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2、竜の都、そして皇妃の部屋
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帝都トラヴィスは、アルヴィオンとはまるで異なる空気を纏っていた。
整然とした石畳の道に、鉄を打つ音。白く輝く尖塔の数々。
街の至る所に刻まれた紋章と、空を舞う竜たちが、この国の“力”の象徴だった。
エリオットを乗せた馬車が城門をくぐると、人々の視線が一斉に集まった。
けれどそれは敵意ではない。ただ、彼を“見定めようとする目”だ。
(……歓迎ではないけど、拒絶でもない)
この国の人々にとって、“異国の皇妃”とはまだ未知の存在なのだろう。
その視線の中で、エリオットはひとつ深く息をつく。
城内の回廊は広く、無駄のない設計をしていた。
けれど一歩ごとに、背筋が伸びるような緊張感がある。
案内されたのは、皇妃専用の私室だった。
天井は高く、窓は大きく、調度品は洗練されている。けれど豪奢すぎないのがかえって落ち着かせた。
「……ここが、僕の部屋……」
ふと、窓から差し込む陽光が、部屋の奥を照らした。
その一角に、小さな書き物机と、棚に並べられた書物は自分好みのものばかり。
「……これ、誰が……?」
おそらくは、シグルドだろう。
エリオットが何を必要とするか、事前に察していたのだ。
(……そういうところ、本当にずるい)
自然と笑みがこぼれそうになるのを堪えながら、部屋を一通り見回した。
「お気に召しましたか?」
背後からかけられた声に、エリオットが振り返ると、そこにいたのはリディアだった。
旅の間、ずっと同行していた彼女は、すでに侍女として完璧に立ち回っている。
「うん……思ったより、ずっと落ち着けそうな部屋だったから」
エリオットの素直な言葉に、リディアは微笑んだ。
「陛下は道中、こっそりとエリオット様の好みを私に確かめに来られたんですよ。何度も」
その言葉に、心がほんのり温まる。
エリオットは何かを返そうとして——やめた。
(……ここに来たのは、愛されるためじゃない)
愛している。そう思っている。それでも、ここは“政治の中心”なのだ。
「……ありがとう。着替えを頼める?」
「かしこまりました」
リディアが控室へ下がると、エリオットは静かに窓辺に立った。
外では衛兵たちが、交代の号令をかけている。
(“ここ”で、僕は……どう立つべきか)
皇妃という立場。シグルドの“隣”という重さ。
そして、夢の中の男の影が、じわじわと胸を締め付けてくる。
(なぜ、あんな夢を……)
手を伸ばしてみても、その記憶はぼやけたまま。
けれど、その声と、指先の感触だけはやけに鮮明だった。
“生きているなら、それでいい”
その言葉は、まるで祝福のように、そして呪いのように響いている。
エリオットが小さく息を吐くと、背後で扉が静かに開く音がした。
「気に入ったか?」
その声に、エリオットが振り返ると、シグルドがそこに立っていた。
旅装を解いたばかりのようで、襟元は少し緩められ、肩には薄い外套がかかっている。
「……ええ。思ったより、ずっと落ち着けそうです」
エリオットがそう答えると、シグルドはわずかに笑った。
「それは良かった。何度も馬を走らせた甲斐もある」
「……どうしてそこまで?」
「当然だろう。君はここで暮らすんだ。私が最も整えたいと思った場所だからな」
(……本当に、そういうところ、ずるい)
シグルドは室内を軽く見回すと、窓辺へと歩み寄った。
「この部屋の構造も、君のために調整した。ほら、こちらの扉の奥が、私の私室だ。さらにその奥に、私の寝室がある」
「……えっ」
エリオットが目を瞬かせると、シグルドはごく自然に言い添えた。
「君の寝室、私室、支度部屋。それらの並びのすぐ隣に、私の私室を置いた。何かあれば、すぐ来られるように」
(……それって……つまり)
防犯という意味では合理的ではないかもしれない。
だが、シグルドにとってそれは“安全”よりも“距離”の問題だった。
「……ずるいです、それ」
そう小さく呟くと、シグルドはエリオットの髪を軽く撫でた。
「ずるくていい。君がここで怯えずに眠れるのなら、それが何よりだ」
エリオットは言葉に詰まりながらも、その手の温もりを拒むことはなかった。
