恋した君は、嘘のキミ──それでも、好きにならずにいられなかった──

めがねあざらし

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第30話:認められない気持ち

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昼休みの学食は、いつも以上にざわついていた。
トレイを持った学生が次々と行き交い、あちこちで椅子がきしむ音がする。
カレーの匂いと揚げ物の油の匂いが混ざって、天井にこもっている。

俺と広輝は、窓際のテーブルに並んで腰を下ろしていた。
唐揚げ定食とコーラ。広輝は今日も迷いなく大盛りを頼んでいて、箸を持つ手がやけに軽快だ。
対して俺は、味噌汁の湯気をぼんやりと眺めているばかりで、箸が進まなかった。

「……でさ、昨日また広田のやつ、発表で噛みまくってな」
「へぇ」
「教授に『原稿の意味ありますか』って突っ込まれて、もう公開処刑だよ。あいつ次から原稿持ち込み禁止だな」

広輝の冗談混じりの話に、普段なら笑えるのに。
俺は曖昧に相槌を打っただけだった。

「……おい」
「なに」
「お前、絶対聞いてない顔してる」

図星を刺されて視線を逸らした。
箸でご飯をつつきながら、胸の奥に残っているざわめきをどうにかごまかそうとする。
でも、ごまかしきれない。

あの熱――耳元に触れた熱。
「俺には、ありえる」という声。

思い出すたびに鼓動が暴れ出す。
頭では否定しているのに、身体は正直すぎて腹立たしい。

(……言うべきじゃない。黙ってりゃいい)

そう思っても、口の奥まで出かかった言葉は止まらなかった。
結局、俺はスプーンをテーブルに置いて、深く息を吸った。

「……なあ、広輝」
「ん?」
「……お前、知ってたか?」
「へ?」

広輝が唐揚げを口に運びかけたまま、怪訝そうに首を傾げる。
俺は視線を落としたまま、続けた。

「桐嶋奏真が……レオンだってこと」

沈黙。
ほんの数秒だったはずなのに、やけに長く感じられた。

次の瞬間、広輝が「あ?!」と大きな声を上げる。
慌てて周囲を見回し、小声に落とした。

「……あー……そういうことか……いや、確かに。言われてみりゃ同じだわ。声も仕草も。……うわ、俺、節穴アイすぎた」

広輝は額を叩いて、笑うように肩をすくめた。
その軽さに、逆に胸の奥がざわついた。

「おい、笑い事かよ……!」
「いや、悪い悪い。いやーそうかそうか。俺も気づいてなかったんだって。あいつ切り替え上手いな。大学じゃ真面目な優等生で、夜は……まあ、あれだろ」

軽口に聞こえるのに、声の奥に妙な真剣さがあった。
それが余計に落ち着かなくて、俺は思わず口を尖らせた。

「……どうするんだよ、俺は」
「どうするって……なにを?」
「だって……ゼミでも会うし、ホストでも……」

言葉がまとまらない。
胸の奥で混ざり合ったままの感情が、うまく形にならない。

「もう、意味がわかんねぇ……」

最後だけは声が掠れてしまった。
取り繕うように俺は、なんでもない、と付け足す。
けれど広輝は、箸を置いて俺の顔をじっと見た。
その視線が妙に落ち着いていて、逃げ場がなくなる。

「……お前さ」

溜めてから、低い声で言った。

「好きなんだろ、あいつのこと」
「はぁ?!」

思わず声が裏返った。
慌てて周囲を見回す。
けれど隣のテーブルの学生たちは笑いながらカレーを食べているだけで、俺たちの会話には興味がなさそうだった。

「ち、違う……」
「いやいや。今の反応、完全に図星」
「違うって言ってんだろ!」

声が大きくなる。
でも、自分の胸の奥では――否定の言葉がむなしく響いている。
心臓の速さは止まらない。

広輝は肩をすくめて、唐揚げをひと口食べた。

「まあ、否定したけりゃすればいいよ。でもな、顔に出すぎなんだよ。お前、ほんとわかりやすい。そもそもレオンにはお熱だったじゃん?」

さらっと言われた一言が、妙に重く刺さった。
食べ物の味が、しなくなった。
唐揚げの衣が口の中で無意味に砕けるだけ。

(……違う。違うって言っただろ……)

そう心の中で繰り返す。
けれど、胸の奥のざわめきは静まらなかった。
むしろ「好き」と指摘されたことで、余計に意識してしまう。

味のない昼食を前に、俺はただ俯いたまま箸を動かしていた。

――否定すればするほど、確かに残ってしまうものがある。

それを認めてしまう日が、少しずつ近づいてきている気がしてならなかった。
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