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8、揺れる均衡
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朝の空気は冷たく澄み、帝都の尖塔群を静かに照らしていた。
エリオットは私室で文書を読んでいた。皇妃としての業務のひとつ——各地から届く報告書の確認だ。まだ全てを理解できてはいないが、日々の積み重ねで少しずつ慣れてきている。
だが、その一通が目に入ったとき、手が止まった。
「……アルヴィオン……?」
手紙の差出人は、かつての王国で仕えていた老文官。
何気ない報告に混ざるように、ひとつの“異変”が記されていた。
『……先日、北部の刑務塔にて、未明の暴動が発生。収容されていた“クラウス侯爵”が消息を絶つ……』
「……クラウスが、脱獄……?」
その名を口にした瞬間、エリオットの背に冷たいものが走った。
(まさか……)
政変を企て、自分を排除しようとした男。
投獄されたことで終わったはずの“脅威”が、再び地上に現れたのだ。
(ああも簡単に終わるわけないとは思ったけれど……脱獄できるとは)
「……エリオット様?」
声をかけたのはメラニーだった。
エリオットの手元にあるものから状況を察知する。
彼女はすでに報告を読み、静かに言葉を選ぶ。
「アルヴィオンでのエリオット様のお話は伺っております。おそらく、この報せは陛下のもとにも届いているはずです。ゼスト閣下とギュンター将軍が、早朝より動かれていると聞いています」
「……その動きは、“トラヴィス内の協力者”を警戒してのもの……?」
「可能性はあります。クラウス侯爵の母方はアルヴィオンの北に面するテレジアです。場所が近いのは間違いありません。そして、帝国の中にも“守旧派”の思想を支持する者が残っています」
エリオットは拳を強く握った。
(あの男が、再びこの世界に現れたということは……)
過去の因縁が、また自分を揺るがそうとしている。
「……クラウスは、きっと僕を狙うだろうね」
「はい」
メラニーの返事は、驚くほど静かだった。
「クラウス侯爵は、陛下やゼスト閣下ではなく、“貴方”を目の敵にしています。今度こそ、確実に“痛み”を与えようとするでしょう」
——まるで、すべてを知っているかのような声だった。
※
その夜。
仮面の男が、路地裏の一角でそっと壁に背を預けていた。
「……クラウスが動いた、か」
鋭い灰色の瞳が、帝都の空を見上げる。月明かりに照らされたその横顔に、かつての面影は残っていない。
「さて、次は……誰を、どう使おうか」
その呟きは風に消えていく。
影の中から現れた男は、まるで舞台の幕が上がるのを待つ観客のように、静かに笑った。
(焦るなよ、エリオット。俺は……君を守るために動く。それだけだ)
けれどその“守り”が、どれほど危うい情熱に満ちているのかを、まだ誰も知らない。
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エリオットは私室で文書を読んでいた。皇妃としての業務のひとつ——各地から届く報告書の確認だ。まだ全てを理解できてはいないが、日々の積み重ねで少しずつ慣れてきている。
だが、その一通が目に入ったとき、手が止まった。
「……アルヴィオン……?」
手紙の差出人は、かつての王国で仕えていた老文官。
何気ない報告に混ざるように、ひとつの“異変”が記されていた。
『……先日、北部の刑務塔にて、未明の暴動が発生。収容されていた“クラウス侯爵”が消息を絶つ……』
「……クラウスが、脱獄……?」
その名を口にした瞬間、エリオットの背に冷たいものが走った。
(まさか……)
政変を企て、自分を排除しようとした男。
投獄されたことで終わったはずの“脅威”が、再び地上に現れたのだ。
(ああも簡単に終わるわけないとは思ったけれど……脱獄できるとは)
「……エリオット様?」
声をかけたのはメラニーだった。
エリオットの手元にあるものから状況を察知する。
彼女はすでに報告を読み、静かに言葉を選ぶ。
「アルヴィオンでのエリオット様のお話は伺っております。おそらく、この報せは陛下のもとにも届いているはずです。ゼスト閣下とギュンター将軍が、早朝より動かれていると聞いています」
「……その動きは、“トラヴィス内の協力者”を警戒してのもの……?」
「可能性はあります。クラウス侯爵の母方はアルヴィオンの北に面するテレジアです。場所が近いのは間違いありません。そして、帝国の中にも“守旧派”の思想を支持する者が残っています」
エリオットは拳を強く握った。
(あの男が、再びこの世界に現れたということは……)
過去の因縁が、また自分を揺るがそうとしている。
「……クラウスは、きっと僕を狙うだろうね」
「はい」
メラニーの返事は、驚くほど静かだった。
「クラウス侯爵は、陛下やゼスト閣下ではなく、“貴方”を目の敵にしています。今度こそ、確実に“痛み”を与えようとするでしょう」
——まるで、すべてを知っているかのような声だった。
※
その夜。
仮面の男が、路地裏の一角でそっと壁に背を預けていた。
「……クラウスが動いた、か」
鋭い灰色の瞳が、帝都の空を見上げる。月明かりに照らされたその横顔に、かつての面影は残っていない。
「さて、次は……誰を、どう使おうか」
その呟きは風に消えていく。
影の中から現れた男は、まるで舞台の幕が上がるのを待つ観客のように、静かに笑った。
(焦るなよ、エリオット。俺は……君を守るために動く。それだけだ)
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