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35、王都に咲く花
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王都の朝は、いつになく穏やかだった。
城の尖塔には純白の旗が翻り、街の大通りには絹の装飾と花弁が踊る。
誰もが笑顔を浮かべ、祝福の言葉を交わしていた。
その理由はただ一つ——
帝国の皇帝シグルド・トラヴィスと、皇后として選ばれたエリオット・ヴェイルの婚礼と冊立の儀が、今日、同日に執り行われるからだった。
式典の始まりを告げる鐘が、王宮の天頂から響く。
白金の回廊を、ゆっくりと歩むエリオットの姿は、まさに光の中に咲いた花のようだった。
衣装は帝国の皇后にふさわしく、純白に銀糸の刺繍が施されたもの。
裾にはヴェイル家の紋章とファルナス王家の双翼が重ねられ、これまでの血と絆を繋いでいた。
玉座の間、正面に立つシグルドは、誰よりも穏やかな眼差しでその姿を見つめていた。
「……ずっと待っていた、私の皇后よ」
その声に、エリオットはそっと微笑んだ。
「今日をずっと夢見ていました……あなたの隣に立てる日を」
二人が向き合うと、神官が式を進める。
王家の誓詞が詠まれ、ふたりの手が重ねられる。
光が差し込む中、シグルドは指輪を彼の薬指にそっと通した。
「エリオット・ヴェイル。汝を皇后として迎え、この命の限り、共に歩むことを誓う」
「シグルド・トラヴィス。私もまた、あなたと共に立ち、この国と人々のために力を尽くすことを、ここに誓います」
静かに唇が重なり、玉座の間に拍手と祝福の声が広がる。
その瞬間、王宮の天蓋から白い花弁が舞い降りた。
それは、ふたりの誓いに応えるように、風に運ばれてきた祝福だった。
──その日、夜。
宴の席では、各国からの賓客が列席していた。
ヴェイル侯爵夫妻の姿もあった。
相変わらずシグルドに対しては座った目をしていたが、背筋を伸ばし、母は誇らしげな笑みを浮かべて、ひとときも息子から目を離さなかった。
その向こう、アルヴィオン王国の皇太子ライナスが穏やかに杯を傾ける。
「いやいや、おめでたいことだ。我が国の貴族が“帝国の皇后”になるとはね。これで両国の絆はますますと深くなる」
「……皇后という立場を望んだわけじゃありません。でも、今は誇りに思います」
エリオットは静かにそう答えた。
ライナスはふっと目を細めて笑った。
「君は変わらないな。……でも、たしかに強くなった」
その会話を横目に、シグルドは席を外し、バルコニーに立っていた。
風が穏やかに、夜空を撫でる。
そこへ、エリオットが歩み寄る。
「……陛下」
「そろそろ名前で呼んでほしい。エリオット」
シグルドが振り返り、笑う。
その微笑みに、エリオットもつられて頬を緩めた。
「はい、シグルド……綺麗ですね、この国は」
「ああ……ここは私が守るべき場所だ」
ふたりは並んで石の手すりに手をかけ、夜の王都を見下ろす。
光が遠く揺らぎ、宴の名残を小さく映していた。
しばらく、無言の時間が流れる。
そして、ふとシグルドが空を見上げた。
「そういえば、まだ君にちゃんと紹介してなかったな」
「……え?」
エリオットが顔を向けると、シグルドは唇に短く息を吹きかけた。
それは、笛のような音だった。低く、けれど空気を震わせるように。
次の瞬間、夜空の彼方から黒い影が舞い降りた。
風が巻き、石畳に落ち葉が踊る。
その中に、漆黒の翼を持つ竜がゆっくりと降下してくる。
月光を浴びて鈍く輝く鱗、金属にも似た瞳の奥に、知性が宿っていた。
「……この子は……」
エリオットが思わず一歩前に出る。
「ファルカス。私の竜だ。帝室の竜は“血”によって選ばれる。その資格を持つ者のもとにしか現れない」
ファルカスはゆっくりと屋根の上に舞い降りると、低く、喉を鳴らした。
その声音は、まるで挨拶のようだった。
「……あの夜も……この子が……」
「そう。君を迎えに行った夜、あの窓を壊したのもこの竜だ。……あのときは、言葉をかける余裕もなかったが」
エリオットは目を細め、微笑んだ。
「……夢みたいな時間でしたよ。黒い竜に連れられて、皇帝に抱き上げられて……そう、まるで絵物語のように」
「それなら、これからも“夢”の続きを君と共に見る。ファルカスも、それを望んでいる」
その言葉に応えるように、ファルカスが再び低く鳴いた。
竜の声音は不思議とあたたかく、まるでふたりの未来を祝福しているかのようだった。
エリオットがそっとシグルドの手に自分の指を重ねる。
掌の熱が、確かに繋がっていた。
「……ありがとう。こんな夜を、あなたと迎えられてよかった」
「……私もだ。エリオット、君が隣にいてくれることが、何よりの“夢”だ」
