恋した君は、嘘のキミ──それでも、好きにならずにいられなかった──

めがねあざらし

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最終話:恋したキミにまだまだ恋し続ける

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会社のビルを出た瞬間、ネクタイを少し緩める。
一日の重さが肩にのしかかって、吐き出した息が夜気に白く溶けていった。
駅前はスーツ姿の人波でごった返しているけれど、足を向けるのはいつもの方向だ。

(……さて、拾いに行くか)

俺が就職した会社は、比較的ホワイト企業で定時に帰れることが圧倒的に多い。
それとは逆に、奏真は研究漬けの日々だ。
あまり遅くならないところで切り上げさせるために俺が迎えに行ってやるのが、すっかり恒例になっていた。

奏真と一緒に、家に帰る。
一緒に住み始めた、俺たちの家に。



慣れた敷地にある研究棟の明かりはまだ煌々と灯っていた。
夜の大学は、街のざわめきとは違う静けさを抱えている。
ガラス張りの入口から出てきたのは、白衣を腕に抱えた奏真だった。
昔と変わらない眼鏡の奥の瞳。けれど、少し痩せて精悍になった横顔には、時間の積み重ねが滲んでいた。

「……お、来てたのか」
「お疲れ。今日早いじゃん」
「あー……研究室で追い出されてきた。……まだ続けるつもりだったのに」
「また教授に止められたのか?」
「“休むのも研究のうちだ”ってな」

わざとらしく肩をすくめる姿に、思わず笑ってしまう。

「……ったく。じゃあ俺が拾って帰ってやるか」
「犬扱いか?」
「犬より手がかかる研究バカだろ、お前は」

言い返すと、奏真は少しだけ笑って横を向いた。
ああ、このやりとりも昔から変わらない。
くだらない冗談を投げては、互いに受け止める。
それだけで一日の疲れが少し軽くなる。

駅までの道を並んで歩き出すと、ぽつり、ぽつりと小雨が落ちてきた。
街灯の光を白く散らす水滴。夜風に押されて、傘を持たない人々が駆け足になる。

「……降ってきたな」
「ほんとだ」

奏真がカバンからビニール傘を取り出す。
昔から変わらない動作で、ぱっと広げてこちらに差し出した。

「入る?」

その一言に、胸が熱くなる。

(……あの日と同じだ)

恋人になる前。
まだ素直になれなかったあの日の雨の夜。
初めて一緒に傘に入って、肩が触れそうで、息が詰まるほど近くて。
無理に逸らした視線の先で、濡れた髪に「かっこいい」と思ってしまった。
認められなくて、必死に否定していた俺。

それが今は――迷わず、ただ微笑んで答える。

「どうも」

そそくさと傘に入ると、奏真が口元だけで笑った。
肩が触れても、もう誤魔化す必要はない。

濡れたアスファルトを踏みしめながら、奏真は研究の話を始める。
分厚い論文の締め切り、実験データの不具合、ようやく見えてきた新しい仮説。
専門用語ばかりで、俺には半分も理解できない。

でも、語る彼の横顔を眺めていると――それで十分だった。
眼鏡の奥で光る瞳の熱。手の動き、言葉の速さ。
夢中で未来を追いかける姿が、たまらなく好きだった。

(……やっぱり、好きだ)

気づけば心の中でそう零していた。
社会人になっても、何年経っても、この気持ちは薄れるどころか深まっていくばかりだ。

「おい、聞いてる?」
「聞いてるよ」
「絶対嘘だろ」
「嘘じゃない。……話してるお前が、好きなんだ」

口にした瞬間、彼が立ち止まった。
驚いたように目を瞬かせて、すぐに視線を逸らす。
頬に雨粒が伝って、それをごまかすみたいに指で払った。

「……陸は、ずるい」

その声に、胸がまた熱くなる。

奏真の話を聞きながら歩いていると、いつの間にか駅前に差しかかる。
ネオンの光と雨粒が重なって、夜の街が滲んで見えた。

ふと、繋いだ左手の指先に冷たい感触。
薬指に光る銀の指輪は二人の手にある。
互いに視線を合わせなくても、その存在がすべてを物語っていた。

雨はまだ止みそうにない。
けれど、傘の下で並んで歩くこの時間は、俺にとってなによりも確かなものだった。

――恋したキミに、俺はまだまだ恋し続けている。

そして、これからも。



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※なんと日曜日公開のはずが、投稿失敗してました。
お待たせしました!お読みいただきありがとうございました。
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