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第10話『はじめてのヒートが来る日』
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午前中は問題なかった。
……と思う。たぶん。
帳簿を読みながら、倉庫の棚卸し表をまとめ、騎士団の連絡調整をして。
いつも通り、やることは山ほどあった。
でも昼を過ぎたあたりから、どうも身体の感覚がおかしい。
(……ん、ちょっと熱っぽい?)
視界がぼやける。
軽く立ちくらみのようなものがきて、壁に手をつく。
「おい、大丈夫か?」
通りかかった騎士が声をかけてきた。
「はい、ちょっと寝不足かもです。すぐ戻りますよ」
笑ってごまかしたが、本当は内心、ざわついていた。
(まずいな、風邪かな……? この世界で薬ってどうすれば……あ、補給係に聞けばいいのか……?)
昔、風邪でバイトが全滅したときの地獄を思い出して、背筋が冷えた。
いや、これは単なる疲れだ。たぶん。
だが、夜になるにつれて症状はどんどん酷くなった。
身体の中心がずきずきと疼き、首筋のあたりが妙に熱い。
汗が滲み、呼吸も浅くなる。
そして──やけに、喉が渇く。
(あれ……こんな体調不良、あったか……?)
ベッドに横になるものの、体温がどんどん上がっていくのが分かった。
支給されている肌着がベッタリとくっついて気持ち悪い。
そのとき。
──コン、コン。
「レン、起きてる?」
部屋の扉越しにルースさんの声がした。
「ちょっと聞きたいことがあんだけど」
なんとか体を引きずって、扉を開ける。
「どうし……」
その瞬間、ルースさんの鼻がピクリと動いた。
そして、目が、すうっと鋭くなる。
「……あ、これはまずい。部屋に入れ、レン」
「……?何が?」
「いいから、入っとけ」
ルースさんは廊下に残ったまま、開けた扉が閉められた。
「レン、それヒートだ。気付かなかった……いや、知らないのか」
ルースさんが扉の外で大きく息を吐く。
ヒート。
その単語に、世界が固まった。
「……あの?」
「まあ、いい。とにかくだ、部屋から出るな」
「ちょっと待ってください、僕、風邪じゃ……」
「風邪なら、お前の部屋に今みたいな空気、立ち込めねーよ。……オメガの発情フェロモンってすごくその、匂うんだよ」
体の芯が急激に冷えていく。
──自分が発している“なにか”に対して、反応されている。
「……おい、何があった」
次に聞こえたのは、低く硬い声。ロナルドさんだ。
「レン、ヒートが来たっぽい」
「な……!すぐに副団長を呼んでくる……!」
※
数分後。
副団長のテオさんが現れた頃には、僕はほぼ立っていられない状態だった。
冷たい床に座り込んで、肩で息をしていた。
意識はまだある。でも、身体が言うことをきかない。
テオさんは、僕の顔を一目見て、即座に状況を把握した。
「……ああ、これは間違いないな……ヒートだ」
「……いや、でも、そんな……」
「初めてのヒートは混乱する。自覚がないまま発症するケースも多い。だが、これは紛れもない“発情”だ。私の抑制剤を持ってきたから、まずは飲むんだ。ただ私のは……予防的なもので緊急性ではない。少し効き目は弱いかもしれないが」
テオさんが説明をしてくれるが、僕はもう、思考がまともに回らなくなっていた。
息が苦しい。
体中が熱い。
喉の奥が、何かを求めるように痛い。
(なんだよ、これ……ヒートって……おかしい……)
※
テオは、蓮の背中に手を添えて支えながら、ロナルドに向き直った。
「隔離室に移動させる。この部屋は少し、まずい。付き添いは私がしよう」
「俺がやる」
テオの言葉が終わる前に、ロナルドがそう言った。
その言葉に、テオの目が細くなる。
「本気か。……お前が、理性を保てる保証はあるのか?お前はアルファだ」
「自分に、抑制剤を投与済みだ。追加でこれも、持って行く」
ロナルドは、小瓶を見せた。
それはアルファの対オメガ用緊急抑制剤だった。
テオは眉を顰めたが、ロナルドも引く様子を見せない。
「……何があっても、この子に手を出してはならない。いいな?」
「騎士の名にかけて誓う」
ロナルドは強く頷き、蓮の傍に膝をついた。
蓮から発せられる香りは凄まじく、甘い。
一瞬、手を振るわせたが息を整えて、蓮を抱き上げた。
「……やだ、やだ、やだ……苦しい……なんで……ッ」
途端に、蓮が小さく暴れる。
「落ち着け。……呼吸をゆっくり。……俺がいる」
蓮はその言葉すら、よく聞き取れない。
でも、ひとつだけ。
ロナルドの腕の温度だけが、どこかで蓮に安心を与えていた。
……と思う。たぶん。
帳簿を読みながら、倉庫の棚卸し表をまとめ、騎士団の連絡調整をして。
いつも通り、やることは山ほどあった。
でも昼を過ぎたあたりから、どうも身体の感覚がおかしい。
(……ん、ちょっと熱っぽい?)
