イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

文字の大きさ
87 / 119

指の傷1

しおりを挟む

○○○○○

 救護馬車の縁に座り、キイトはワッカから手当てを受けた。
 イトムシは人間に比べ、傷の治りが早い。だからと言って、痛みを感じないわけではないのだ。
 
 擦り傷に染みる薬を塗られ、打ち身には、冷たすぎる貼薬を貼られた。
 治療に慣れていないキイトは、傷は手当てをするから痛むのだと、下を向き耐えた。
 手当てが一段落すると、ワッカが機嫌よくキイトを褒める。

「偉いね、小さいイトムシ。我慢強い子だ。さぁ次は手を出して、糸傷だらけで痛いでしょ」

 キイトはぎょっとしてワッカを見た。慌てて手を後ろで組み、人間から隠す。

「いいです。指は自分で治します」
「何言ってんのさ。さぁ、指を出しなさい」
「……」

 キイトは黙って首を横に振った。そこへ、注連縄しめなわを束で担いだ菊が通り掛り、ワッカを注意する。

「やめてやれ、ワッカ。イトムシは指を触られるのを嫌がる。お前だって、そんくらい知ってんだろ」

 そう言いながら、菊はどかどかと乱暴に、注連縄を馬車の荷台へ放り投げた。上で作業をしていた館士兵が「あぶねぇだろ」と不平をあげている。
 ワッカはそんな菊を煩そうに睨んだ。

「そりゃ知ってるさ。けどね、小さいイトムシはまだ子供だよ? いいじゃないか!」

 ワッカは菊にそう怒鳴ると、再び優しげな声で、キイトに手を出すよう促した。

「一人じゃやり難いでしょ? 膿んだりしたら大変だから、ほら、ね、良い子。こら、出せ」
「……」

 キイトは、手を人間に触られるのに抵抗を感じ、視線を泳がせ菊に助けを求めた。しかし菊は、荷台へと寄り掛かり、愉快そうに笑っているだけだ。

「俺の手当てなんて、つばかけて終わらせやがったくせに。女は子供と動物に弱いって、本当だなぁ」

 荷台にいた館士兵も菊にのり、キイトに詰め寄るワッカを見て揶揄ってきた。

「じゃ何か? レッド・シンディーも女だった、って事か? そいつぁ驚きだ!」
「ちげぇねぇや!」

 笑いあう男二人に、ワッカが手でサインを送ったが、キイトが見ているのに気が付くと、慌てて蝶の形に組み直した。何か下品なハンドサインだったようだ。
 蝶が不器用に羽ばたこうとしていると、仕事に戻る菊と入れ替わり、深山とイチヤがやって来た。

「おや、レディ・シンディ。可愛い蝶ですね」
「おつでぇす」

 深山は制帽を手にすると、荷台に腰かけているキイトの前に膝を付いた。

「改めまして、お疲れ様です。イトムシ・キイト様、お見事でした」

 深山がそう言いキイトを見上げると、幼い瞳が不安で曇っていた。

「深山様。……見事、なんかじゃないです。僕、殺してしまった、ような気がして」

 キイトが擦れた声を出し、続く言葉を飲み込む。
 深山が大げさな身振りで、それを否定した。

「まさか。追放者を至高の地、楽園へと送ったんです。苦しそうに見えたのは、肉体を淡いに落としたが故でしょう。いまはもう、苦しみのない楽園で安息の夜を味わうことを祈るばかりです」

 深山が楽園の加護を招く仕草をする。

「さぁ、元気を出して。貴方はご自身の使命を、正しく行ったのですよ。イトムシ様」

 キイトが顔を上げ、深山の目を見る。深山は笑顔を向けた。

「ヒノデ様も、さぞ誇らしくお思いでしょう」

 夜の湖にさっと風が吹く、そこから生まれた波紋が、キイトの顔に変化をもたらした。

「そうだと……、いいな」

 ようやく見る事が出来た幼い笑顔に、まわりの者が、互いに顔を見合わせ笑った。
 そして深山は、そのままさらさらと続けた。

「では、手を出してください」
「それはいや!」
「だめですか」

 流れにまかせ傷を見ようとしたが、キイトは頑固だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

まひびとがたり

パン治郎
歴史・時代
時は千年前――日ノ本の都の周辺には「鬼」と呼ばれる山賊たちが跋扈していた。 そこに「百鬼の王」と怖れ称された「鬼童丸」という名の一人の男――。 鬼童丸のそばにはいつも一人の少女セナがいた。 セナは黒衣をまとい、陰にひそみ、衣擦れの音すら立てない様子からこう呼ばれた。 「愛宕の黒猫」――。 そんな黒猫セナが、鬼童丸から受けた一つの密命。 それはのちの世に大妖怪とあだ名される時の帝の暗殺だった。 黒猫は天賦の舞の才能と冷酷な暗殺術をたずさえて、謡舞寮へと潜入する――。 ※コンセプトは「朝ドラ×大河ドラマ」の中高生向けの作品です。  平安時代末期、貴族の世から武士の世への転換期を舞台に、実在の歴史上の人物をモデルにしてファンタジー的な時代小説にしています。 ※※誤字指摘や感想などぜひともお寄せください!

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...