娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

文字の大きさ
61 / 89

59、陥穽なるお茶会

しおりを挟む
王宮の格式あるサロンは、普段の社交場とは異なり、どこか緊張感が漂っていた。
豪奢なシャンデリアが天井から柔らかい光を放ち、磨き上げられた大理石の床に反射している。
しかし、その光の下で交わされる会話は、決して穏やかなものではないことを、エリオットは強く感じていた。
エリオットの視線が、茶会の参加者を一人ひとり捉える。
クラリスの夫であり、侯爵であるグラント・リヴィエール侯爵 は、冷静な表情で椅子に腰掛けていた。
彼の鋭い眼差しが、一瞬だけ向かいに座る貴族を捉えるが、すぐに視線を逸らす。
その向かいに座るのは エリオットの父、エドワード・ヴェイル侯爵。
普段は温厚な男であるが、今日の彼は違った。
険しい顔つきで、特にシグルドを見る目が鋭い。
「お前のせいで、私の息子が好奇な目に晒されているのだ」とでも言いたげだ。
いや実際に会うなり彼は隣国の皇帝といえども臆さず告げたわけだが。
シグルドは、そんなエドワードの視線を意に介さず、静かにティーカップを傾けている。
まるで、この場の全てを支配するかのように。
その隣で、ライナスが軽口を叩く。

「いやぁ、こんな豪華なメンバーが揃うとはね。こんな趣向の茶会も悪くないだろう?各々、歓談を楽しんでほしい」

彼は興味深そうに一同を見渡し、茶会の開会を宣言した。

「今日はただの茶会……ではなく、少々興味深い話ができると期待しているよ」

その一言で、空気が張り詰める。
茶会の名のもとに集められた貴族たちも、それが単なる歓談の場でないことを理解していた。
エリオットは緊張を隠しながらも、静かに拳を握る。

(ここで情報を引き出せなければ、公爵家に戻るのはますます危険になる……ヴェロニクのことをどうにかする正念場だ)

茶が注がれ、表向きは優雅な会話が交わされる。
しかし、その言葉の端々には、鋭い探り合いがあった。
沈黙を破ったのは、クラリスの夫である グラント・リヴィエール侯爵 だった。

「今更だが……我々はあの政変のことをどこまで理解しているのだろうな」

彼の言葉に、数人の貴族がわずかに顔を引き締める。
それを見逃さず、エリオットは静かに続きを促した。

「懐かしい話題を出すじゃないか、リヴィエール侯爵」
「いやいや少し気になった話を耳にしたものでね。政変の際、失脚したクレイヴンの家系……彼らがなぜ没落したのかを知っている方もいるでしょう」
「クレイヴンの家が、かつて王家と敵対する派閥に加担していたのは周知の事実だ」

そう口を開いたのは、エリオットの父 エドワード・ヴェイル侯爵 だった。
リヴィエール侯爵が茶を一口啜って、周囲を見まわした。

「しかし、あの混乱の中で生き延びた貴族たちもいる。彼らがどう動いたかを知る者は少ない。そして、どうやらそれがまた動き出したと聞いてね」

まさか、と声が上がった。
エリオットは注意深くそちらを見る。

「当時あそこには息子がいただろう。そう名前を確か──ヴェロニクと言ったか?」

ヴェイル侯爵がそう言うと、エリオットが口を開いた。

「ヴェロニク・クレイヴンであれば、当家におりますよ」
「……オルディス公爵家に……?それはどういう意図があってだ?保護をしているということか?」

ヴェイル侯爵がエリオットの方を見る。父の顔には怪訝なものが浮かんでいた。

「保護……と言えば保護ではありますね。公爵閣下の番ですから」
「番……待て、エリオット。私はそんな話を聞いていないぞ?」

あからさまにヴェイル侯爵の顔色が変わっていく。
それはそうだろう。息子の夫に愛人がいるなど気持ちがいいものではない。
いくらここが愛人や側室が許される社会だとしても、だ。
ましてやヴェイル侯爵家はオルディス公爵家に比べれば家格は劣るものの、権威はオルディスを凌ぐ家でもある。
そもそもエリオットが嫁いだのだって、今はすでに亡い前公爵とエリオットの父であるエドワードの親交があったからで、政治的なものはヴェイル侯爵にとって利はそうなかった。
加えて、ヴェイル侯爵は自身の子息を家の繁栄に使うつもりなどなかった。
つまり、愛人がいるなど知っていればはなから破談にしていた話なのだ。
アドリアンは結婚前までは実に上手くヴェロニクのことを外的には隠しており、エリオットと婚約をし結婚にまで漕ぎ着けていた。

「落ち着け、エドワード。その件については、私も妻を通して最近知った」

リヴィエール侯爵が小さく息を吐き出しながら、ヴェイル侯爵を嗜める。
しかし、ヴェイル侯爵の怒りは増すばかりだ。

(このことについてこうまで父上は怒ってくださる……となれば、やはり以前に僕が娼館へと送られた経緯なども怪しんで然るべきなのだろうな……)

あの時は家族に捨てられたものだとばかり思っていたが、父の姿を見ていると違うものだと確信できた。

「エリオット。君は妻の実家であるオルディス公爵家の正妻だ。私にも親族と言えよう。そのヴェロニクはどういう立場で公爵家にいるんだ?」

リヴィエール侯爵がエリオットを見る。
エリオットは一口、茶を啜り、息を吐く。
そうですね、と言葉を発した。

「さて……結婚式の次の日に自分が公爵閣下の本当の伴侶である、と言いにはきましたが……どうなのでしょう?」
「馬鹿な。アドリアンはそれを許しているということか?」

ヴェイル侯爵の顔が更に険しくなっていく。
エリオットは父の様子に、これは公爵家に怒鳴り込みにいきそうだな、と思いつつ肩を竦めた。

「公爵閣下には公爵閣下のお考えがあるのでしょう」

エリオットはそう言うと、もう一口茶を啜る。
そこでライナスが、いやぁ、と頭を書きながら割入った。

「アドリアンは王家の親族なわけだが……まさか公爵夫人にそんな失礼を働いていたとは……申し訳ないことをしたね」
「おやめになって下さい。王太子殿下が悪いわけでもございません。今、こうして王宮に保護してくださってるだけでありがたく思っております」

茶器を置き、エリオットがそう答えた。

「そういえば、どうして公爵夫人は王宮に……?噂だと、皇帝陛下のお召と聞きましたが」

ちょうどエリオットの向かいにいる、レティシア・ロッシュ伯爵が首を傾げる。ロッシュ伯爵は女だてらに家督を継いだ女伯爵で、ロッシュ家は政変の際に貴族派へ加担した家ではあるが、今は王家への忠誠を誓っている。
今回の件には噛んでいないようだが、敵を誘き寄せるために呼んだのだ。

「狩猟大会の際に、公爵夫人は命を狙われた。その際に私が夫人を助けた縁で、王宮の方に保護を頼んだ」

シグルドがそう述べると、一同に緊張が走る。
エリオットの父であるヴェイル侯爵は言葉を失っていた。

「それは、本当ですか……公爵夫人」

ロッシュ伯爵も驚きを隠せずに、エリオットへと問う。

「ええ。あの日、私は──命を落とす寸前で、皇帝陛下に救われたのです」



//////////////////////////////
次の更新→3/3 PM0:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
///////////////////////////////
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

釣った魚、逃した魚

円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。 王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。 王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。 護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。 騎士×神子  攻目線 一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。 どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。 ムーンライト様でもアップしています。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

処理中です...