視界がぼやける。
軽く立ちくらみのようなものがきて、壁に手をつく。
「おい、大丈夫か?」
通りかかった騎士が声をかけてきた。
「はい、ちょっと寝不足かもです。すぐ戻りますよ」
笑ってごまかしたが、本当は内心、ざわついていた。
(まずいな、風邪かな……? この世界で薬ってどうすれば……あ、補給係に聞けばいいのか……?)
昔、風邪でバイトが全滅したときの地獄を思い出して、背筋が冷えた。
いや、これは単なる疲れだ。たぶん。
だが、夜になるにつれて症状はどんどん酷くなった。
身体の中心がずきずきと疼き、首筋のあたりが妙に熱い。
汗が滲み、呼吸も浅くなる。
そして──やけに、喉が渇く。
(あれ……こんな体調不良、あったか……?)
ベッドに横になるものの、体温がどんどん上がっていくのが分かった。
支給されている肌着がベッタリとくっついて気持ち悪い。
そのとき。
──コン、コン。
「レン、起きてる?」
部屋の扉越しにルースさんの声がした。
「ちょっと聞きたいことがあんだけど」
なんとか体を引きずって、扉を開ける。
「どうし……」
その瞬間、ルースさんの鼻がピクリと動いた。
そして、目が、すうっと鋭くなる。
「……あ、これはまずい。部屋に入れ、レン」
「……?何が?」
「いいから、入っとけ」
ルースさんは廊下に残ったまま、開けた扉が閉められた。
「レン、それヒートだ。気付かなかった……いや、知らないのか」
ルースさんが扉の外で大きく息を吐く。
ヒート。
その単語に、世界が固まった。
「……あの?」
「まあ、いい。とにかくだ、部屋から出るな」
「ちょっと待ってください、僕、風邪じゃ……」
「風邪なら、お前の部屋に今みたいな空気、立ち込めねーよ。……オメガの発情フェロモンってすごくその、匂うんだよ」
体の芯が急激に冷えていく。
──自分が発している“なにか”に対して、反応されている。
「……おい、何があった」
次に聞こえたのは、低く硬い声。ロナルドさんだ。
「レン、ヒートが来たっぽい」
「な……!すぐに副団長を呼んでくる……!」
※
数分後。
副団長のテオさんが現れた頃には、僕はほぼ立っていられない状態だった。
冷たい床に座り込んで、肩で息をしていた。
意識はまだある。でも、身体が言うことをきかない。
テオさんは、僕の顔を一目見て、即座に状況を把握した。
「……ああ、これは間違いないな……ヒートだ」
「……いや、でも、そんな……」
「初めてのヒートは混乱する。自覚がないまま発症するケースも多い。だが、これは紛れもない“発情”だ。私の抑制剤を持ってきたから、まずは飲むんだ。ただ私のは……予防的なもので緊急性ではない。少し効き目は弱いかもしれないが」
テオさんが説明をしてくれるが、僕はもう、思考がまともに回らなくなっていた。
息が苦しい。
体中が熱い。
喉の奥が、何かを求めるように痛い。
(なんだよ、これ……ヒートって……おかしい……)
※
テオは、蓮の背中に手を添えて支えながら、ロナルドに向き直った。
「隔離室に移動させる。この部屋は少し、まずい。付き添いは私がしよう」
「俺がやる」
テオの言葉が終わる前に、ロナルドがそう言った。
その言葉に、テオの目が細くなる。
「本気か。……お前が、理性を保てる保証はあるのか?お前はアルファだ」
「自分に、抑制剤を投与済みだ。追加でこれも、持って行く」
ロナルドは、小瓶を見せた。
それはアルファの対オメガ用緊急抑制剤だった。
テオは眉を顰めたが、ロナルドも引く様子を見せない。
「……何があっても、この子に手を出してはならない。いいな?」
「騎士の名にかけて誓う」
ロナルドは強く頷き、蓮の傍に膝をついた。
蓮から発せられる香りは凄まじく、甘い。
一瞬、手を振るわせたが息を整えて、蓮を抱き上げた。
「……やだ、やだ、やだ……苦しい……なんで……ッ」
途端に、蓮が小さく暴れる。
「落ち着け。……呼吸をゆっくり。……俺がいる」
蓮はその言葉すら、よく聞き取れない。
でも、ひとつだけ。
ロナルドの腕の温度だけが、どこかで蓮に安心を与えていた。
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