風がそっと吹き抜ける。
その中で、竜と人の影が、寄り添うように月光の下に並んでいた。
城の尖塔には純白の旗が翻り、街の大通りには絹の装飾と花弁が踊る。
誰もが笑顔を浮かべ、祝福の言葉を交わしていた。
その理由はただ一つ——
帝国の皇帝シグルド・トラヴィスと、皇后として選ばれたエリオット・ヴェイルの婚礼と冊立の儀が、今日、同日に執り行われるからだった。
式典の始まりを告げる鐘が、王宮の天頂から響く。
白金の回廊を、ゆっくりと歩むエリオットの姿は、まさに光の中に咲いた花のようだった。
衣装は帝国の皇后にふさわしく、純白に銀糸の刺繍が施されたもの。
裾にはヴェイル家の紋章とファルナス王家の双翼が重ねられ、これまでの血と絆を繋いでいた。
玉座の間、正面に立つシグルドは、誰よりも穏やかな眼差しでその姿を見つめていた。
「……ずっと待っていた、私の皇后よ」
その声に、エリオットはそっと微笑んだ。
「今日をずっと夢見ていました……あなたの隣に立てる日を」
二人が向き合うと、神官が式を進める。
王家の誓詞が詠まれ、ふたりの手が重ねられる。
光が差し込む中、シグルドは指輪を彼の薬指にそっと通した。
「エリオット・ヴェイル。汝を皇后として迎え、この命の限り、共に歩むことを誓う」
「シグルド・トラヴィス。私もまた、あなたと共に立ち、この国と人々のために力を尽くすことを、ここに誓います」
静かに唇が重なり、玉座の間に拍手と祝福の声が広がる。
その瞬間、王宮の天蓋から白い花弁が舞い降りた。
それは、ふたりの誓いに応えるように、風に運ばれてきた祝福だった。
──その日、夜。
宴の席では、各国からの賓客が列席していた。
ヴェイル侯爵夫妻の姿もあった。
相変わらずシグルドに対しては座った目をしていたが、背筋を伸ばし、母は誇らしげな笑みを浮かべて、ひとときも息子から目を離さなかった。
その向こう、アルヴィオン王国の皇太子ライナスが穏やかに杯を傾ける。
「いやいや、おめでたいことだ。我が国の貴族が“帝国の皇后”になるとはね。これで両国の絆はますますと深くなる」
「……皇后という立場を望んだわけじゃありません。でも、今は誇りに思います」
エリオットは静かにそう答えた。
ライナスはふっと目を細めて笑った。
「君は変わらないな。……でも、たしかに強くなった」
その会話を横目に、シグルドは席を外し、バルコニーに立っていた。
風が穏やかに、夜空を撫でる。
そこへ、エリオットが歩み寄る。
「……陛下」
「そろそろ名前で呼んでほしい。エリオット」
シグルドが振り返り、笑う。
その微笑みに、エリオットもつられて頬を緩めた。
「はい、シグルド……綺麗ですね、この国は」
「ああ……ここは私が守るべき場所だ」
ふたりは並んで石の手すりに手をかけ、夜の王都を見下ろす。
光が遠く揺らぎ、宴の名残を小さく映していた。
しばらく、無言の時間が流れる。
そして、ふとシグルドが空を見上げた。
「そういえば、まだ君にちゃんと紹介してなかったな」
「……え?」
エリオットが顔を向けると、シグルドは唇に短く息を吹きかけた。
それは、笛のような音だった。低く、けれど空気を震わせるように。
次の瞬間、夜空の彼方から黒い影が舞い降りた。
風が巻き、石畳に落ち葉が踊る。
その中に、漆黒の翼を持つ竜がゆっくりと降下してくる。
月光を浴びて鈍く輝く鱗、金属にも似た瞳の奥に、知性が宿っていた。
「……この子は……」
エリオットが思わず一歩前に出る。
「ファルカス。私の竜だ。帝室の竜は“血”によって選ばれる。その資格を持つ者のもとにしか現れない」
ファルカスはゆっくりと屋根の上に舞い降りると、低く、喉を鳴らした。
その声音は、まるで挨拶のようだった。
「……あの夜も……この子が……」
「そう。君を迎えに行った夜、あの窓を壊したのもこの竜だ。……あのときは、言葉をかける余裕もなかったが」
エリオットは目を細め、微笑んだ。
「……夢みたいな時間でしたよ。黒い竜に連れられて、皇帝に抱き上げられて……そう、まるで絵物語のように」
「それなら、これからも“夢”の続きを君と共に見る。ファルカスも、それを望んでいる」
その言葉に応えるように、ファルカスが再び低く鳴いた。
竜の声音は不思議とあたたかく、まるでふたりの未来を祝福しているかのようだった。
エリオットがそっとシグルドの手に自分の指を重ねる。
掌の熱が、確かに繋がっていた。
「……ありがとう。こんな夜を、あなたと迎えられてよかった」
「……私もだ。エリオット、君が隣にいてくれることが、何よりの“夢”だ」
風がそっと吹き抜ける。
その中で、竜と人の影が、寄り添うように月光の下に並んでいた。
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