娼館で死んだΩ、竜帝に溺愛される未来に書き換えます

めがねあざらし

文字の大きさ
64 / 89

62、茶会の後

しおりを挟む
茶会は波乱含みのまま終わった。
あの後は特に情報と言う情報が出ることはなかった。
エリオットはライナス、シグルドと共に王宮の一室へ移動する。
豪奢な調度品が並ぶ部屋だが、華やかさよりも静かな緊張感が漂っていた。
ライナスは長椅子にどっかりと腰を下ろし、片手で額をこする。

「いやぁ、思った以上に濃いお茶会だったね」
「……そうですね」

エリオットは窓際に立ち、外を見つめる。
落ち着いてはいるが、その表情には警戒心が見え隠れしていた。

「問題は、ここからですよ」

低く呟くと、ライナスがニヤリと笑う。

「だろうね。もし今の話がヴェロニクの耳に入れば、間違いなく宮廷内に内通者がいるってことになる」
「そして、それを最も疑われるのは……ヴァルフォード伯爵とクラウス侯爵、ですね」

エリオットが振り返りながら言うと、シグルドが腕を組みながら無表情に頷いた。

「ヴァルフォード伯爵は見ての通り、動揺しやすい。だが、クラウス侯爵は違う。彼は老獪な政治家だ」
「そうですね……彼は、陛下の関与を避けようとしているように感じました」
「ふむ」

シグルドは考え込むように顎に手を当てた。

「クラウスが本当に貴族派の代表として動いているのなら、ヴェロニクと接触する可能性は高い。だが、彼が純粋に国の安定を考えているだけなら……むしろ、ヴェロニクを利用する形で動くかもしれん。まあ、私の介入を嫌がるのは純粋な愛国心故かもしれないが」
「どちらにせよ、動向を見極める必要がありますね」

エリオットがそう言うと、シグルドは短く頷いた。

「ヴァルフォード伯爵の監視は、私の部下にやらせる。宮廷内の動きも含めて、確実に内通者を炙り出すつもりだ」

エリオットは目を見開き、迷わず言った。

「僕も協力させてください」
「……何?」

シグルドの金色の瞳が鋭く細められる。

「僕にはまだ動かせる人間ほとんどがいません。でも、だからこそ、何かあったときは直接目で確かめたいんです。クラウス侯爵はこういうことも分かっているんでしょうね。そこはやはり流石というべきでしょうか」

シグルドはしばし沈黙する。

「わかった。下手に一人で動かれるよりはそう言ってもらえた方がこちらも助かる——ただし、深入りはするな。敵が何者か分からない以上、君の身を危険に晒すわけにはいかん」

エリオットはその言葉に一瞬口をつぐむが、やがて小さく頷いた。

「分かりました」

そのやり取りを聞いていたライナスが、楽しげに肩をすくめる。

「まったく、君たちは相変わらずだねぇ」

エリオットは眉をひそめる。

「相変わらずとは?」
「んー?」

ライナスは顎に手を当て、わざとらしく考える素振りを見せる。

「一見、冷静そうに見えて、実はお互いのことを気にしすぎてるところとか? いやぁ、見ていて飽きないね」
「……そんなことは」

エリオットが反論しようとしたところで、ライナスは肩をすくめ、シグルドの方を向いた。

「なぁ、陛下? 陛下こそ、公爵夫人に甘すぎると思うけど?」

シグルドは無表情のままライナスを一瞥する。

「私がどうしようと、お前には関係ない」
「ほらね、そういうとこ。君たちは本当に相変わらずだ」

ライナスは呆れたように笑い、椅子の背にもたれかかる。

「まぁ、いいさ。お互いに気にしすぎるのも、関係性が深い証拠ってやつだし?」
「……からかわないでください」

エリオットがため息混じりに言うと、ライナスはさらに楽しそうに笑う。

「いやいや、これは純粋な観察の結果だよ。ま、ほどほどにね。君たちが喧嘩し始めたら、僕が仲裁しなきゃならないんだから」
「喧嘩なんて……」

エリオットが言いかけると、シグルドが短く言い放つ。

「しない」

ライナスはニヤリと笑い、改めて肩をすくめた。

「はは!いいね、テンポもあってるようだ。まぁ、相変わらずって言葉の意味、そろそろ納得した?」
「……」

エリオットは黙っていたが、ライナスの愉快そうな視線から逃れるようにそっと目を逸らした。



 数時間後。

「はいはーいヴァルフォード伯爵が、屋敷を出たそうです」

王宮の一室で、レオンが軽い口調で報告を持ってきた。
しかし、その目は鋭く警戒を帯びている。

「どこへ向かったのですか?」
「公爵家です」

エリオットの目が鋭くなる。

「……ヴェロニクに?」
「まだ確定ではありませんが、今のタイミングで公爵家を訪れるのは、どう考えても怪しいですね」

ライナスが微笑しながら肘をついた。

「ほうほう、これは面白くなってきたねぇ」
「レオン、可能ならば中の様子を探れますか?」

レオンは軽く肩をすくめた。

「もちろん。それと、クラウス侯爵も気になりますね」
「彼も動きを見せましたか?」
「ええ。何やら、別の貴族たちと密かに接触しているようです。詳細はまだ掴めていませんが、彼が単独で動くとは思えません」

