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指の傷4
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「ヒノデ、いつからいたのさ」
黒髪を波打たせ、屋根へと飛び上がったヒノデ。それを見上げワッカは、戻ったヌーへと聞いた。
「私が到着した際は、すでに待機されていました」
ヌーが息を整え答える。
先ほど、全力で近くの路地を駆け、大声でヒノデの名を呼んだ。
要請が出なくとも、彼女ならすぐ近くで待機している自信があった。そして、送りが終わってもまだきっとそばにいるだろうと踏んでいた。
(予想通り、ヒノデ様はふた声で姿を現された)
汗を拭いヌーはへらりと笑った。
(……まぁ、かなり怪訝な表情をされてしまったが、表情をあまり変えないイトムシの、貴重な顔色を見れたと言うことで)
最初にヌーが現場へと到着した時、路地へと隠れた人物。イトムシの白い上着を着なくとも分かる、少しぎこちない歩き方。
ヒノデは誰よりも先に、現場にいたのだ。
ヌーは、ヒノデの背が消えた屋根を仰いだ。
(やはり、ヒノデ様はキイト様を心配されて……当たり前か、母親だもんな)
○○○○○
「……ヒノデ様」
キイトの目の前に、薄緑色のドレスに控え目なローブを纏った母が立っていた。
日を背負い影になった表情は伺えず、キイトは慌てて身を正した。
「っあ、の……」
「手を出しなさい」
「……」
その懐かしい声に、キイトは目を伏せ、素直に両手を出した。
そばにやってきたヒノデは、しゃがみ込むと、白く長い指をキイトの指の隙間へと差し入れてきた。
ひんやりとした肌の感触が、指から伝わる。イトムシ同士、極親しい間柄で交わされる挨拶だ。
(母さんの指だ)
キイトは胸が詰まり、鼻の奥がツンとした。
(会いたかった、ずっと会いたかった。こんな所、見せたくなかった……。でも、会えた)
ヒノデの指がゆっくりと抜け、かわりに濡らした柔らかい布が、血の滲む指を包む。
キイトの指、一本一本が丁寧に拭われ、傷の具合を見つめられる。右手中指横に深い糸傷があり、ヒノデが本糸を紡ぐと、小さな隠し針で縫ってくれた。
(布に痛み止めが浸してある……指の痛みが鈍く感じる)
キイトが、鈍い痛みと母を前にした緊張で固まっていると、ヒノデの声が降りてきた。
「キイト、あなたは強い。だからより、指の痛みに敏感なのでしょう。……もう少し成長すれば、骨と皮膚が安定し体が慣れます。それと、指を返して、糸を手の中で走らせる事を覚えなさい。そうすれば、深い傷は無くなります」
「……」
キイトは下を向いたまま頷いた。
一言でもしゃべれば、泣き出してしまいそうで息苦しい。
「追放者を楽園へ送りましたね」
「……」
これにも頷く。
母の声を一声聞く毎に、イトムシ館での思い出が近づき、いまにも帰りたいと叫び出しそうだった。
「よく頑張りました。正しい事です」
「でもっ!……苦しめて、しまいました……」
ぽたり。
キイトの目からついに大粒の涙が落ち、屋根に弾ける。
あぁ、もう駄目だ。とキイトは思った。
ぽたりぽたり、次々に涙が溢れてゆき、喉が熱い。つかえていた言葉が、黙っていようとした声が、涙に流され出てくる。
「すぐに、イトムシとして見てもらえませんでした。認めさせるって、何? 知らないです、わからないよ! 追放者は何故あんなに悲しいの?
僕、あの子が好き。あの子はずっと僕を無視していて、小石丸様の所へ行こうとして――やっと戦ってくれたけど、辛そうで苦しそうで、死んでって、言ってしまった。
……歯がすごく綺麗だった。ヒノデ様の持っている、真珠の首飾りみたいで、……なのに、体から切り離してしまった。
それからっ……小石丸様に怒られました。小石丸様は僕の指を踏もうとした、でもヌゥが……かばってくれた。……だけどヌゥも嫌い。きっと僕を弱いと思っている、指を出せって言う!」
そこまで、勢いと混乱のままに一気に話すと、キイトは顔を上げ、母を見た。
夜の湖が溢れる。
泣き濡れた幼い顔が、悲痛に歪む。
「っかあさん、もう帰りたいよ!」
「……」
叫び、もう限界だと、幼い必死さで訴える。
ヒノデが腕を伸ばし、泣き出したキイトを強く抱きしめた。
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