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第8話『お前、いくつだ?』
夜の砦は静かだ。
訓練場も、食堂も、昼間の喧騒が嘘のようにしんとしている。
そのなかを、ロナルドさんと並んで歩いていた。
「……見回り、ついてきてもいいと言った覚えはないんだが」
「暇だったんですよ。夜になると、することがなくて」
「……自室で休めばいいだろ」
「まあまあ。運動がてらなんで」
そんなやりとりをしながら、砦の外周をゆっくり歩く。
冷えた夜気が、吐いた息を白くする。
(誰かと夜道を歩くなんて、いつ以来だろうな……店と家の往復がメインでその前は会社と家ばっかだったしなぁ)
前を行くロナルドさんの背中は、相変わらず大きくて、頼りがいしかない。
きっと“騎士”って単語の語源を辿ると、この人の名前が出てくるんじゃないかってくらい、絵に描いたような存在感だ。
でも今日は、なぜかその歩調が少しだけゆっくりに見えた。
僕の足並みに合わせてくれているのかもしれない。
彼は目に見えにくい優しさをたまに発揮してくる。
「……砦の生活には、慣れてきたか?」
「ぼちぼち、ですね。監視付きの生活なんて初めてですけど」
「……俺もなかなかない経験をしている」
ふっと、ロナルドさんが肩を揺らす。
笑った……? いや、今のは、鼻で笑っただけ?
いやいやいや、これ、もしかして“個人的初ロナルドさん笑顔”か?
そんなふうに密かに興奮していたら、不意にロナルドさんが呟いた。
「……お前も大変だな。未成年で、異世界に飛ばされて」
「え?」
「いや……諸々の事情は聞いたが、今も昔も苦労が絶えないだろう?」
「いえ、その年齢が……ええと、未成年ではないですよ?」
歩みが止まった。
僕の横を歩いていたロナルドさんの足音が、ぴたりと止まったのだ。
ゆっくりと、金色の瞳がこちらを向く。
「……歳は?」
「三十二です」
「…………は?」
ロナルドさんの眉が、明らかに動いた。
いや、眉どころか顔面全体が一瞬バグったみたいな反応をした。
え、もしかしてめっちゃ驚いてる……?
ていうか、僕、そんなに若く見えてたの……?
「……未成年では、ないのか」
「全然ないです。むしろ人生経験だけはそれなりに積んでます。僕、年齢は伝えてなかったですかね?」
そのあとしばらく、ロナルドさんは黙っていた。
いや、黙ってるのはいつものことなんだけど、その沈黙がなんか変だった。
(え、なんだ?あれ?僕……未成年とか話したっけ?)
ぐるぐると余計な思考が回る。
やめてほしい、夜道でイケメンと無言って、考えすぎるじゃないですか。
でも――
「……そうか」
それだけ呟いた彼の横顔は、なぜかほんの少しだけ、緊張しているように見えた。
たぶん、これまで無意識に“年下”として見ていた僕が、急に“年上”の領域に踏み込んできて、ちょっと困ってるのかもしれない。
(まあ、わからなくもない。僕も部活で先輩って呼びかけたら後輩だった時はびっくりしたしな)
※
翌朝。
いつものように、ぼっちテーブルでスープを飲んでいると、ルースさんが当然のように隣に腰を下ろした。
「おはよ、おっさん」
「いきなり何ですか」
「いや~聞いちゃった。レンくん三十二歳。おっさんじゃん」
「やめてください、そんなフレーズ連発されたら心が折れる」
「いやいやいや。俺たちからすれば八つ上だからなぁ」
「八つ上……え、じゃあルースさんは二十四歳ですか」
「そう。ロナルドもな」
「じゃあ、年上なんで敬ってくれませんかね?」
「冗談」
たまに殴りたくなるよな、この人。
僕は温厚キャラなんでしませんけども!
ルースさんはにやにやしながらパンを齧る。
「……でも、ちょっと安心したかも」
「何がですか」
「いや、お前って、妙に冷静だし、空気読むし、地味に有能だし、落ち着きすぎてて怖かったのよ。年上って聞いて、なんか納得した」
「怖いって……」
「ほら。俺らより年下の“異世界オメガ”で有能とか、未知数すぎて怖いだろ?」
(……それ、僕に言う?)
