社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし

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第2章

36

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小屋の中に、焦げた金属のような血の匂いが漂う。
頬を伝う温かい液体の感触を意識しながらも、俺はアランから目を逸らさなかった。

「……随分と楽しそうだな」

皮肉を込めて呟くと、アランは短剣を指で弄びながら微笑んだ。

「楽しんでいるよ。だって、もうすぐこの茶番が終わるんだからね」

言葉とは裏腹に、その声には焦心が隠せない。
外からの音に、既にレイがすぐそこまで近づいているのが分かっているのだろう。
アランは俺の襟元を掴み、ぐいっと引き寄せた。

「君がどう足掻いても、僕は負けない」
「……それはどうだろうな。もう、詰みなんじゃねぇの?」

俺がせせら笑ったその瞬間——

——バンッ!!!

小屋の扉が衝撃音と共に吹き飛んだ。

「……っ!」

眩しい光が差し込む中、黒い影が揺れる。──レイだ。
背中に光を背負ったその姿は俺が愛した騎士そのものだ。

「……手を離せ」

レイの低い声が響く。
静かに、けれど確実に怒りを滲ませたその声に、アランが一瞬だけ動きを止めた。

「……やっと来たか」

短剣を手にしたまま、アランはゆっくりと振り返る。

「ずいぶんと遅かったね、レイ。もう少し遅かったら、君の“鍵”は僕のものになっていたかもしれないよ?」
「その手を、今すぐ離せと言っている」

レイは剣を抜き、構えを取る。
小屋の中には緊迫した空気が張り詰めた。

「ふっ……いいねぇ、その顔」

アランは笑みを浮かべながら、俺の髪を掴んだまま短剣の刃を俺の喉元に当てる。

「さて、どうする?君が無闇に動けば、この刃は躊躇なく君の“鍵”を貫くけど?」
「……卑怯な真似をするな」

レイの声が低く、冷たい。

「卑怯?ふふ、それは勝者が決めることだろう?」

アランが不敵に笑った瞬間——

バシュッ!

空を切るような音がしたと思うと、アランの手から短剣が弾かれた。
それは音を立てて床に転がっている。

「なっ……!?」

アランが驚愕の表情を浮かべる。
俺もその方向を見て、息を呑んだ。

「——間一髪でしたね」

入り口の影から、弓を引いたままの女性が現れた。
その顔は良く見知った──エミリーの顔だ。
弦を引き絞ったまま、鋭い眼差しでアランを睨みつけていた。

「奥様、お待たせいたしました」
「……チッ」

アランが舌打ちし、俺を強く押しのける。
反動で俺の身体が椅子ごと傾き、床に倒れ込んだ。
衝撃が身体に走り、息を飲む。

「カイル!」

レイが駆け寄り、俺の体を支える。
その腕の中で、俺は荒い息を吐いた。

「……遅い……」
「すまない」

レイが静かに囁く。

「……嘘だよ……間に合ったよ、レイ」

その言葉に、俺は力なく笑った。

「……ああ、ギリギリな……」

レイが優しく俺の頬を撫でる。
手際よく俺の身体に巻き付いてる縄を切り裂いて、俺を抱いた。

「大丈夫か?」
「……なんとかな」

俺がそう答えると、レイの目が鋭くアランに向けられた。

「アラン、お前の計画は終わりだ」

アランは肩をすくめ、まだ余裕の表情を浮かべている。

「さて、どうだろうね?」

そう言った次の瞬間——

バシュンッ!

エミリーの矢が今度はアランの足元を射抜いた。

忌々しげに舌打ちしながら、アランがゆっくりと後ずさる。
だが、その視線は床に落ちた短剣へと向けられていた。

(……まずい)

俺がそれに気づいた瞬間、アランの指先が微かに動いた。
このまま短剣を拾われれば——

ガンッ!

——しかし、その機会は与えられなかった。
金属音と共に、短剣が大きく弾かれる。
アランの手よりも速く、レイの鋼鉄のような足がそれを蹴り飛ばしたのだ。
短剣は無情にも床を滑り、部屋の隅へと転がっていく。

「……動くな」

レイの低く冷たい声が、小屋の中に響く。
彼の剣先が、迷いなくアランの喉元へと向けられていた。
アランは睨みつけるようにレイを見上げるが、今度ばかりは何の言い訳も思い浮かばなかったのか、ただ歯を噛みしめて悔しげに口を閉ざす。

これで……終わった……。

張り詰めていた緊張が、一気に解ける。
俺の体から、急激に力が抜けた。
——いや、抜けるどころか。

「……っ」

途端に、全身にのしかかる鈍い倦怠感。
視界がぐらりと揺れる。喉がひどく渇き、息が浅くなった。

「カイル?」

レイの声が聞こえるが、うまく反応できない。
さっきまで気を張っていたから耐えていたのか、それとも……
まずい……な、これ……。
膝が崩れ、身体が前へ倒れるそうになった、その時。

「……無理をするな」

俺の身体が、しっかりとレイの腕に抱き留められる。
その腕の温かさに、どっと安心感が押し寄せた。

「……ごめ……」
「……!奥様!」

言葉が最後まで出る前に、俺の意識は、ゆっくりと失われていく。
でも、不思議と怖くはなかった。
だって、俺はレイの腕の中にいるのだから。
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