エリオットは腕を組み、深く考え込んだ。

(ヴェロニクとヴァルフォード伯爵、そしてクラウス侯爵……彼らは繋がっているのだろうとは思うけれど……)

「……レオン、ヴァルフォード伯爵の動きを引き続き監視してください」
「了解」
「ライナス殿下、クラウス侯爵の動きは……」
「僕の方で抑えておくよ。ちょっと彼に小言でも言いに行こうかねぇ」

軽やかに笑うライナスだったが、その瞳の奥は冷え冷えとしていた。

「……では、僕は公爵家に戻る準備をします」

エリオットがそう告げると、シグルドが眉をひそめる。

「本気か?」
「ええ。これ以上、王宮にいても状況は変わりません。公爵家に戻れば、直接証拠を掴めるかもしれません。僕は協力をしたい、とさっきも言いましたよ」

シグルドは短く息を吐き、鋭い視線を向ける。

「それは、君が囮になるということだ」
「……違います。交渉です」

シグルドはしばらく沈黙する。

「頑固だな……好きにしろ。ただし、レオンが全力で君を守る。それが条件だ」
「おやおや、陛下、私をこんな無茶ぶりに巻き込むとは酷いですねぇ」

レオンが軽く肩をすくめる。

「まぁ……公爵夫人が何をしでかすか、近くで見張っておくのも面白いですけど」
「ありがとう、レオン」
「いえいえ、ご丁寧に。でも、覚えておいてくださいね?」

レオンは短剣をくるりと回しながら、ニヤリと笑う。

「何かあれば、私が全力で公爵夫人を連れ戻しますので」
「その時は、よろしく頼むよ」

エリオットも微笑んだ。



エリオットは静かに扉をノックした。

「陛下、失礼します」

許可を得て中に入ると、シグルドはソファに腰を下ろし、書類に目を通していた。
普段の執務机ではなく、少し寛いだ姿勢でいるのが珍しい。

「出発前に、ご挨拶をと思いまして」

そう告げると、シグルドは手元の書類を置き、ゆっくりと顔を上げた。
金色の瞳が、じっとエリオットを捉える。

「……そうか」

低く響く声。
エリオットはゆっくりとシグルドの近くまで歩み寄った。

「本当に、行くつもりなのか」
「はい」

エリオットがそう答えた瞬間、シグルドの腕が伸びる。
驚く間もなく、腰を引き寄せられ、気づけばシグルドの膝の上に抱え込まれていた。

「……っ、陛下?」

シグルドは座ったまま、しっかりとエリオットを抱きしめる。
その腕は決して強引ではないが、逃がす気はないという確かな意志を感じさせた。

「絶対に危ないことはするな」

静かだが、低く押し殺したような声。
それがどれほど本気の言葉なのか、エリオットには分かってしまった。

「……分かっています」

そう応えながらも、シグルドの腕は緩まない。
むしろ、ますます力が込められているように思えた。

「……もし、無事に戻ったら」

シグルドの声が、すぐ耳元で囁かれる。

「君をもう二度と手放さない。その為に動いてきた」

エリオットは、息を飲んだ。

(……どういう、意味……?)

シグルドの手が、そっとエリオットの背に添えられる。
心臓がうるさく鳴る。

「……陛下」

少しでも距離を取ろうと身じろぐが、腕の中の温もりが離れることはない。

「君の中にも色々と譲れないものがあるのは分かる」

シグルドの低い声が続く。

「だが——」

そこで、一瞬言葉が途切れる。
まるで、何かを堪えるように。
エリオットは、シグルドの胸元に手を添えた。

「……僕は、探さなければならない人がいます」
「……」

シグルドが僅かに身を固くするのが伝わった。

「以前、僕はその人と出会いました。でも、顔も名前も分からないんです。おかしな話だと思うでしょう。ただ……」

エリオットは、少しだけ視線を伏せる。

「その人は、『僕』を愛してくれていました」

(たとえ名前も、顔も話からなくても。最後に、僕を愛してくれた人だった。ああ、それでもこの強引な人に惹かれている自分が確かに居る……)

「だから、その人を探したいのです」

シグルドの腕がわずかに緩む。
エリオットは、ようやく顔を上げた。

「……分かっています。そんな曖昧な話をされても、困りますよね」

乾いた笑みを浮かべながらそう言うと、シグルドの表情がわずかに陰る。

「それは——」

瞠目する金色の瞳。
エリオットは、シグルドの腕から抜け出すようにそっと身を引いた。

「……では、行ってきます」

シグルドは、何かを言いかけたようだった。
だが、結局その言葉は飲み込まれたまま、沈黙が落ちる。
静かに部屋を後にするエリオットの背中を、シグルドはただ見つめていた——。



//////////////////////////////
次の更新→3/4 PM10:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
///////////////////////////////
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

処理中です...