イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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指の傷2

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 キイトにフラれた深山が、制帽をくるりと回し立ち上がると、代わりにイチヤが前へと出た。

「キイト君、いいもんみせてあーげる」
「……いいもの?」
もん紋々もんもん。紋黄蝶ーってね」

 イチヤは歌うように言い、腕まくりをした頼もしい腕を、キイトの前に出してみせた。
 出された腕には筋肉に添い、びっしりと刺青が入っていた。縁起物の蝶やら蛇やら、飾りたてた矢などが賑やかで、キイトは思わずしげしげと見てしまう。

「どぅ? かっこいいでしょ。これは地下の蛇で、こっちは守護館の紋黄蝶。んで、これは最近入れた、『弓が上達しますよーに』ってやつで、こっちは水模様だよ」

 イチヤは指差し説明しながら、さり気なく後ろに身を引いていった。
 興味深げに見ていたキイトが、つられて身を乗り出した。
 すると、後に隠していた手が、体を支えるために荷台の縁へと出て来た。
 縁を掴む指が、血と切り傷で強張っている。
 イチヤのの意図を汲んだ深山が、さり気なく荷台へと寄りかかり、キイトとの間を詰める。さらに、空気を読んだワッカも、何気なしに縁に肘を掛けた。
 二人がキイトの脇を固める。

「そう言えば、キイト君も腕になんかあった? こんくらいの、ちょっと橙色の入ったやつ。蛾の目みたいでかっこいいね、見せて見せてー」

 腕の痣を見たのだろう。
 治療の為に長袖を脱いでいたキイトは、半袖のままの腕を出そうと、動かしかけた。その時。

「お! キイト、指触らせる気になったのか!」

 何も知らない菊が仕事を片付け、大声で戻って来た。

「っ……」
「いまです!」
「観念だよっ!小さいイトムシっ」

 キイトが腕を隠そうとすると同時に、ワッカと深山が左右から勢いよく手を伸ばした。

 二人はキイトの腕を捕えようとするが、イトムシの反射神経は早かった。
 キイトは、ぴょんと跳ね上がると、人の手の届かない後ろへと下がってしまう。

「わっ、すみません。レディ」
「おっと、逃げたね」

 互いに得物を掴み損ねた二人は、上半身を荷台へと倒し折り重なると、思わず声を上げ笑った。
 イチヤもまた、二人の失態と、キイトの素早さの対比にけらけらと笑い、腹を抱えながら菊を向えた。

「ダメっすよぉ。菊さん! もう少しだったのに」
「なんだなんだ、騙し討ちか? そりゃすまんかった。まことにごめん」

 楽しそうな大人たちとは違い、キイトは不愉快そうに眉をひそめている。からかわれる事、大勢でじゃれ合う事に慣れていないので、ただ馬鹿にされたと感じているのだ。

「嫌だと言っています! 手を触られたくない」

 そう、つんつんと、棘のある声を出すキイトに、深山が真剣さを取り繕いなだめた。

「お許しをキイト様、手当の為です。……しかし、美しい女性もダメ、宮一番の美形も、若い男もダメ……キイト様のお好みは大変難しい」
「うーん……あとは、メーさんかなぁ」

 へらりと笑ったイチヤが、片手を挙げ、ぐるりと周りを見回した。
 菊が、少し遠くで館士兵と話していたヌーを大声で呼んでやる。

 菊に呼ばれ走り寄って来るヌーを、キイトは荷台に立ったまま迎えた。そんなキイトを見て、ヌーの目尻が下がる。

「キイト様、お怪我の具合はどうですか? おや、どうかなさいましたか?」
「……」

 黙ったまま睨みつけてくるキイトに、ヌーは慌てた。
 普段は素直なイトムシが、不機嫌を露わに睨んでくる。どこか酷く痛めてしまったのかと、青くなりワッカを見ると、彼女は苦笑しながら事情を話した。

「……そうでしたか、手の治療が行えないと。たしかに、飼育書にも記述がありました。気難しい個ですと、仲間同士の握手も嫌がるそうですね」

 キイトが素早く口を尖らせた。

「イトムシは握手をしないよ。それは人間の文化。僕は気難しくない、ただ嫌なだけ」

 言ったキイトは、変わらず後ろで腕を組み、ヌーを見ている。
 ヌーは目鏡を押さえ、同意を示す為に深く頷いた。

「えぇ、ごもっとも。キイト様は気難し方などではありません。なので、ぜひ私、キイト様専従宮使いに、傷の手当てをさせてください」
「……」

 キイトは、眼鏡越しに琥珀色の目を見つめた。
 先程の、人間ヌーの腕の中を思い出す。師に歯向かった人間、夜の沼に沈まなかった男。

「どうか私に、貴方のお世話をさせてください」

 ヌーが両手を差し出した。
 糸を操るのに適していない、人間の指。短く、手の平ほどの範囲しか動かない、不器用な指。
『不自由な指だ』と、軽蔑する師の声が聞こえた気がした。

(だけど、暖かい。ヌゥの手は、暖かい)

 あの時、キイトを抱き込み守った腕。
 肩にしっかりと回された指の、一本一本が熱かった。

「どうぞ、キイト様」
「……」

 ヌーが相も変わらず、目尻を下げ、無防備な視線でキイトを見つめてくる。
 まじないを施した眼鏡が、鈍く色味を与えているが、それでも、ヌーの琥珀色の目は変わらず暖かい。
 
 硝子越しに、琥珀の灯がキイトの夜を見つめている。

 キイトの手が、ゆっくりとヌーへ向かった。
 血染めの指が、差し出されたヌーの手へと重なる――。
 その寸前で、指が止まった。


『お前が送った生き物は、もっと苦しく辛い痛みを味わったのだ』


 突然蘇る師の言葉に、途方もない罪悪感が胸を刺す。
 キイトはぎりっと唇を噛んだ。

(そうだ、僕は追放者を苦しめてしまった。僕の指なんて、怪我して当然なんだ。……だけど送れた。いや……わからない。なんでみんな普通にしているの? 人間は悲しくないの? もうひとりにしてほしい、もうほっといてよ!)

 いまだ幼いイトムシは、感情のはけ口を見失い、衝動のまま手をひるがえした。
 キイトの指が、ヌーの顔から目鏡を叩き落とす。

「っ嫌だと言っている! 僕の目をまともに見られないくせに、分かろうとするな! ヌゥなんて大嫌いだ!」

 キイトはそう叫ぶと、勢いをつけ跳び上がり、荷台から馬の背へ、さらに店の看板を揺らし、通り沿いの三階建ての建物の屋根へと飛躍した。
 幼いイトムシは人の手の届かない、屋根の上へと身を隠してしまう。

 一息の間に起こった事だった。

「……すげ。あんな小さいのに、上まで飛べるんだぁ」

イチヤが、場を和ませるためと言うより、心底感心して上を仰いだ。
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