14 / 40
第14話:やけに優しいあいつ
しおりを挟む
昼過ぎの研究棟の自習スペースは、エアコンの音だけが一定のリズムで響いていた。大きな窓の外には夏めいた陽射しが広がっているのに、机に突っ伏した俺の頭の中は、冷や汗と焦りでいっぱいだった。
(……終わんねぇ。これ、ほんとに終わりあんの……?単位がかかってるんだよなぁああ……!)
レポートの提出期限は明日の正午。教授が「参考文献を十本以上は使うように」と言ったときは「まあなんとかなるだろ」と軽く考えていたのに、いざパソコンに向かってみると、引用の書式がどうとか、論旨をどうまとめるとかで泥沼にハマってしまった。
今は打ち込んでは消し、また書いては溜め息をつくの繰り返し。
「――お前、顔死んでるぞ」
唐突に声をかけられて、反射的に背筋が跳ねた。
視線を上げると、向かいの席にいつの間にか桐嶋奏真が座っていた。
「なっ……! いつからそこに」
「さっき通りかかったら、あんまりにも必死そうだったから」
淡々としながらも、口元にはわずかに笑みを浮かべている。
相変わらず読めないやつだ。
「レポート? 明日のやつか」
「……まあ、な」
「見なくてもわかるよ。俺もやってるし」
そう言って、奏真は自分のファイルを机に広げた。
整然と並んだ参考文献リストに、細かいメモがびっしり書き込まれている。
几帳面っていうか、性格出てるっていうか。俺のぐちゃぐちゃなノートと並ぶと余計に惨めになる。
「……で、困ってんの?」
「別に、そんな困ってなんか……」
「ふーん。じゃ、勝手に助けてやる」
「は?」と声を上げる間もなく、奏真の手は俺のキーボードに伸びていた。
あっという間に参考文献を検索し、必要そうな論文を次々とリストアップしていく。
タイピングがやたら速い。無駄のない指の動きに、こっちが目を丸くしてしまう。
「……あ、ちょ!勝手に触るなよ」
「じゃあやめる?」
「……いや、その。よ、ろしくお願いしますっ」
自分でも情けないほど素直に言ってしまった。
奏真はちらりと視線を上げ、わずかに口角を上げた。
「素直でよろしい」
くそ、なんかむかつく。
でも――正直、助かった。
気づけば二人で文献を整理し、要点をまとめている。
奏真がちょっとしたジョークを挟むたびに、緊張がほぐれる。
こんなやつだったか?と首をひねりたくなるくらい。
「なあ」
しばらく黙々と作業していた俺は、ふと我慢できずに口を開いた。
「なんだよ」
「……なんだよ、ってのはこっちのセリフだ。お前、どうしてこんなに優しいんだよ」
「は?」と、奏真の手が止まる。
そして、眼鏡の奥で目が細められた。
「企みでもあるのか?」
「企み?」
「だって、お前がこんなに親切なの、珍しいだろ。……なんか裏があるんじゃないのか、とか……」
思わず強めに言ってしまった。
でも、そうでも言わないと、この妙な落ち着かなさをごまかせなかった。
奏真はしばらく黙って俺を見つめ――それから、ふっと笑った。
その笑みは挑発的で、底の見えない水面みたいに不安を煽る。
「企んでるとしたら……どうする?」
「……え?」
「俺が何か知ってて、それでこうして近づいてるとしたら?」
声は穏やかなのに、意味だけが重くのしかかる。
鼓動が不自然に早くなった。
ふと、レオンの元に通っている自分を思い出す。
こいつには知られたくない、ホストクラブでのこと。
ましてや昨日、香水のことを指摘されたばかりだ。
(……まさか……バレてんのか? いや、バレるはず……ない……)
「……からかってんの?」
自分でも弱々しい声だった。
それを聞いた奏真は、ただ肩をすくめただけ。
「さあ、どうだろ」
それだけ言い残して、ファイルを閉じ、椅子を引いた。
去っていく後ろ姿に「おい!」と呼びかけたかったのに、声は喉で止まった。
机の上には、奏真が途中まで整えてくれたレポートの骨組みが残っている。
助けられた安堵と、残された言葉の不気味さがないまぜになって、胸の奥で渦を巻いた。
――やけに優しいその態度が、親切なんかじゃないように思えて仕方なかった。
(……終わんねぇ。これ、ほんとに終わりあんの……?単位がかかってるんだよなぁああ……!)
