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競争
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水守と館士兵は現場を引き揚げ、人々が通りを行きかう。
残ったのは菊、深山、イチヤ、ワッカにヒノデだ。
菊と深山は、どちらがヒノデを館まで送るかで喧嘩をしていたが、当人は構わず、キイトとヌーがそろって来ると、ひらりと宮馬に飛び乗った。
「護衛は不要です。聞き分けの良い美しい馬ね、お借りしますわ。では皆様ごきげんよう」
そう言い放つと、残念そうに肩を落とす菊をしり目に、帰ってしまう。
「さてと、私らも館に帰るよ。小さいイトムシ、腹減ったろ? 守護館の昼飯は美味いよ!」
ワッカがそう言うとキイトよりも先に、菊が元気よく歩き出した。
一行は守護館へとのんびりと歩いて向かった。
途中、キイトはヌーに、近くで見た人面牛がどんなだったかを話した。
皮膚が溶ける前は、きっと真白だったに違いない、人の言葉をしゃべられるなんて利口だーー。そう熱心に語るキイトだったが、守護館に近づくにつれ、無口になった。
(もうすぐ守護館、ヌゥ気付いているかな)
キイトは、首元に掛けられた小さな笛を、ぎゅっと握り考えた。
ヤモリが一人減ったが、終了の笛をまだ吹いていない。宮からはじまった競争は、まだ続いているのだ。
振り返ると、菊と深山は飽きずに喧嘩をしており、ワッカがどちらの肩を持つでもなく、二人の間を悠々と歩いている。イチヤは自分たちの前を、のんびりと宮馬を引っ張っている。
出来ればヌーを勝たせたいが、いまここで全員が走り出しても、足の遅いヌーに勝ち目はない。
(みんなより先に、どうにかしてヌゥだけに、競争を思いださせなきゃ)
「……ギィ」
「おや、キイト様『ギィ』ですか? えっと、つまり、何か焦るような心持と言う感じですか?」
キイトの呟きを聞き、ヌーは考えを巡らせた。
(イトムシが焦ること、指に触られそうになる? 否、触れていない。キイト様が焦ること、負けること? 否、楽園送りは勝ち負けの域を外れている……勝ち負け? 勝負)
「あ」
守護館と宮の競争を思い出したヌーが、思わず声を上げた。
ワッカがヌーへと「忘れ物?」と声を掛けるが、「いえ、別に」とヌーは咄嗟に言葉を濁した。
菊と深山は相変わらず喧嘩に夢中。
イチヤはのんびりと前を歩いていたが、振り返りちらりとキイトを見た。キイトが無口な原因を探っているようだ。
そんなイチヤの目を読み、目を見て嘘をつけないキイトは、そのまま思った事を呟く。
「お腹すいた」
「だよねぇ、俺もぺこぺこ」
イチヤがへらりと笑う。キイトの横で、ヌーも言葉を返した。
「もう少し、ですね? キイト様」
「……うん!」
琥珀色のヌーの目は含みを持ち、共犯めいた唇が少し上がっている。キイトの意思が伝わったようだ。
「キイト君は大仕事だったもんねぇ、飴あげる」
そう言うイチヤが隣へとやって来て、飴玉を渡してくれた。
キイトが礼を言い飴玉の包みを開く。
すぐ側で、イチヤは馬にも飴玉を与えた。馬は器用に飴玉を食み、何度も鼻っ面をイチヤへとこすりつけた。
門まで三十メートル。意図せず、強敵のイチヤがヌーの隣まで下がってくれた。
うしろからは、深山と菊の喧嘩が聞こえる。
「一カ月も守護館なんて……繊細なキイト様が荒れてしまわないか、心配です」
「心配すんな。筋肉バキバキにして返してやるよ。な、キイト。見ろこの筋肉!」
「下品なものを、見せるんじゃありません」
「何だと深山! 人の芸術品をっ」
残り二十五メートル――、ヌーが走り出した。
「お先に失礼っ!」
「はい?」
「どーしたよ」
突然の事に、菊と深山が顔を見合わせる。
一人、勘の鋭いイチヤは、馬の手綱をワッカに投げると走り出し、振り返りざま菊へと手を叩き、叫んだ。
「菊さんっ、走って! 走って! 競争だよっ」
「っ……」
しかし応じて走り出したのは、イチヤに懐いていた宮馬。
駆け出す馬のために、ワッカはすんなり手綱を離してやった。
合点がついた深山が、嬉々として叫ぶ。
「はは、その馬は宮の所有ですからね! ヤモリ代役です。頑張りなさい、馬!」
「いけねっ忘れてた! ワッカ、なぁに敵の手ぇ離してんだよ! つか、馬は反則だろこの野郎!」
「あぁ? いきなり何なのさ」
菊がわたわたと走り出し、怒鳴られたワッカは怪訝そうに腕を組んだ。
そんなワッカにキイトが楽しそうに教える。
「競争だよ、宮と守護館で、どっちが早く門にさわれるか勝負です。僕、審判なんだ!」
キイトはそう言うと、笛を咥え走り出す。
ヌーが走る、次いでイチヤが走る。それを宮馬が嬉しそうに追いかけて行く。
遅れを取った菊が、意外にきれいな姿勢で皆を追いかけている。
ワッカは、それら男たちと馬を呆れて眺めた。
「競争って……。宮の奴ってさ、もっとお堅いもんだと思ったけど、うちの馬鹿とあんま変わんないね」
「親近感を持っていただけましたか?」
ワッカは隣に来た青年隊士を見て、気付いた。
口達者なわりには、寂しそうな笑い方をする。
「……あんたさ」
言いかけたワッカが、笛の音と弾ける笑い声に顔を戻すと、ヌーが館門の紋黄蝶に手を着き、肩で息をしていた。自由になった馬が、楽しそうにその前を走り過ぎて行く。
追いついたイチヤがヌーを小突き、今度は二人して馬を追い駆け走る。
そこへと追いついた菊が、ようやく紋黄蝶に触れ、「二位だ! 二位」と言いながら、キイトに足の筋肉を見せている。
キイトが表情無くそれを眺めながらも、目だけは興味深げな色を浮かべている。
宮も館士兵も、人間もイトムシも、馬もーー。皆、太陽の下で生き生きとしている。
ワッカは少し笑い、深山の背を思い切り叩いた。
「仲間外れなんてつまんないよ。昼食を一緒にどう? ヤモリの深山!」
「痛っ」
少々力が強かった。
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