恋した君は、嘘のキミ──それでも、好きにならずにいられなかった──

めがねあざらし

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第7話:言葉の奥

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昼下がりの大学は、いつもより少し湿った空気をまとっていた。
昨夜の雨の名残が、芝生の匂いと混ざって廊下まで入り込んでくる。
講義室のドアが開き、学生たちが一斉に外へ流れ出した。

俺もプリントを抱え、鞄の紐を肩に掛け直して歩き出す。
足音と雑談のざわめきの中、ポケットのスマホの存在がやけに気になる。
触れたら、あの名前が目に飛び込んでくる気がして、あえて触らない。
あの通知一つで、昨日の夜ごと呼び戻されそうで怖い。

――頬に残った温もりまで、呼び戻してしまいそうだから。

「よっ」

背後から軽く響いた声に、反射的に振り向いた。
──奏真。
眼鏡の奥の視線は、いつも通り冷静に見えるのに、なぜか心臓が一瞬だけ跳ねる。

「……なんだよ」
「いや、別に。ただ、昨日どこ行ってた?」

一拍、間が空いた。
昨日。
あの暗がりの照明、氷の音、そして――頬への、ふいのキス。
思い出しかけた瞬間、胸の奥がざわつく。

(違う! 今は思い出すな!!)

「……と、友達と飯」

口が勝手に答えていた。
別に嘘をつく必要なんてないはずだ。
ただ、あの夜を奏真に話す光景が、どうしても想像できなかった。
むしろ、想像した途端に喉が詰まり、呼吸が浅くなる。

(……なんで焦ってんだ、俺)

「ふぅん……」

ただの相槌。
けれど、その短い吐息の奥に、何か別の色が混ざっている気がして、肩が固くなる。
歩幅を合わせるわけでもなく、すっと横に並んでくる。

人混みでふいに俺の腕に触れ、「前、詰まってる」と小声で促す。
その一瞬だけの接触なのに、妙に体温が意識に残った。
視界の端で白シャツの袖口が揺れるのが、さらに気になる。

廊下の窓から差し込む光が、奏真の髪の一部を透かしてきらめかせる。
その輪郭が、なぜか昨日のレオンの横顔と重なって見えてしまい、慌てて視線を外す。
まぶたの裏には、あの低い声と近さが一瞬で再生されてしまう。

「まあ、楽しそうでよかったな」

去り際、背中に軽く触れるようにして言われたその一言は、軽い調子のはずなのに、やけに深く沈んでくる。

「……は? なにそれ」

聞き返しても、奏真は振り向かない。
ただ、白シャツの背中だけが、混ざり合う人波の中にすっと消えていった。

――楽しそう?
今日の俺ってそんな顔、してたのか。
してたとしたら、誰のせいで。

足を止め、窓の外を見やる。
雲の切れ間から差す光が、まだ濡れた地面に細く反射していた。
その揺らめきは、昨夜見たネオンの滲み方に、少しだけ似ていた。

(……余計なこと、思い出すなっての)

鞄の紐を握り直し、人波に紛れて歩き出す。
でも、背中の奥底では、まだ「ふぅん」の響きと、あの短い接触の感触が、火種みたいにくすぶっていた。
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