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指の傷1
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救護馬車の縁に座り、キイトはワッカから手当てを受けた。
イトムシは人間に比べ、傷の治りが早い。だからと言って、痛みを感じないわけではないのだ。
擦り傷に染みる薬を塗られ、打ち身には、冷たすぎる貼薬を貼られた。
治療に慣れていないキイトは、傷は手当てをするから痛むのだと、下を向き耐えた。
手当てが一段落すると、ワッカが機嫌よくキイトを褒める。
「偉いね、小さいイトムシ。我慢強い子だ。さぁ次は手を出して、糸傷だらけで痛いでしょ」
キイトはぎょっとしてワッカを見た。慌てて手を後ろで組み、人間から隠す。
「いいです。指は自分で治します」
「何言ってんのさ。さぁ、指を出しなさい」
「……」
キイトは黙って首を横に振った。そこへ、注連縄を束で担いだ菊が通り掛り、ワッカを注意する。
「やめてやれ、ワッカ。イトムシは指を触られるのを嫌がる。お前だって、そんくらい知ってんだろ」
そう言いながら、菊はどかどかと乱暴に、注連縄を馬車の荷台へ放り投げた。上で作業をしていた館士兵が「あぶねぇだろ」と不平をあげている。
ワッカはそんな菊を煩そうに睨んだ。
「そりゃ知ってるさ。けどね、小さいイトムシはまだ子供だよ? いいじゃないか!」
ワッカは菊にそう怒鳴ると、再び優しげな声で、キイトに手を出すよう促した。
「一人じゃやり難いでしょ? 膿んだりしたら大変だから、ほら、ね、良い子。こら、出せ」
「……」
キイトは、手を人間に触られるのに抵抗を感じ、視線を泳がせ菊に助けを求めた。しかし菊は、荷台へと寄り掛かり、愉快そうに笑っているだけだ。
「俺の手当てなんて、唾かけて終わらせやがったくせに。女は子供と動物に弱いって、本当だなぁ」
荷台にいた館士兵も菊にのり、キイトに詰め寄るワッカを見て揶揄ってきた。
「じゃ何か? レッド・シンディーも女だった、って事か? そいつぁ驚きだ!」
「ちげぇねぇや!」
笑いあう男二人に、ワッカが手でサインを送ったが、キイトが見ているのに気が付くと、慌てて蝶の形に組み直した。何か下品なハンドサインだったようだ。
蝶が不器用に羽ばたこうとしていると、仕事に戻る菊と入れ替わり、深山とイチヤがやって来た。
「おや、レディ・シンディ。可愛い蝶ですね」
「おつでぇす」
深山は制帽を手にすると、荷台に腰かけているキイトの前に膝を付いた。
「改めまして、お疲れ様です。イトムシ・キイト様、お見事でした」
深山がそう言いキイトを見上げると、幼い瞳が不安で曇っていた。
「深山様。……見事、なんかじゃないです。僕、殺してしまった、ような気がして」
キイトが擦れた声を出し、続く言葉を飲み込む。
深山が大げさな身振りで、それを否定した。
「まさか。追放者を至高の地、楽園へと送ったんです。苦しそうに見えたのは、肉体を淡いに落としたが故でしょう。いまはもう、苦しみのない楽園で安息の夜を味わうことを祈るばかりです」
深山が楽園の加護を招く仕草をする。
「さぁ、元気を出して。貴方はご自身の使命を、正しく行ったのですよ。イトムシ様」
キイトが顔を上げ、深山の目を見る。深山は笑顔を向けた。
「ヒノデ様も、さぞ誇らしくお思いでしょう」
夜の湖にさっと風が吹く、そこから生まれた波紋が、キイトの顔に変化をもたらした。
「そうだと……、いいな」
ようやく見る事が出来た幼い笑顔に、まわりの者が、互いに顔を見合わせ笑った。
そして深山は、そのままさらさらと続けた。
「では、手を出してください」
「それはいや!」
「だめですか」
流れにまかせ傷を見ようとしたが、キイトは頑固だった。
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