イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

文字の大きさ
85 / 119

雀通り7

しおりを挟む
 キイトは胴の真下で体勢を変えると、歯を喰いしばって、人面牛の前足の関節を蹴り砕いた。
 ドスンと音がして人面牛が前に崩れる。素早く下から逃げ出し、今度は背へと飛び乗った。両の手を開き、糸を首へと巻き付ける。
 キイトは一度だけ目を瞑るが、すぐに開き、仕掛けた糸を締めた。
 息が絞り出される音と共に、糸が人面牛の首へと食い込んでいく。
 目球が動きを止め、口から垂れた大きな舌が震える。苦しむ人の顔。
 まるでこちらの首が締まっていくようで、キイトの心臓が早鐘を打つ。

(これじゃあまるで、殺しているみたいだ)

 恐ろしい考えに体が震える、緩む糸に無理矢理力を込めた。脳裏に母の教えがよぎる。

『殺すと送るは全く別。人の目に殺害に写るそれは、イトムシと楽園の儀式なのです。追放者は淡いで生きられない。追放された体を解体し、魂を夜の楽園へと送る。もう一度、楽園で生まれるために』

 しかし、目の前の生き物は、キイトの糸により苦しみ、もがいている。親愛を感じた生き物が、自分の手によって傷つけられていく。

(助ける、送る、殺す、絞める)

「苦しませるな、早く送れ」

 小石丸の声が冷たく響く。

(皆が見ている。僕が強いイトムシか、必要なイトムシか)
「早く、早く――早く死んでっ」

 思わず叫んだ言葉に、心臓が跳ね上がった。
 ぎょろりと人面牛の目球が向けられ、その目の中に、恐れ、怯える、醜い自分が写った。
 堪らず目を瞑り、指に力を込め思い切り引く。

ぶつん。糸が切れた。

ごとん。大きなものが落ちた。

「ごめんなさい」

誰かが呟いた。



○○○○○



「終わったな」

 バーメイスタ副館長の声に菊が返事をし、館士兵かんしへいたちに指示を出す。
 ワッカとイチヤが弓を下したが、いまだ視線の場所は変わらない。
 深山はゆっくりとした動作で、制帽を深く被り直した。
 
 皆が送りを見届けていた。
 
 小石丸は、それら人間の事など気にせず、取り払われた注連縄の先、茫然とするキイトの元へと歩き出した。

 首をなくした生き物の上で、キイトはやって来た師を見上げた。
 小石丸は無言でその胸倉を掴み、引きずり下ろすと、強く殴りつけた。
 騒がしくなってきた現場が、再び静かになる。
 起き上がろうとするキイト、しかし容赦なく蹴りつけられ、その頭に足が置かれた。

「愚か者、お前は悪戯にこの者を苦しめた。己が弱さに糸を緩め、尊き者を苦しめた」

 キイトがざらつく石畳に頬を削らせ、痛みに耐えていると、落とされた首と目が合った。生気のない赤い目が、こちらを興味深げに見ている。
 キイトは心の中で、その首に謝った。

(君を苦しめてごめんなさい。僕が弱くてごめんなさい。すぐに送れなくて、ごめんなさい)

 遠くで人間の怒鳴り声が聞こえた。見ると、ワッカが怒り狂ったように暴れ、それを菊が抑えている。深山は、黒刀に手を掛けたまま、こちらをじっと見ていた。
 キイトは再び首に話しかけた。

(あの人たちの目、僕のために怒ってくれている。でも、小石丸様が正しい。小石丸様が一番強いから)

 そして続く痛みに耐えるために、目をつぶった。



○○○○○



「ふざけんなくそったれ! ガキが訳なくシバかれてんだっ 離さなきゃテメェの玉潰すぞ!」

 赤毛を乱し、罵詈雑言を菊に浴びせるワッカ。そんな彼女を、菊は巨体で羽交い絞めにし、びくとも動かぬまま、深山へと声を掛けた。

「深山、お前まで騒ぎを起こすなよ。分かってんだろうな」
「もちろんです。……しかし、副館長殿はどうお考えなのですか、あれを」

 菊に返したわりには、刀から手を放さない深山。深山はそのまま、隣に立つバーメイスタ副館長を見た。
 副館長は蹴り続けられるキイトを、腕を組みじっと見ている。硬い声が発せられた。

「我ら守護館は、イトムシの長の躾に、手出しは出来ない。彼らの文化を守る、古い取り決めを破っては、彼らの権利を奪うことになる。守護館は、イトムシと争ってはいけないのだ」
「ご立派な事で」

 深山は吐き捨てるように言い、そして刀から手を離した。

「私も、立派でなければいけない立場です。お気持ち察せられなくて、申し訳ありません」



○○○○○



 キイトは身を硬くし、強い蹴りを受け続けた。
 逃げようとすれば弱いと罵られる、立ち向かえば、今以上に手酷く扱われる。何よりこれは罰なのだ。自分が悪いと言うならば、その罰は受けなくてはいけない、キイトはじっと痛みを受けた。
 石畳にしがみ付いていた手へと、小石丸の足が向かい、思わず手を腹へと隠した。それを見て小石丸が聞く。

「何を怯える。指が惜しいか。お前が送った生き物は、もっと苦しく辛い痛みを味わったのだ」

 その言葉に、キイトの目頭が熱くなり、涙が溢れる。涙の湖に、追放者の首が浮かんだ。

(恥ずかしい、自分の痛みで泣くなんて。僕は本当に情けない奴だ、小石丸様の言った通り、君は、もっともっと痛くて、怖かったのにね)

 キイトはじくじくと痛む体を起こし、師の前へと、隠していた指をそろえて差し出した。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

グラディア(旧作)

壱元
SF
※本作は連載終了しました。 ネオン光る近未来大都市。人々にとっての第一の娯楽は安全なる剣闘:グラディアであった。 恩人の仇を討つ為、そして自らの夢を求めて一人の貧しい少年は恩人の弓を携えてグラディアのリーグで成り上がっていく。少年の行き着く先は天国か地獄か、それとも…

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...