イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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血2

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 キイトは夜の気配に手を止めた。
 裸足を拭った布をそのままに、感覚を研ぎ澄ませる。

「……楽園」

 食堂の椅子から立ち上がり、中庭へと続く扉を見つめると。
 かちゃり、扉が開いた。

「おはようございます、キイト様。相変らずお早いご起床ですね」
「……おはよう。ヌゥ」

 反対の入口から食堂に入って来たヌーは、キイトに明るく声を掛けた。
 彼は、ここ数日早朝に来ては、キイトの世話をしていた。
 ヌーは、挨拶を返すキイトの手に握られた、血の滲む布を見て、慌て宮からの朝食バスケットをテーブルへと置いた。
 素早く近づくと、立ち上がったままのキイトを椅子へと座らせる。見れば、キイトは寝巻のままである。

「どうされたのです、この血は? 足の裏ですか、少し我慢くださいね。あぁ、これは痛い」
「……」

 ヌーが傷痕を確かめる間、キイトは首を捻り、庭に通じる奥の扉を見た。先程感じた気配は消えている。

「切った。切れる物を踏んでしまった。もう痛くないよ、大丈夫だよヌゥ」
「それでも消毒しましょう、医療箱はどこにありますか?」
「……」

 キイトが首を横に振る。予想はしていた、小石丸が置いているとは思えなかった。
 ヌーはハンカチを取り出すと、丁重に足の傷口に巻きつけた。

「宮へ行きましたら、一番に医務室へ参りましょう。医療箱も調達しなくてはいけませんね」
「……」

 手当てが終ると、キイトはそっと椅子から降り、奥の扉へと向かった。ヌーもその後を付いて行く。
 キイトは、先ほど感じた楽園を確かめるべく、扉をあけた。

「……?」

 開けた扉の先には、早朝の瑞々しい空気に包まれた、夏の庭が広がっている。
 キイトは無人の庭を見回した後、ヌーを見上げた。

「ヌゥ、手当てをしてくれてありがとう」
「どういたしまして、キイト様」



 その日の午後過ぎ、守護館へと追放者出現の一報が入った。
 場所は小石丸館近く、桜の大木を一本、中央へと備えた広場。
 発見者は商人。

 商人は、広場を通り抜ける際に、見事なキアゲハとすれ違った。
 この国では、国旗に描かれるように、蝶は縁起の良いものだ。商人は、これは縁起がいい、商談がまとまるぞ、と帽子をあげ、その見事な蝶に道を譲った。蝶は緑を茂らせる桜の木へと飛んでいく。
 そして、ぱさり。二つに裂かれた。

 木の影が大きく歪み、実際の大きさよりもはるかに膨らむ。
 風もないのに、葉が波立った。
 異形の鳴き声が響いた。
 遥かな何かに、見られる気配を全身で感じた。

 商人はもつれる足のまま、走り出した。彼の後ろで、しばらく動いていた蝶が動きを止めた。
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