レポートの提出期限は明日の正午。教授が「参考文献を十本以上は使うように」と言ったときは「まあなんとかなるだろ」と軽く考えていたのに、いざパソコンに向かってみると、引用の書式がどうとか、論旨をどうまとめるとかで泥沼にハマってしまった。
今は打ち込んでは消し、また書いては溜め息をつくの繰り返し。
「――お前、顔死んでるぞ」
唐突に声をかけられて、反射的に背筋が跳ねた。
視線を上げると、向かいの席にいつの間にか桐嶋奏真が座っていた。
「なっ……! いつからそこに」
「さっき通りかかったら、あんまりにも必死そうだったから」
淡々としながらも、口元にはわずかに笑みを浮かべている。
相変わらず読めないやつだ。
「レポート? 明日のやつか」
「……まあ、な」
「見なくてもわかるよ。俺もやってるし」
そう言って、奏真は自分のファイルを机に広げた。
整然と並んだ参考文献リストに、細かいメモがびっしり書き込まれている。
几帳面っていうか、性格出てるっていうか。俺のぐちゃぐちゃなノートと並ぶと余計に惨めになる。
「……で、困ってんの?」
「別に、そんな困ってなんか……」
「ふーん。じゃ、勝手に助けてやる」
「は?」と声を上げる間もなく、奏真の手は俺のキーボードに伸びていた。
あっという間に参考文献を検索し、必要そうな論文を次々とリストアップしていく。
タイピングがやたら速い。無駄のない指の動きに、こっちが目を丸くしてしまう。
「……あ、ちょ!勝手に触るなよ」
「じゃあやめる?」
「……いや、その。よ、ろしくお願いしますっ」
自分でも情けないほど素直に言ってしまった。
奏真はちらりと視線を上げ、わずかに口角を上げた。
「素直でよろしい」
くそ、なんかむかつく。
でも――正直、助かった。
気づけば二人で文献を整理し、要点をまとめている。
奏真がちょっとしたジョークを挟むたびに、緊張がほぐれる。
こんなやつだったか?と首をひねりたくなるくらい。
「なあ」
しばらく黙々と作業していた俺は、ふと我慢できずに口を開いた。
「なんだよ」
「……なんだよ、ってのはこっちのセリフだ。お前、どうしてこんなに優しいんだよ」
「は?」と、奏真の手が止まる。
そして、眼鏡の奥で目が細められた。
「企みでもあるのか?」
「企み?」
「だって、お前がこんなに親切なの、珍しいだろ。……なんか裏があるんじゃないのか、とか……」
思わず強めに言ってしまった。
でも、そうでも言わないと、この妙な落ち着かなさをごまかせなかった。
奏真はしばらく黙って俺を見つめ――それから、ふっと笑った。
その笑みは挑発的で、底の見えない水面みたいに不安を煽る。
「企んでるとしたら……どうする?」
「……え?」
「俺が何か知ってて、それでこうして近づいてるとしたら?」
声は穏やかなのに、意味だけが重くのしかかる。
鼓動が不自然に早くなった。
ふと、レオンの元に通っている自分を思い出す。
こいつには知られたくない、ホストクラブでのこと。
ましてや昨日、香水のことを指摘されたばかりだ。
(……まさか……バレてんのか? いや、バレるはず……ない……)
「……からかってんの?」
自分でも弱々しい声だった。
それを聞いた奏真は、ただ肩をすくめただけ。
「さあ、どうだろ」
それだけ言い残して、ファイルを閉じ、椅子を引いた。
去っていく後ろ姿に「おい!」と呼びかけたかったのに、声は喉で止まった。
机の上には、奏真が途中まで整えてくれたレポートの骨組みが残っている。
助けられた安堵と、残された言葉の不気味さがないまぜになって、胸の奥で渦を巻いた。
――やけに優しいその態度が、親切なんかじゃないように思えて仕方なかった。
51
あなたにおすすめの小説
前世が悪女の男は誰にも会いたくない
イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です
ーーーやってしまった。
『もういい。お前の顔は見たくない』
旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。
前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた
しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう
その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める
頑張って運命を回避しようとする話です
君の恋人
risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。
伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。
もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。
不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる