イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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雀通り8

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 小石丸は、無表情のまま足を上げる。キイトは固く目を瞑り、痛みを覚悟した。
 その時、ドンっと何かがぶつかり、キイトの体を包んだ。

「お止めください」
「何のつもりだ」

 小石丸がその目に、黒い沼を引き出し、腕の中にキイトを庇う人物を睨みつける。

「キイト様はお怪我をされています。どうぞご勘弁を」

 ヌー・シャテルはそう言うと、真っ直ぐに小石丸を見つめた。
 夜の目を通し、冷たい悪意がヌーへと、そして、見守る人間たちへと送られる。目を伝い、心と頭へと、憎悪の夜が走って行く。
 暗い沼が、人を沈めようとうごめく。

「人間の分際で、イトムシのしつけに関わるな」
「出過ぎた真似をお許しください。しかし、イトムシの保護は、私共、宮の仕事です。私は、国から任されたその仕事を、まっとうするのみ、でございます。この場にて、イトムシ・キイト様を保護させて頂きます」
「保護だと?」

 ここに、どの世界にも通ずる、法と規約の矛盾と、抜け道が示された。
 国はイトムシの衣食住、環境管理を、全て適した最善の状態で、維持提供する。ヌーが預かる、保護育成もまた国の配下だ。
 イトムシは、追放者に対処できる、唯一の強力な武器ではあるが、その数が三十体を越した事はない。追放者と渡り合いながら、生活を維持し、社会を営むのは、到底の無理がある。そして人間は数が多いが、追放者と渡り合う事も、送る事も出来ない。しかし、この豊かな土地に居続ける限り、追放者は現れる。

 人の国は、イトムシと言う名の武器を。
 イトムシは、人の国と言う名の巣を。
 互いに必要とし、互いにそれを心得ている。
 貴重なイトムシではあるが、小石丸とてそれは変わらない。どこまでも、好き勝手に振舞える訳ではない。人とイトムシの利害関係に反してしまう。
 しかし、イトムシの社会に口を出すヌーもまた、その危険を冒している。

 ヌーは、自身より高位の者に、自身の役職の権利を振りかざす、危険な賭けに出た。

 人とイトムシが、互いに睨み合う。
 ヌーは一歩も譲らず、一か八かの賭けから降りようとはしない。
 その時唐突に、以前イトムシ同士の睨み合いを回避した、ヒノデの行動を思い出した。

 (喧嘩をしたいわけではない。自分の我を通したいわけでもない。ただ、キイト様を保護したいだけです)

 ――ヒノデの回避行動に習い、そっと目線を外し、下を向いた。
 これでは、小石丸の意に従うようで恐ろしかったが、逸らした直後、小石丸が背を向け歩き出した。 
 何か許されたようだ。
 ほっと胸を撫で下ろすと、腕の中の幼い黒い目と、目が合った。

「小僧、糸を回収しておけ」

 キイトはヌーから目を外し、厳しい師の背に、暖かい腕の中から返事をした。

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