異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし

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第9話『アイツがいないと、困る奴ら』

鍛錬の掛け声、重い装備がぶつかる音、忙しなく行き交う足音。
砦の朝はそのすべてが規律を持って動いている。
──ただし、例外がひとつ。

「おーい、レン! この伝票の“支援物資”って何語!?」

朝からまた、倉庫番が僕の名前を叫んでいる。

「はいはい。どれですか? ……ああ、これ、東部の言葉ですね。『野戦携行糧食』って書いてあります」
「え、メシ!? なんでわざわざそんな言い方すんだよ……」
「正式名称、ってやつですかね。クセなんでしょう、きっと」

どうやらこの世界、方言も含めて獣同士の部族間との言葉の違いが割とある。
そのおかげか翻訳スキル──【全言語理解】は、実際かなり役に立っている。
とはいえ、今の僕がやっているのは、翻訳専門というよりは“砦内の通訳兼なんでも屋”だ。
補給部門と前線部隊の連絡調整に、新規納品の確認。
言語ミスで起きるトラブルの仲裁まで──。
おまけに備蓄品の棚卸しスケジュールも組んでいる。
……何屋だ、僕。

たまに自分でも混乱する。

でも。

「助かったよ、レン。お前がいなかったら、俺、今ごろ副団長に怒鳴られてた」
「さすがだな。すげーな、どこの言葉でもわかるとか。頼もしいよ」

そんなふうに言われると、やっぱりちょっと、嬉しい。

最初は警戒されるだけだったけれど、最近では「あれ、レンどこ?」と僕を探す騎士がちらほら現れるようになってきた。

……なんというか、気づけば隣にいる存在、みたいなポジションになりつつある。



騎士たちが汗を流して訓練を終える頃、僕はいつもの通り補給リストの確認中だった。

「……よくやるなぁ。普通、オメガってもっと“守られる側”って感じなのに」

声の主は、ルースさんだった。
ひょいと壁にもたれて、僕の手元を覗き込んでくる。

「そうなんです?いまいちその……第二の性ってのよくわからないんですよねえ。あれ?でも副団長さんもオメガですよね?」
「いや、副団長は特別だよ。あんなオメガいないぞ、普通。騎士団に入れるのも、まずないしな」
「そんなもんなんですか」
「そうそう。普通は屋敷の中でアルファに囲まれて……てのが普通だろうしない」

ルースさんは横目で僕を見てくる。

(……“普通は囲われて生きる存在”って……なんだそれ。そういうの、決められてるものなんだろうか)

「……でも正直さ。俺も最初は“またややこしいのが来たな”って思ってたんだよ」
「否定はしません」
「でも、いまじゃ──お前いないと、普通に困るやつ、増えてんの。翻訳できる、帳簿読める、在庫数合わせられる、報告書書ける。おまけに文句ひとつ言わない。……マジで、便利屋として優秀すぎんだろ」
「便利屋……」

褒められてない気がするな、それ。
流石に僕の考えが分かったのか、ルースさんは肩を竦めた。

「褒めてんだってば。たぶん」

ルースはぽりぽりと干し肉を齧りながら、ぼそっと呟いた。

「……そろそろ、ここの一員って、認めてやってもいいんじゃねぇかな、と俺は思うけど」

その言葉に、思わず手を止めて顔を上げた。

ルースさんはこっちを見ずに、どこか遠くの空でも見るみたいな顔をしていた。
別にこっちの反応を待つでもなく、ただ“本音”をぽつりと落としただけのような。

でも、そのひと言が、妙に胸に残った。



その夜。

部屋に戻ると、机の上に見慣れない紙包みが置かれていた。
茶色い布にくるまれたそれを開くと、中にはビスケットが入ってた。

「……差出人……」

少し歪な文字で名が書かれている。

(……ああ、あの人か)

それは補給係の中にいる団員の一人で、そこそこ話すようになった犬系の獣人だ。

(これ、お礼のつもりだよな……)

誰かがくれた。言葉にはしなくても、「ありがとう」って。
そう思えただけで、心が少しふわっと軽くなった気がした。

(もうちょっとだけ、この場所で頑張ってみても、いいのかも)

一枚手に取り齧る。
質素だが甘みが口内に広がり、それがやたらと温かく感じた。
ビスケットを机に置いて、僕は窓の外を見上げた。

夜空には、星がひとつ。
静かに、光っていた。






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