イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

文字の大きさ
94 / 119

競争

しおりを挟む

○○○○○

 水守と館士兵は現場を引き揚げ、人々が通りを行きかう。
 残ったのは菊、深山、イチヤ、ワッカにヒノデだ。

 菊と深山は、どちらがヒノデを館まで送るかで喧嘩をしていたが、当人は構わず、キイトとヌーがそろって来ると、ひらりと宮馬に飛び乗った。

「護衛は不要です。聞き分けの良い美しい馬ね、お借りしますわ。では皆様ごきげんよう」

 そう言い放つと、残念そうに肩を落とす菊をしり目に、帰ってしまう。

「さてと、私らも館に帰るよ。小さいイトムシ、腹減ったろ? 守護館の昼飯は美味いよ!」

 ワッカがそう言うとキイトよりも先に、菊が元気よく歩き出した。

 一行は守護館へとのんびりと歩いて向かった。
 
 途中、キイトはヌーに、近くで見た人面牛がどんなだったかを話した。
 皮膚が溶ける前は、きっと真白だったに違いない、人の言葉をしゃべられるなんて利口だーー。そう熱心に語るキイトだったが、守護館に近づくにつれ、無口になった。

(もうすぐ守護館、ヌゥ気付いているかな)

 キイトは、首元に掛けられた小さな笛を、ぎゅっと握り考えた。
 ヤモリが一人減ったが、終了の笛をまだ吹いていない。宮からはじまったは、まだ続いているのだ。

 振り返ると、菊と深山は飽きずに喧嘩をしており、ワッカがどちらの肩を持つでもなく、二人の間を悠々と歩いている。イチヤは自分たちの前を、のんびりと宮馬を引っ張っている。
 出来ればヌーを勝たせたいが、いまここで全員が走り出しても、足の遅いヌーに勝ち目はない。

(みんなより先に、どうにかしてヌゥだけに、競争を思いださせなきゃ)

「……ギィ」
「おや、キイト様『ギィ』ですか? えっと、つまり、何か焦るような心持と言う感じですか?」

 キイトの呟きを聞き、ヌーは考えを巡らせた。

(イトムシが焦ること、指に触られそうになる? 否、触れていない。キイト様が焦ること、負けること? 否、楽園送りは勝ち負けの域を外れている……勝ち負け? 勝負)

「あ」

 守護館と宮の競争を思い出したヌーが、思わず声を上げた。
 ワッカがヌーへと「忘れ物?」と声を掛けるが、「いえ、別に」とヌーは咄嗟に言葉を濁した。
 菊と深山は相変わらず喧嘩に夢中。
 イチヤはのんびりと前を歩いていたが、振り返りちらりとキイトを見た。キイトが無口な原因を探っているようだ。
 そんなイチヤの目を読み、目を見て嘘をつけないキイトは、そのまま思った事を呟く。

「お腹すいた」
「だよねぇ、俺もぺこぺこ」

イチヤがへらりと笑う。キイトの横で、ヌーも言葉を返した。

「もう少し、ですね? キイト様」
「……うん!」

 琥珀色のヌーの目は含みを持ち、共犯めいた唇が少し上がっている。キイトの意思が伝わったようだ。

「キイト君は大仕事だったもんねぇ、飴あげる」

 そう言うイチヤが隣へとやって来て、飴玉を渡してくれた。
 キイトが礼を言い飴玉の包みを開く。
 すぐ側で、イチヤは馬にも飴玉を与えた。馬は器用に飴玉をみ、何度も鼻っ面をイチヤへとこすりつけた。

 門まで三十メートル。意図せず、強敵のイチヤがヌーの隣まで下がってくれた。

 うしろからは、深山と菊の喧嘩が聞こえる。

「一カ月も守護館なんて……繊細なキイト様が荒れてしまわないか、心配です」
「心配すんな。筋肉バキバキにして返してやるよ。な、キイト。見ろこの筋肉!」
「下品なものを、見せるんじゃありません」
「何だと深山! 人の芸術品をっ」

 残り二十五メートル――、ヌーが走り出した。

「お先に失礼っ!」
「はい?」
「どーしたよ」

 突然の事に、菊と深山が顔を見合わせる。
 一人、勘の鋭いイチヤは、馬の手綱をワッカに投げると走り出し、振り返りざま菊へと手を叩き、叫んだ。

「菊さんっ、走って! 走って! 競争だよっ」
「っ……」

 しかし応じて走り出したのは、イチヤに懐いていた宮馬。
 駆け出す馬のために、ワッカはすんなり手綱を離してやった。
 合点がついた深山が、嬉々として叫ぶ。

「はは、その馬は宮の所有ですからね! ヤモリ代役です。頑張りなさい、馬!」
「いけねっ忘れてた! ワッカ、なぁに敵の手ぇ離してんだよ! つか、馬は反則だろこの野郎!」
「あぁ? いきなり何なのさ」

 菊がわたわたと走り出し、怒鳴られたワッカは怪訝そうに腕を組んだ。
 そんなワッカにキイトが楽しそうに教える。

「競争だよ、宮と守護館で、どっちが早く門にさわれるか勝負です。僕、審判なんだ!」

 キイトはそう言うと、笛を咥え走り出す。
 
 ヌーが走る、次いでイチヤが走る。それを宮馬が嬉しそうに追いかけて行く。
 遅れを取った菊が、意外にきれいな姿勢で皆を追いかけている。

 ワッカは、それら男たちと馬を呆れて眺めた。

「競争って……。宮の奴ってさ、もっとお堅いもんだと思ったけど、うちの馬鹿とあんま変わんないね」
「親近感を持っていただけましたか?」

 ワッカは隣に来た青年隊士を見て、気付いた。
 口達者なわりには、寂しそうな笑い方をする。

「……あんたさ」

 言いかけたワッカが、笛の音と弾ける笑い声に顔を戻すと、ヌーが館門の紋黄蝶に手を着き、肩で息をしていた。自由になった馬が、楽しそうにその前を走り過ぎて行く。
 追いついたイチヤがヌーを小突き、今度は二人して馬を追い駆け走る。
 そこへと追いついた菊が、ようやく紋黄蝶に触れ、「二位だ! 二位」と言いながら、キイトに足の筋肉を見せている。
 キイトが表情無くそれを眺めながらも、目だけは興味深げな色を浮かべている。

 宮も館士兵も、人間もイトムシも、馬もーー。皆、太陽の下で生き生きとしている。
 ワッカは少し笑い、深山の背を思い切り叩いた。

「仲間外れなんてつまんないよ。昼食を一緒にどう? ヤモリの深山!」
「痛っ」

 少々力が強かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

グラディア(旧作)

壱元
SF
※本作は連載終了しました。 ネオン光る近未来大都市。人々にとっての第一の娯楽は安全なる剣闘:グラディアであった。 恩人の仇を討つ為、そして自らの夢を求めて一人の貧しい少年は恩人の弓を携えてグラディアのリーグで成り上がっていく。少年の行き着く先は天国か地獄か、それとも…

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...