきましたが……どうなのでしょう?」
「馬鹿な。アドリアンはそれを許しているということか?」
ヴェイル侯爵の顔が更に険しくなっていく。
エリオットは父の様子に、これは公爵家に怒鳴り込みにいきそうだな、と思いつつ肩を竦めた。
「公爵閣下には公爵閣下のお考えがあるのでしょう」
エリオットはそう言うと、もう一口茶を啜る。
そこでライナスが、いやぁ、と頭を書きながら割入った。
「アドリアンは王家の親族なわけだが……まさか公爵夫人にそんな失礼を働いていたとは……申し訳ないことをしたね」
「おやめになって下さい。王太子殿下が悪いわけでもございません。今、こうして王宮に保護してくださってるだけでありがたく思っております」
茶器を置き、エリオットがそう答えた。
「そういえば、どうして公爵夫人は王宮に……?噂だと、皇帝陛下のお召と聞きましたが」
ちょうどエリオットの向かいにいる、レティシア・ロッシュ伯爵が首を傾げる。ロッシュ伯爵は女だてらに家督を継いだ女伯爵で、ロッシュ家は政変の際に貴族派へ加担した家ではあるが、今は王家への忠誠を誓っている。
今回の件には噛んでいないようだが、敵を誘き寄せるために呼んだのだ。
「狩猟大会の際に、公爵夫人は命を狙われた。その際に私が夫人を助けた縁で、王宮の方に保護を頼んだ」
シグルドがそう述べると、一同に緊張が走る。
エリオットの父であるヴェイル侯爵は言葉を失っていた。
「それは、本当ですか……公爵夫人」
ロッシュ伯爵も驚きを隠せずに、エリオットへと問う。
「ええ。あの日、私は──命を落とす寸前で、皇帝陛下に救われたのです」
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次の更新→3/3 PM0:30頃
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豪奢なシャンデリアが天井から柔らかい光を放ち、磨き上げられた大理石の床に反射している。
しかし、その光の下で交わされる会話は、決して穏やかなものではないことを、エリオットは強く感じていた。
エリオットの視線が、茶会の参加者を一人ひとり捉える。
クラリスの夫であり、侯爵であるグラント・リヴィエール侯爵 は、冷静な表情で椅子に腰掛けていた。
彼の鋭い眼差しが、一瞬だけ向かいに座る貴族を捉えるが、すぐに視線を逸らす。
その向かいに座るのは エリオットの父、エドワード・ヴェイル侯爵。
普段は温厚な男であるが、今日の彼は違った。
険しい顔つきで、特にシグルドを見る目が鋭い。
「お前のせいで、私の息子が好奇な目に晒されているのだ」とでも言いたげだ。
いや実際に会うなり彼は隣国の皇帝といえども臆さず告げたわけだが。
シグルドは、そんなエドワードの視線を意に介さず、静かにティーカップを傾けている。
まるで、この場の全てを支配するかのように。
その隣で、ライナスが軽口を叩く。
「いやぁ、こんな豪華なメンバーが揃うとはね。こんな趣向の茶会も悪くないだろう?各々、歓談を楽しんでほしい」
彼は興味深そうに一同を見渡し、茶会の開会を宣言した。
「今日はただの茶会……ではなく、少々興味深い話ができると期待しているよ」
その一言で、空気が張り詰める。
茶会の名のもとに集められた貴族たちも、それが単なる歓談の場でないことを理解していた。
エリオットは緊張を隠しながらも、静かに拳を握る。
(ここで情報を引き出せなければ、公爵家に戻るのはますます危険になる……ヴェロニクのことをどうにかする正念場だ)
茶が注がれ、表向きは優雅な会話が交わされる。
しかし、その言葉の端々には、鋭い探り合いがあった。
沈黙を破ったのは、クラリスの夫である グラント・リヴィエール侯爵 だった。
「今更だが……我々はあの政変のことをどこまで理解しているのだろうな」
彼の言葉に、数人の貴族がわずかに顔を引き締める。
それを見逃さず、エリオットは静かに続きを促した。
「懐かしい話題を出すじゃないか、リヴィエール侯爵」
「いやいや少し気になった話を耳にしたものでね。政変の際、失脚したクレイヴンの家系……彼らがなぜ没落したのかを知っている方もいるでしょう」
「クレイヴンの家が、かつて王家と敵対する派閥に加担していたのは周知の事実だ」
