イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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指の傷6

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 下でヌーが屋根から覗く二人に気付き、両手を元気よく振りだした。馬が首を使いそれを払うので、イチヤが馬を撫でなだめる。
 ヒノデに向かい、深山が品よくお辞儀をするのを菊が小突き、互いに再び睨み合う二人。そして、ワッカが笑顔で、ヒノデへと口笛を吹くと、ヒノデも口笛を返した。口笛に気づいた館士兵が、何人かこちらを仰ぐ。

 穏やかな時が流れている。

(……僕、何に腹を立てていたんだっけ。思い切り泣いたら、なんだか気が晴れたや)

 すんっと鼻をすするキイトを、ヒノデは口元に笑みを隠し眺めた。
 
(うちの子は昔からそう。気持ちのぶつけ方を知らなくて、いつも最後に泣いてしまう)

 ヒノデが母親の目でキイトを見つめる。キイトはそれには気付かず、泣き止んだ赤い目で人間達を見下ろした。
 なんだか、一人で拗ねているのが勿体なく感じられる。
 キイトは、手を振っているヌーへと、包帯を巻いた手を小さく振ってみた。すると気付いたヌーが、全身を使って必死に返答を始めたので、キイトは笑いだしてしまった。
 
 キイトが笑った時だった、突然、通りの両水路から小さな影がわっと浮かんだ。
 影たちは、水路からぴしゃぴしゃと水を跳ねさせ、人間たちを驚かせる。
 ヒノデが影を指さし、目を輝かせた。

「淡いに生まれた楽園ね。あなたの送りについて来たんだわ。ほらね、イトムシが誰だか、ちゃんとわかっているのよ」

 ヒノデはキイトを見つめると、瞳の夜へと招き入れた。
 視線が交わり、心が繋がれる。
 我が子を誇らしく思う気持ちが、隠されること無く、キイトの持つ夜の湖へと投げ込まれる。
 ヒノデの気持ちがキイトへと伝わった。

 母と離れていた三年間が、ようやく報われる気がした。

「さぁ、降りるわよ」
「はい! ヒノデ様」

 ヒノデは立ち上がると、屋根の端に結んだ渡り糸へと足を掛け、斜めに地上へと滑り下りた。
 キイトもそれに習ったが、途中で飛び跳ね、ヌーの元へと走り寄る。

 地上でイトムシを待っていたヌーは、キイトが走って来ると、膝を付き視線の高さを合わせた。
 キイトは何か言いたそうに、琥珀色の瞳を覗いた後、自分の包帯が巻かれた指を差し出した。

「……怪我はもう、大丈夫」
「それはよかった。しばらくは使わないようにしましょう、傷が開くと痛いですからね」

 ヌーが優しく言う。

(謝りたい、それに……。駄目だ、ちゃんと言葉にしなきゃ)

 キイトは自分の言葉をかき集め、ヌーへと向き合った。

「うん。あの、……さっきは、ごめんなさい。
指、本当に嫌だったんだ。でも僕は、ヌゥに酷いことしちゃった。ごめん。ヌゥが母さんを連れて来てくれたんでしょう。ありがとう。それでね……」

 そこで言葉に詰まってしまう。
 キイトは困って視線を揺らし、左手を首元へと持っていった。不安を感じた時の癖。

(それでね、ヌゥと良い関係を築きたい。イトムシと人間だけど、子供と大人だけど……)

 そう伝えたいのに、言葉が上手く紡げない。

 ヌーは目鏡を押さえ、言葉を探し悩む、幼いイトムシを見た。

(今はまだ、助け舟を出しても罰はあたらない)

 ヌーの目尻が下がり、琥珀色の瞳がキイトの困り顔を映す。

「キイト様、私の『友達』になってくれませんか」
「……ともだち?」

 キイトは突然の申し出に、驚き目を開いた。
 ヌーはその目を、なんだか楽しそうに覗き続けている。

「はい。お世話をするのは私の『仕事』、一緒にいるのは『友達』として。喧嘩を沢山しましょう、その分、仲直りも沢山しましょう。いかがですか?」
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