——この場所は、始まりの地ではない。
でもきっと、ここから始まる。
そう思わせてくれるだけの、静かな力があった。
整然とした石畳の道に、鉄を打つ音。白く輝く尖塔の数々。
街の至る所に刻まれた紋章と、空を舞う竜たちが、この国の“力”の象徴だった。
エリオットを乗せた馬車が城門をくぐると、人々の視線が一斉に集まった。
けれどそれは敵意ではない。ただ、彼を“見定めようとする目”だ。
(……歓迎ではないけど、拒絶でもない)
この国の人々にとって、“異国の皇妃”とはまだ未知の存在なのだろう。
その視線の中で、エリオットはひとつ深く息をつく。
城内の回廊は広く、無駄のない設計をしていた。
けれど一歩ごとに、背筋が伸びるような緊張感がある。
案内されたのは、皇妃専用の私室だった。
天井は高く、窓は大きく、調度品は洗練されている。けれど豪奢すぎないのがかえって落ち着かせた。
「……ここが、僕の部屋……」
ふと、窓から差し込む陽光が、部屋の奥を照らした。
その一角に、小さな書き物机と、棚に並べられた書物は自分好みのものばかり。
「……これ、誰が……?」
おそらくは、シグルドだろう。
エリオットが何を必要とするか、事前に察していたのだ。
(……そういうところ、本当にずるい)
自然と笑みがこぼれそうになるのを堪えながら、部屋を一通り見回した。
「お気に召しましたか?」
背後からかけられた声に、エリオットが振り返ると、そこにいたのはリディアだった。
旅の間、ずっと同行していた彼女は、すでに侍女として完璧に立ち回っている。
「うん……思ったより、ずっと落ち着けそうな部屋だったから」
エリオットの素直な言葉に、リディアは微笑んだ。
「陛下は道中、こっそりとエリオット様の好みを私に確かめに来られたんですよ。何度も」
その言葉に、心がほんのり温まる。
エリオットは何かを返そうとして——やめた。
(……ここに来たのは、愛されるためじゃない)
愛している。そう思っている。それでも、ここは“政治の中心”なのだ。
「……ありがとう。着替えを頼める?」
「かしこまりました」
リディアが控室へ下がると、エリオットは静かに窓辺に立った。
外では衛兵たちが、交代の号令をかけている。
(“ここ”で、僕は……どう立つべきか)
皇妃という立場。シグルドの“隣”という重さ。
そして、夢の中の男の影が、じわじわと胸を締め付けてくる。
(なぜ、あんな夢を……)
手を伸ばしてみても、その記憶はぼやけたまま。
けれど、その声と、指先の感触だけはやけに鮮明だった。
“生きているなら、それでいい”
その言葉は、まるで祝福のように、そして呪いのように響いている。
エリオットが小さく息を吐くと、背後で扉が静かに開く音がした。
「気に入ったか?」
その声に、エリオットが振り返ると、シグルドがそこに立っていた。
旅装を解いたばかりのようで、襟元は少し緩められ、肩には薄い外套がかかっている。
「……ええ。思ったより、ずっと落ち着けそうです」
エリオットがそう答えると、シグルドはわずかに笑った。
「それは良かった。何度も馬を走らせた甲斐もある」
「……どうしてそこまで?」
「当然だろう。君はここで暮らすんだ。私が最も整えたいと思った場所だからな」
(……本当に、そういうところ、ずるい)
シグルドは室内を軽く見回すと、窓辺へと歩み寄った。
「この部屋の構造も、君のために調整した。ほら、こちらの扉の奥が、私の私室だ。さらにその奥に、私の寝室がある」
「……えっ」
エリオットが目を瞬かせると、シグルドはごく自然に言い添えた。
「君の寝室、私室、支度部屋。それらの並びのすぐ隣に、私の私室を置いた。何かあれば、すぐ来られるように」
(……それって……つまり)
防犯という意味では合理的ではないかもしれない。
だが、シグルドにとってそれは“安全”よりも“距離”の問題だった。
「……ずるいです、それ」
そう小さく呟くと、シグルドはエリオットの髪を軽く撫でた。
「ずるくていい。君がここで怯えずに眠れるのなら、それが何よりだ」
エリオットは言葉に詰まりながらも、その手の温もりを拒むことはなかった。
——この場所は、始まりの地ではない。
でもきっと、ここから始まる。
そう思わせてくれるだけの、静かな力があった。
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