でも少しだけ、わかる気もした。
ここでは僕は“異質な存在”だ。
理解できない存在ほど恐ろしいものはない。
だけど、誰かの“理解できる存在”になれたら、それだけで孤独が少しやわらぐ。
その日の夕方。
部屋に戻ろうとした僕を、ロナルドさんが途中で呼び止めた。
「……昨日、お前の年齢を聞いてから、少し気になっていたことがある」
「なんでしょう」
「年齢とは別に……その、容姿のことだが」
「はい?」
「……年齢より、だいぶ若く見える。なぜだ」
え。
そんなこと聞かれてもな……。そもそもそんなに若く見えるほどでもないと思う容姿だ。イッツ普通に地味。
(ああ、でも……)
アジア人は欧米人から見ると若く見えると聞いたこともある。
この世界はどちらかといえば過去の欧米に近い感じするし、砦にいる獣人たちも、そんな風な容貌だ。
「……うーん……まあ、人種の違いとか……あと睡眠時間、ちゃんと取るようになったから……ですかね?」
「……そういうものなのか」
妙に納得してる。
そのまま無言で立ち去っていくロナルドさんの後ろ姿を見て、思わず呟いた。
「この世界で生きてくって……ほんと予想外ばっかりだなぁ……」
それでも、誰かと距離が近づく予感は、どこか温かいものだった。
———————
投稿は毎日8時・21時頃の2回です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
-——————
訓練場も、食堂も、昼間の喧騒が嘘のようにしんとしている。
そのなかを、ロナルドさんと並んで歩いていた。
「……見回り、ついてきてもいいと言った覚えはないんだが」
「暇だったんですよ。夜になると、することがなくて」
「……自室で休めばいいだろ」
「まあまあ。運動がてらなんで」
そんなやりとりをしながら、砦の外周をゆっくり歩く。
冷えた夜気が、吐いた息を白くする。
(誰かと夜道を歩くなんて、いつ以来だろうな……店と家の往復がメインでその前は会社と家ばっかだったしなぁ)
前を行くロナルドさんの背中は、相変わらず大きくて、頼りがいしかない。
きっと“騎士”って単語の語源を辿ると、この人の名前が出てくるんじゃないかってくらい、絵に描いたような存在感だ。
でも今日は、なぜかその歩調が少しだけゆっくりに見えた。
僕の足並みに合わせてくれているのかもしれない。
彼は目に見えにくい優しさをたまに発揮してくる。
「……砦の生活には、慣れてきたか?」
「ぼちぼち、ですね。監視付きの生活なんて初めてですけど」
「……俺もなかなかない経験をしている」
ふっと、ロナルドさんが肩を揺らす。
笑った……? いや、今のは、鼻で笑っただけ?
いやいやいや、これ、もしかして“個人的初ロナルドさん笑顔”か?
そんなふうに密かに興奮していたら、不意にロナルドさんが呟いた。
「……お前も大変だな。未成年で、異世界に飛ばされて」
「え?」
「いや……諸々の事情は聞いたが、今も昔も苦労が絶えないだろう?」
「いえ、その年齢が……ええと、未成年ではないですよ?」
歩みが止まった。
僕の横を歩いていたロナルドさんの足音が、ぴたりと止まったのだ。
ゆっくりと、金色の瞳がこちらを向く。
「……歳は?」
「三十二です」
「…………は?」
ロナルドさんの眉が、明らかに動いた。
いや、眉どころか顔面全体が一瞬バグったみたいな反応をした。
え、もしかしてめっちゃ驚いてる……?
ていうか、僕、そんなに若く見えてたの……?
「……未成年では、ないのか」
「全然ないです。むしろ人生経験だけはそれなりに積んでます。僕、年齢は伝えてなかったですかね?」
そのあとしばらく、ロナルドさんは黙っていた。
いや、黙ってるのはいつものことなんだけど、その沈黙がなんか変だった。
(え、なんだ?あれ?僕……未成年とか話したっけ?)
ぐるぐると余計な思考が回る。
やめてほしい、夜道でイケメンと無言って、考えすぎるじゃないですか。
でも――
「……そうか」
それだけ呟いた彼の横顔は、なぜかほんの少しだけ、緊張しているように見えた。
たぶん、これまで無意識に“年下”として見ていた僕が、急に“年上”の領域に踏み込んできて、ちょっと困ってるのかもしれない。
(まあ、わからなくもない。僕も部活で先輩って呼びかけたら後輩だった時はびっくりしたしな)
※
翌朝。
いつものように、ぼっちテーブルでスープを飲んでいると、ルースさんが当然のように隣に腰を下ろした。
「おはよ、おっさん」
「いきなり何ですか」
「いや~聞いちゃった。レンくん三十二歳。おっさんじゃん」
「やめてください、そんなフレーズ連発されたら心が折れる」
「いやいやいや。俺たちからすれば八つ上だからなぁ」
「八つ上……え、じゃあルースさんは二十四歳ですか」
「そう。ロナルドもな」
「じゃあ、年上なんで敬ってくれませんかね?」
「冗談」
たまに殴りたくなるよな、この人。
僕は温厚キャラなんでしませんけども!
ルースさんはにやにやしながらパンを齧る。
「……でも、ちょっと安心したかも」
「何がですか」
「いや、お前って、妙に冷静だし、空気読むし、地味に有能だし、落ち着きすぎてて怖かったのよ。年上って聞いて、なんか納得した」
「怖いって……」
「ほら。俺らより年下の“異世界オメガ”で有能とか、未知数すぎて怖いだろ?」
(……それ、僕に言う?)
でも少しだけ、わかる気もした。
ここでは僕は“異質な存在”だ。
理解できない存在ほど恐ろしいものはない。
だけど、誰かの“理解できる存在”になれたら、それだけで孤独が少しやわらぐ。
その日の夕方。
部屋に戻ろうとした僕を、ロナルドさんが途中で呼び止めた。
「……昨日、お前の年齢を聞いてから、少し気になっていたことがある」
「なんでしょう」
「年齢とは別に……その、容姿のことだが」
「はい?」
「……年齢より、だいぶ若く見える。なぜだ」
え。
そんなこと聞かれてもな……。そもそもそんなに若く見えるほどでもないと思う容姿だ。イッツ普通に地味。
(ああ、でも……)
アジア人は欧米人から見ると若く見えると聞いたこともある。
この世界はどちらかといえば過去の欧米に近い感じするし、砦にいる獣人たちも、そんな風な容貌だ。
「……うーん……まあ、人種の違いとか……あと睡眠時間、ちゃんと取るようになったから……ですかね?」
「……そういうものなのか」
妙に納得してる。
そのまま無言で立ち去っていくロナルドさんの後ろ姿を見て、思わず呟いた。
「この世界で生きてくって……ほんと予想外ばっかりだなぁ……」
それでも、誰かと距離が近づく予感は、どこか温かいものだった。
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