イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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白い影

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○○○○○

 夜の楽園に広がる湖。
 キイトと大蟷螂おおかまきりキリは、湖中から突き出る大岩に寝転がっていた。
 岩上の厚い苔は、暖かく気持ちがいい。少し先では滝が流れ落ちているが、不思議と音はしない。
 大きな水蛇が岩の回りを泳ぎ、イトムシのキイトを物珍しげに覗いて行く。
 キイトは欠伸をした。

「キリ、おやすみ」
「リィ」



 夜の庭へと立ち、小石丸は茂みを睨んだ。

(小僧はこの中に、楽園の中にいる)

 足を踏みだすと、月が雲に隠され、濃い闇が庭を包んだ。
 茂みの中から、異界の風が吹く。
 葉が擦れ枝がしなり、茂みが威嚇いかくで震える。

 ざわざわざわ ぎしぎし

 庭に走る水路が波打ち、弾かれた水が庭へと投げ入れられる。

 ばしゃばしゃばしゃ

 水が震え、木々が鳴り、夜の静けさを喰い破っていく。

 ばしゃばしゃばしゃばしゃ  ぎしぎし

 茂みへの侵入を拒むように、姿なき者ものが騒ぎ立てる。
 小石丸は足を止めた。

「わしはイトムシだ、楽園へ入る権利がある」

 冷たく言い放ち再び歩み出すが、すぐに動きを止めた。
 行く手の茂みの中、ぼんやりとした、白い人の姿が浮かび上がった。
 背に悪寒が走る。
 白い人影は一人ではない、互いに手をつなぎ、横並びに立たずんでいる。

「……消えろ」

 喉に張り付く糸を飲み込み、呟く。しかし白い人影は消えない。
 顔にあたる部分は闇が濃く貼り付き、見えない。だが、そこから凍てつく視線を確かに感じた。
 
 自然が作り出す騒音の中に、かすかな音が交じり始めた。
 吐息と共に漏れた

『……なぜです?』
『なぜなの?』
『なぜなんだ?』
『なぜだ?』 
『なぜ?』

 闇の視線をたどり、声なき声が小石丸を問う。
 小石丸はたじろぎ、後ろへとよろめいた。

『なぜです?』
『なぜなの?』
『なぜなんだ?』
『なぜだ?』
『なぜ?』

 いまはもう、声だけしか聞こえない。
 耳をふさぎたくても、夏夜にかじかんだ手が上がらず、不器用に足だけが茂みから離れていく。
 小石丸は重い腕を上げ、自分の心臓を掴んだ。鼓動が手の平へと伝うと、恐怖の悲鳴にも似た声で、茂みへと叫ぶ。

「消えろ、過去の亡霊。消えろ!」

 茂みから離れ声が遠のくと、頬に、ふぅ、と温かな息が掛かった。
 彼は知っていた、これは生き物の肺で温められた、最後の一息だ。
 その息が問う。



「なぜ? イトムシを、殺したの?」



 小石丸はきびすを返し、館へと戻った。
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