13 / 40
13
しおりを挟む
朝霧が谷間を満たすころ、セリナ・リーヴェルは馬車を降り立った。次に訪れたのは、小さな渓谷沿いに築かれたレグナ村。水車が回り、かつては周辺の家々に穀物の粉を届けていた場所だが、ここもいまは寂れ、いくつかの家屋が崩れかけている。
「こちらがレグナ村の入口です」
騎士長エリアスが案内する。生い茂る草が石畳を覆い隠し、村人の姿は見えない。瓦礫の中からは、水車の軋む音だけが微かに響いていた。
セリナは懐から手帳を取り出し、村の古い記録をひもとく。ここにはかつて、令嬢が領主代理として民を支えたという伝承があった。少しでも光があれば、人々の心に希望を宿せるのではないかと考えたのだ。
「まずは村長に会いましょう。書記官には後で手続きを――」
だが言いかけて、セリナはふと橋の上で人影を見つけた。長い銀髪に淡い紫のドレス、背中を丸めて水車小屋を眺める一人の女性。それはまるで、朽ちた村と一体化してしまったかのように物憂げだった。
「――あなたは?」
セリナはそっと近づき、声をかける。女性は驚き、振り向いた。青白い肌に薄紅の頬、深い緑の瞳が揺れている。
「……あ、あなたは、領主様?」
声は震えている。女性が息を整え、少しだけ微笑んだ。
「セリナ・リーヴェルと申します。ここで領地の再建を担当しています」
「レ、レイナです……レグナ村の――その、令嬢で……」
その言葉に、セリナは胸を打たれた。リグナ村の令嬢、レイナ・ド・ロスウェイ。彼女は領主である伯爵家の末娘として育ち、この村を治める立場にあったはずだ。しかし、病弱な身を押して現場に立つことすら叶わず、いまはただこの場に留まるしかなかった。
「どうして、まだここに? ほかの場所に避難された方も多いでしょう?」
セリナの問いに、レイナは視線を落とす。
「父は遠方の貴族と政略婚約を結び、母は王都に――私は置き去りにされました。領主代理としてここを守れと言われたのに、何もできなくて」
言葉は掠れ、目に光る涙をこらえている。セリナはそっと隣に立った。
「あなたは、この村を愛しているのですね」
「愛して……います。でも、もう誰も信じてくれないと思うと、足がすくんで」
セリナは深く頷いた。王都で「冷たい」と言われ続けた自分と、同じ孤独を共有していると言ってもよい。
「私は、あなたの想いを形にするお手伝いができます」
レイナは驚き、目を大きく見開く。
「形に、って……?」
「まずは、壊れた水車を修復しましょう。それから井戸を掘り直し、村の水源を確保します。民が畑を耕し、子供たちが笑う日常を取り戻せるように」
セリナは礼を言い、背後の護衛や使用人たちに指示を出した。レイナは半信半疑ながらも、セリナと共に動き始めることを決意した。
午前中に石工や木工を呼び寄せ、壊れた歯車を研磨し、軸を固める。エリアス率いる騎士が資材調達を担い、レイナはかつて自分が水車を回していた場所に立ち、震える手でハンマーを握った。
「怖いけれど、やってみる……」
その言葉に、セリナは優しく微笑む。
「大丈夫。私も初めは何もできなかった。でも、行動すれば人も動く。あなたの想いは、必ず伝わります」
やがて、木片や鉄を組み直した歯車が軋みながら回り始める。水流に乗ってギアが噛み合い、石臼がゆっくりと動く音は、廃村に新たな命の息吹をもたらしたようだった。
「……動いた!」
レイナの瞳に歓喜の光が宿り、小さく跳ねるように声を上げた。村人たちも遠巻きに集まり、初めてその復活に拍手を送る。
午後になり、セリナは地元の長老と対話を始めた。長老は昔を思い出しながら語る。
「ここはかつて、炭坑と穀倉を兼ねる主要な場所だった。水車の故障が続き、やがて人々は去っていった。令嬢のお嬢様も、この地を守る力があれば――」
長老の言葉を遮り、セリナはしっかり頷く。
「あなたの言う通りです。ここを捨てるのではなく、再生する責任があります。私は、そのために参りました」
夕暮れ、村の広場に小さな祭壇が組まれ、レイナとセリナは共同で礼を執り、再生の祈りを捧げる。赤く染まる西の空に、二人の影が重なった。
「セリナさん、本当にありがとう。あなたのおかげで、私はもう一度、この村を信じられる」
レイナは手を差し出し、セリナの手をしっかりと握った。セリナは微笑み、そっと応える。
「こちらこそ、あなたの勇気を見せてくれて感謝します。これからも共に歩みましょう」
その夜、星明かりの下で水車小屋は静かに回り続けた。廃村だったはずのレグナ村に、再生の音が響く。
「こちらがレグナ村の入口です」
騎士長エリアスが案内する。生い茂る草が石畳を覆い隠し、村人の姿は見えない。瓦礫の中からは、水車の軋む音だけが微かに響いていた。
セリナは懐から手帳を取り出し、村の古い記録をひもとく。ここにはかつて、令嬢が領主代理として民を支えたという伝承があった。少しでも光があれば、人々の心に希望を宿せるのではないかと考えたのだ。
「まずは村長に会いましょう。書記官には後で手続きを――」
だが言いかけて、セリナはふと橋の上で人影を見つけた。長い銀髪に淡い紫のドレス、背中を丸めて水車小屋を眺める一人の女性。それはまるで、朽ちた村と一体化してしまったかのように物憂げだった。
