イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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指の傷5

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「しっかり聞くのよ、キイト」
「っ……」

 母の声が耳元で聞こえた。
 抱き寄せられた時に、頭の後ろを掴まれるようにされた。耳の後ろで、ぎゅっと力のこもる母の指が、痛いほどだ。

「あなたはまだ、母の元に帰って来てはダメ。
まだ学ばなくてはいけない。……小石丸様は厳しく怖い方だけど、あなたが恐れる事はない。何故なら、キイトは強いから。強いイトムシだから。いまはまだ、じっと耐えるのです。悲しい事も苦しい事も」

 キイトの涙が、母のドレスに吸われていく。
 優しい心臓の音が聞こえる。

「キイトが言っていること、良く分かるわ。
追放者はみな、美しく愛しい。母さんもあの生き物たちが、たまらなく好きです。……イトムシは追放者に、無条件に親愛を感じるの。同じ夜の生き物だから。
……だから悲しいの。大好きな者を、送っていかなくちゃいけないから辛いの」
「……同じ夜の生き物。……つらい」

 キイトが感じていた苦しみが、言葉になって胸に落ちる。

「そうよ、あの子達に会うと傍にいたくなる。けど、ずっと傍にはいられない。
彼らは昼に追放された夜の生き物。どんなに時間をかけても、どんなに苦しませても、夜の楽園に送るの。
ムシは追放された者に、容赦なく罰を与える。追放されたとはいえ、夜の奥方の民に罰を与えるのは、ことわりが違うわ。ムシの罰は、それこそ、私たちが送る際に与えてしまう痛みよりも、残酷なものです。
だから私たちは、どんなに辛くても悲しくても、糸を使い、あの美しい体を壊すのです。いいわね」

 キイトはじっとしたまま答えない。
 ヒノデはかまわず続けた。

「……あなたは一度ムシを呼びました。それは他のイトムシには出来なかった事。キイトが特別なイトムシである証明よ。素敵ね。いまはまだ、どの条件でどうやって呼べたのか、私にも分かりません。でも、あなたならその内わかるわ」
「……ムシはあまり好きじゃない」

 キイトが拗ねたような、甘えたような仕草で、母の腕にぐいぐいと額を押し付ける。
 ヒノデはその額を捉え、泣き止んだ赤い目を覗いた。
 二人の視線が交わる。ヒノデが微笑んだ。

「いまはね。……でも、もしかしたらムシたちにも親愛を感じ、互いに良い関係を築けるかもしれないわ。いつだって、今と違う事が起きるもの」
「……」

 キイトはじっと考えた。母がそう言うならば、なるほど、好きになれるかもしれない。

「それに、キイトは人間とも、良い関係を築けるでしょう」

 ヒノデはキイトから体を離し、棟に肘をかけると、通りを見下ろした。

「館士兵は気持ちの良い人ばかり。水館は無口な好奇心の塊。宮の人間はどこまでも真面目で、面白い」

 ヒノデが下の人間たちを観察しながら、誘うように言うが、キイトは覗こうとはしない。
 下を覗いていたヒノデが、何かを見つけたように首を傾げた。

「……あら? ヤモリが菊と喧嘩をしている。随分威勢の良いヤモリがいたのね。ヌーが止めにはいったわ、危ないから放って置けばいいのに……。菊はまわりを見ないで暴れるから、あぁ、ほら、危ない」
「っ! だめ、助けなきゃ!」

 キイトの脳裏に、菊の逞しい腕にやすやすと投げ飛ばされるヌーが想像できた。慌てて棟に手を着くと、下へと身を乗り出す。

「あれ?」

 しかし下の通りでは、ワッカに背を蹴られている菊、それを眺める深山、人が戻りはじめ、馬の移動をするイチヤに、手伝おうとして馬に嫌がれられるヌーが見えた。
 平穏を取り戻した風景。
 馬に嫌われてはいるが、ヌーは無傷だ。
 キイトはじっと下を見て、次いで横を見た。母が頬杖を着き、こちらを眺めている。

「……」
「……」
「……あの」
「嘘です」

 ヒノデが、桜色の唇を少し上げて言う。
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