娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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60、ヴェイル侯爵の怒りと、ヴェロニクの執着の理由

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エリオットが静かに告げると、ヴェイル侯爵は手元のティーカップを置き、低く息を吐いた。
その眼光が、鋭くエリオットへと向けられる。

「……エリオット。なぜ、そんなことになるまで私に知らせなかった」
「……」

エリオットは答えに詰まった。
実の父親から向けられる怒りは、まるで刃のように鋭く、心の奥に突き刺さる。

「公爵夫人としての責務があったのはわかる。だが、命を狙われるほどの危険な状況に置かれていたのなら、なぜヴェイル侯爵家へ戻ろうとしなかった?」
「……僕が、守らなければならなかったからです」

ヴェイル侯爵が眉をひそめる。

「守る?誰を?」
「公爵家の使用人たちです」

エリオットは真っ直ぐに父を見つめた。

「彼らは、僕の知らないところで、ヴェロニクによって立場を脅かされ、冷遇されていました。ヴェロニクが公爵家を私物化しようとしていたのは明らかでした……だからこそ、僕がそこに留まり、彼らを守る必要があったのです」

ヴェイル侯爵は、しばらく沈黙した後、強く舌打ちした。

「……バカ者が」

その言葉に、エリオットは息を呑んだ。

「私の息子が、命の危険を冒してまでそんなことをしていたとは……」

ヴェイル侯爵は眉間に深く皺を寄せる。

「貴族の責務というのは確かにある。しかし、エリオット、貴族である前に……お前は私の息子だ」

静かながらも力強い言葉だった。
その声音には怒りよりも、深い悲しみが滲んでいた。

「死ぬことだけは絶対に許さない。お前がどんな決断をしようともな」

エリオットは、父の言葉に胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
だが、今は感傷に浸る時ではない。

「……ありがとうございます、父上」

深く頭を下げると、ヴェイル侯爵は何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに目を伏せた。

そんなやり取りを静かに見ていたリヴィエール侯爵が、ふと口を開いた。

「それにしても、公爵夫人……いや、エリオット。ヴェロニクがなぜそこまでして公爵家に執着しているのか、お前は考えたことがあるか?」

エリオットは、リヴィエール侯爵の問いに眉を寄せる。

「嫉妬……それがすべてではないかと考えていましたが」
「確かに、お前が公爵夫人という立場である以上、嫉妬はあるだろう。だが、それだけでは説明がつかないことが多すぎる」

リヴィエール侯爵は手元の茶器に目を落とす。

「ヴェロニク・クレイヴンの家は、かつて王家と敵対していた貴族派に属していた。そして政変で没落した……が、その中で生き延びた貴族たちがいることは、すでに君たちも知っているだろう。ロッシュ伯爵、貴女のところもそうだな?」

ロッシュ伯爵はゆっくりと頷く。
彼女はリヴィエール侯爵の言葉に気を悪くした様子はない。

「仰る通りです。当家も当時は──父の代までは貴族派でした。私にとってあの政変は好機でしたけれどね」
「好機……?」

エリオットが言葉を繰り返すと、ロッシュ伯爵は悪戯っぽく笑う。

「ええ。父から家を掠め取るための、です。私は父の愚考が家を滅ぼしかねないと思ってましたから。実際に、そうなりかけたのですからね。さて、公爵夫人?リヴィエール侯爵の問いをもう一度私が貴方に聞きましょう。ヴェロニク・クレイヴンはどうしてオルディス公爵家に執着するのでしょうね?」

場の空気が張り詰める。
エリオットは、以前王宮の書庫で見つけた記録を思い出した。
ヴェロニクの家系は、政変の際に粛清された貴族の一派だったが、一部はうまく立ち回り、生き延びていた。

「……公爵家の掌握──それに伴った自家の再興でしょうか」

ロッシュ伯爵はにっこりと笑って頷いた。

「けれど、恐らくそれだけではないでしょうね。いかがですか?公爵夫人」

正解ではあるが、まだ足りない。
彼女の顔は微笑みつつそう物語っていた。

「……再度の、政変、でしょうか」

エリオットがそう告げると、ロッシュ伯爵は扇を開き今度こそ満足げに頷く。

「ふふ。あなたがオルディス公爵家当主を担ったほうが良さそうですね。エドワード様は良いご子息を持たれましたこと」

なんとも賛同しにくい誉め言葉にエリオットは困ったように笑んだ。
しかし、それならば──、と思う。

「そうであれば……ヴェロニクは、その生き残った貴族派閥と繋がっている可能性がある、ということではないでしょうか?」

エリオットが推測を口にすると、リヴィエール侯爵はゆっくりと頷いた。

「可能性は高いな。そして、その背後にいる者たちが、再び動き出している。そうでないと易々と公爵夫人を狙うまい」
「……!」

エリオットは思わず息を呑んだ。

「しかし、それはただの推測に過ぎません」

ロッシュ伯爵が慎重に言葉を挟んだ。

「現状では確かな証拠がない以上、軽々しくは断言することはできないでしょうね。ここで私たちが騒いでも逆に足を取られかねない」
「確かにそうだ。これはあくまで推測で憶測にすぎない」

リヴィエール侯爵は頷きつつも、目を細める。

「だがな……」

彼は視線をテーブルの端に座る一人の貴族に向けた。

「君は、どう思うかね?」

その問いに、名指しされた貴族——モーリス・ヴァルフォード伯爵は、ピクリと肩を震わせた。

「……リヴィエール侯爵。突然、私に振られても困りますな」

彼は余裕を装うように薄く笑うが、その指先は微かに震えていた。

(……この人、今……?)

エリオットは瞬時に悟る。
ヴァルフォード伯爵は、ロッシュ伯爵家と同様に王家に忠誠を誓っている貴族の一人だ。
そして、彼の家系もかつて政変で失脚した貴族派に属していた。

(彼は何か知っている……もしくは、関与している?いや、早計か……?)

エリオットが次の言葉を探していると、不意にシグルドが口を開いた。

「ヴァルフォード伯爵」

低く、静かな声だった。
だが、それだけで空気が一変する。

「君の家は、かつて貴族派として活動していたはずだ。そして今もなお、かつての仲間と繋がりを持っているのではないか?」
「……っ」

ヴァルフォード伯爵の顔色が僅かに青ざめる。

「……私が、ですか?そんな証拠はどこにもないでしょう」
「証拠がなければ、何も言えないと?」

シグルドはゆっくりとティーカップを置いた。

「では、その証拠を、こちらで探させてもらうとしよう」
「……!」

ヴァルフォード伯爵の顔色が、みるみるうちに変わる。

(これは……間違いなく、何かある)

エリオットは、確信した。
ヴェロニクの背後にいるのは、やはり政変を生き延びた貴族派閥。
そして、その中の一部は、今もなお王家への反逆の機会を窺っている——。
今回その頂点に立つのは恐らくヴェロニク。
とは言っても、彼がブレーンではない。それは別にいるはずだ。
彼らは現王家を廃し、オルディス公爵家を要にして行く気なのだろう。
現状で言えば、王族に最も近いのはアドリアンだ。
本人にその気があるのかどうかは兎も角として、血筋的にも擁するにはうってつけの存在。
茶会は、すでに優雅な社交の場ではなくなっていた。
ライナスが、静かに笑みを深める。

「これは……面白くなってきたね」

エリオットは、震える指をギュッと握りしめた。

(もう少し……あと少しで、真相に辿り着ける)
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