「――あなたは?」
セリナはそっと近づき、声をかける。女性は驚き、振り向いた。青白い肌に薄紅の頬、深い緑の瞳が揺れている。
「……あ、あなたは、領主様?」
声は震えている。女性が息を整え、少しだけ微笑んだ。
「セリナ・リーヴェルと申します。ここで領地の再建を担当しています」
「レ、レイナです……レグナ村の――その、令嬢で……」
その言葉に、セリナは胸を打たれた。リグナ村の令嬢、レイナ・ド・ロスウェイ。彼女は領主である伯爵家の末娘として育ち、この村を治める立場にあったはずだ。しかし、病弱な身を押して現場に立つことすら叶わず、いまはただこの場に留まるしかなかった。
「どうして、まだここに? ほかの場所に避難された方も多いでしょう?」
セリナの問いに、レイナは視線を落とす。
「父は遠方の貴族と政略婚約を結び、母は王都に――私は置き去りにされました。領主代理としてここを守れと言われたのに、何もできなくて」
言葉は掠れ、目に光る涙をこらえている。セリナはそっと隣に立った。
「あなたは、この村を愛しているのですね」
「愛して……います。でも、もう誰も信じてくれないと思うと、足がすくんで」
セリナは深く頷いた。王都で「冷たい」と言われ続けた自分と、同じ孤独を共有していると言ってもよい。
「私は、あなたの想いを形にするお手伝いができます」
レイナは驚き、目を大きく見開く。
「形に、って……?」
「まずは、壊れた水車を修復しましょう。それから井戸を掘り直し、村の水源を確保します。民が畑を耕し、子供たちが笑う日常を取り戻せるように」
セリナは礼を言い、背後の護衛や使用人たちに指示を出した。レイナは半信半疑ながらも、セリナと共に動き始めることを決意した。
午前中に石工や木工を呼び寄せ、壊れた歯車を研磨し、軸を固める。エリアス率いる騎士が資材調達を担い、レイナはかつて自分が水車を回していた場所に立ち、震える手でハンマーを握った。
「怖いけれど、やってみる……」
その言葉に、セリナは優しく微笑む。
「大丈夫。私も初めは何もできなかった。でも、行動すれば人も動く。あなたの想いは、必ず伝わります」
やがて、木片や鉄を組み直した歯車が軋みながら回り始める。水流に乗ってギアが噛み合い、石臼がゆっくりと動く音は、廃村に新たな命の息吹をもたらしたようだった。
「……動いた!」
レイナの瞳に歓喜の光が宿り、小さく跳ねるように声を上げた。村人たちも遠巻きに集まり、初めてその復活に拍手を送る。
午後になり、セリナは地元の長老と対話を始めた。長老は昔を思い出しながら語る。
「ここはかつて、炭坑と穀倉を兼ねる主要な場所だった。水車の故障が続き、やがて人々は去っていった。令嬢のお嬢様も、この地を守る力があれば――」
長老の言葉を遮り、セリナはしっかり頷く。
「あなたの言う通りです。ここを捨てるのではなく、再生する責任があります。私は、そのために参りました」
夕暮れ、村の広場に小さな祭壇が組まれ、レイナとセリナは共同で礼を執り、再生の祈りを捧げる。赤く染まる西の空に、二人の影が重なった。
「セリナさん、本当にありがとう。あなたのおかげで、私はもう一度、この村を信じられる」
レイナは手を差し出し、セリナの手をしっかりと握った。セリナは微笑み、そっと応える。
「こちらこそ、あなたの勇気を見せてくれて感謝します。これからも共に歩みましょう」
その夜、星明かりの下で水車小屋は静かに回り続けた。廃村だったはずのレグナ村に、再生の音が響く。
196
あなたにおすすめの小説
愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。
人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。
それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。
嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。
二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。
するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます
咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。
そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。
しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。
アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。
一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。
これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる