娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

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61、ヴィクトール・クラウス

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「ほう、皇帝陛下の尋問は手厳しい。ですが、証拠もないままに伯爵を追い詰めるのは、少々乱暴ではありませんか?」

そのとき、静かに割って入ったのは、ヴィクトール・クラウス侯爵だった。
柔らかい声音だが、その言葉には確かな圧が込められていた。場に漂う緊張感が増す。
長い歴史を誇る侯爵家の当主であり、貴族社会の駆け引きを熟知した老練な政治家。
その彼が、まるで愉しむかのように微笑んだ。
エリオットは無意識に指を組み、慎重に言葉を選ぶ。

「確かに、まだ証拠はありません。しかし、状況証拠としては十分に疑わしい。何より、ヴェロニクの背後に誰かがいることは確実だと私は思っています。今の彼に、それほどの力は残っていないと思われますから」
「ふむ、そしてその協力者がヴァルフォード伯爵であると?」

クラウス侯爵が指先でテーブルを軽く叩く。その表情は冷静そのもので簡単には隙を見せない。
エリオットは喉を鳴らした。
ヴェロニクが怪しいのは確かだ。
しかしエリオットの言葉は理論上は正しいものの、彼の経験不足が、この場の駆け引きにおいて露呈しつつある。

(このままでは……)

「はは、『証拠はないが疑わしい』……確かに夫人の言葉は曖昧ではある。けれど、侯爵もご存じなように貴族社会では、そうした曖昧な情報が時に鍵になりますからね」

王太子ライナスが軽やかに笑いながら口を挟んだ。だが、その目は冴えた光を宿している。

「でしょう?クラウス侯爵。貴族社会において『疑わしい』というのは、それだけで価値のある情報だ。少なくとも、陛下に報告するには十分な理由になりますよ」

シグルドも、静かに視線を向けた。

「陛下がどう判断されるか、興味深いな」

その低い声が放たれると、ヴァルフォード伯爵はわずかに肩を震わせた。だが、クラウス侯爵は口元にわずかな笑みを浮かべ、指先でカップの縁をなぞった。

「なるほど。では、こちらからもひとつ提案を」

エリオットを真っ直ぐに見据える。

「公爵夫人。あなたは『公爵家の掌握』がヴェロニクの目的だと仰いましたね?」
「……はい」
「だとすれば、あなたにとって一番重要なのは何でしょうか?」

エリオットは息を飲む。即座に答えようとしたが、言葉が出ない。

「それは……」
「公爵家の影響力を守ることか?あるいは、あなた自身の立場か?」

巧妙な問いかけだった。
エリオットが何かを選べば、その言葉を武器にされる。

「——どちらも、です。公爵家のそのものを」

ようやく、そう答えると、クラウス侯爵は目を細めた。

「ならば、ひとつ問わせていただきましょう。あなたが本当にヴェロニクを追い詰めたいのなら、『証拠』ではなく『影響力』を握る覚悟はありますか?」
「影響力……?」
「ええ。証拠は後からでも手に入ります。しかし、今あなたに必要なのは、貴族社会における『発言力』です。あなたは若く、経験も浅い。だが、公爵夫人としての権威を確立すれば、たとえ証拠がなくとも、ヴェロニクを封じ込めることは可能でしょう」

エリオットは目を見開いた。

(そうか……僕は、『証拠を集めること』ばかりに気を取られていた。でも、実際の政治の場では、『力』のほうが優先されることもある……)

「……大変勉強になります」

そう素直に告げると、クラウス侯爵は「なかなか素直な青年ではないか」と微笑した。

「さて、公爵夫人。あなたがどう動くか、見せてもらいましょう」

その挑発めいた言葉に、エリオットは深く息を吸い込んだ。

「……はい。必ず、ヴェロニクの野望を阻止してみせます。ひいては貴族派の」

決意の籠もったその声に、シグルドと王太子ライナスがわずかに微笑を浮かべる。
しかし、すぐにクラウス侯爵は続けた。

「それは結構。しかし、皇帝陛下——陛下のご実力は重々承知しておりますが、これはあくまでアルヴィオン王国の問題だ。他国の干渉は慎むべきではないかと存じますが?」

クラウス侯爵がシグルドへ向ける視線には、あからさまな牽制が込められていた。

「へぇ……つまり、シグルドが動くと不都合がある、と?」

王太子ライナスが、わざと面白がるように肩をすくめる。その軽妙な口調の裏には、明らかな揺さぶりが込められていた。
クラウス侯爵はわずかに表情を崩したが、すぐに冷静さを取り戻し、ゆっくりとカップを手に取った。

「……ふむ。では、仮に皇帝陛下が介入されたとして、それが帝国にとって利益となるとお考えですか?」
「利益?」

シグルドは微かに笑みを浮かべ、カップを置く。

「私に利益があるとすれば、そこの王太子に恩を売ることぐらいか?」
「いやー怖いな。トラヴィス帝国の恩か……何をさせられるやら?」

ライナスが茶を一口啜りながら、楽しげに笑う。
無邪気に肩をすくめ、ゆったりとした動作でカップを置いた。

「けれどもね、クラウス侯爵」

そのままクラウスの方を見ながら目を細めた。

「侯爵殿はさも国のためのように話しているが……どうにも陛下の介入を嫌がっているように見えるのは、私の気のせいかな?」

クラウス侯爵の指先が、一瞬だけカップの縁をなぞる。

「……王国の安定を第一に考えているまでのことです。それとも、王太子殿下はそれ以外の意図があるとお考えですか?」
「立派な心構えだね、侯爵殿。しかし──」

ライナスは目を細め、意味ありげにシグルドを見た。

「それを決めるのは私でも、侯爵殿でもなく、結局はこの国の王──父王陛下ではないかな?皇帝陛下が邪魔だと思えばすぐに追い返すぐらい、我が父上はなさるだろう。何せ、政変の粛清をしたのは誰でもない、我が父上だからねぇ」

シグルドは静かにカップを置く。

「内政干渉をするな、という気持ちは分からなくもないが、私にはライナスと言う監視者もいる。憂国の侯爵の杞憂というものだ」

そう言い切るシグルドの声に、クラウス侯爵は何か言いかけたが、そのとき——シグルドがゆっくりと視線を向けた。
ただ、それだけで——空気が張り詰める。
クラウス侯爵の唇がわずかに動いたが、言葉にはならなかった。



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