そう口を開いたのは、エリオットの父 エドワード・ヴェイル侯爵 だった。
リヴィエール侯爵が茶を一口啜って、周囲を見まわした。
「しかし、あの混乱の中で生き延びた貴族たちもいる。彼らがどう動いたかを知る者は少ない。そして、どうやらそれがまた動き出したと聞いてね」
まさか、と声が上がった。
エリオットは注意深くそちらを見る。
「当時あそこには息子がいただろう。そう名前を確か──ヴェロニクと言ったか?」
ヴェイル侯爵がそう言うと、エリオットが口を開いた。
「ヴェロニク・クレイヴンであれば、当家におりますよ」
「……オルディス公爵家に……?それはどういう意図があってだ?保護をしているということか?」
ヴェイル侯爵がエリオットの方を見る。父の顔には怪訝なものが浮かんでいた。
「保護……と言えば保護ではありますね。公爵閣下の番ですから」
「番……待て、エリオット。私はそんな話を聞いていないぞ?」
あからさまにヴェイル侯爵の顔色が変わっていく。
それはそうだろう。息子の夫に愛人がいるなど気持ちがいいものではない。
いくらここが愛人や側室が許される社会だとしても、だ。
ましてやヴェイル侯爵家はオルディス公爵家に比べれば家格は劣るものの、権威はオルディスを凌ぐ家でもある。
そもそもエリオットが嫁いだのだって、今はすでに亡い前公爵とエリオットの父であるエドワードの親交があったからで、政治的なものはヴェイル侯爵にとって利はそうなかった。
加えて、ヴェイル侯爵は自身の子息を家の繁栄に使うつもりなどなかった。
つまり、愛人がいるなど知っていればはなから破談にしていた話なのだ。
アドリアンは結婚前までは実に上手くヴェロニクのことを外的には隠しており、エリオットと婚約をし結婚にまで漕ぎ着けていた。
「落ち着け、エドワード。その件については、私も妻を通して最近知った」
リヴィエール侯爵が小さく息を吐き出しながら、ヴェイル侯爵を嗜める。
しかし、ヴェイル侯爵の怒りは増すばかりだ。
(このことについてこうまで父上は怒ってくださる……となれば、やはり以前に僕が娼館へと送られた経緯なども怪しんで然るべきなのだろうな……)
あの時は家族に捨てられたものだとばかり思っていたが、父の姿を見ていると違うものだと確信できた。
「エリオット。君は妻の実家であるオルディス公爵家の正妻だ。私にも親族と言えよう。そのヴェロニクはどういう立場で公爵家にいるんだ?」
リヴィエール侯爵がエリオットを見る。
エリオットは一口、茶を啜り、息を吐く。
そうですね、と言葉を発した。
「さて……結婚式の次の日に自分が公爵閣下の本当の伴侶である、と言いにはきましたが……どうなのでしょう?」
「馬鹿な。アドリアンはそれを許しているということか?」
ヴェイル侯爵の顔が更に険しくなっていく。
エリオットは父の様子に、これは公爵家に怒鳴り込みにいきそうだな、と思いつつ肩を竦めた。
「公爵閣下には公爵閣下のお考えがあるのでしょう」
エリオットはそう言うと、もう一口茶を啜る。
そこでライナスが、いやぁ、と頭を書きながら割入った。
「アドリアンは王家の親族なわけだが……まさか公爵夫人にそんな失礼を働いていたとは……申し訳ないことをしたね」
「おやめになって下さい。王太子殿下が悪いわけでもございません。今、こうして王宮に保護してくださってるだけでありがたく思っております」
茶器を置き、エリオットがそう答えた。
「そういえば、どうして公爵夫人は王宮に……?噂だと、皇帝陛下のお召と聞きましたが」
ちょうどエリオットの向かいにいる、レティシア・ロッシュ伯爵が首を傾げる。ロッシュ伯爵は女だてらに家督を継いだ女伯爵で、ロッシュ家は政変の際に貴族派へ加担した家ではあるが、今は王家への忠誠を誓っている。
今回の件には噛んでいないようだが、敵を誘き寄せるために呼んだのだ。
「狩猟大会の際に、公爵夫人は命を狙われた。その際に私が夫人を助けた縁で、王宮の方に保護を頼んだ」
シグルドがそう述べると、一同に緊張が走る。
エリオットの父であるヴェイル侯爵は言葉を失っていた。
「それは、本当ですか……公爵夫人」
ロッシュ伯爵も驚きを隠せずに、エリオットへと問う。
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