婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ

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 ある朝、レグナ村の子供たちが元気に駆け回る広場を見下ろしながら、セリナ・リーヴェルは書記官のマルセルと向き合っていた。昨夜、村の会合で語られた村人たちの不信が、胸の奥で重くのしかかっている。

 「マルセル、本当にこの税制がかつて失敗したと記録にあるの?」

 書記官は古びた帳簿を開き、埃を拭いながら頷いた。

「はい、令嬢様。三十年前、この地方の急激な増税策が功を奏せず、収穫が激減したという報告があります。領民の貯蓄は尽き、離散した者も多かったと……」

 セリナはふと目を伏せた。王都では数字の裏にある「人の苦しみ」に思いを馳せる機会が少なかったが、今は違う。自分がこの地で果たすべき役割は、ただ数字を扱うだけではない。過去の過ちを正し、信頼を取り戻さねばならない。

「……それで、実際にはどれほどの負担増だったの?」

 マルセルは帳簿の余白に筆を入れ、簡潔に説明を始める。

「増税率は平均で二割、最高で五割にも達していました。しかも、年貢の納入期を前倒しし、準備も資金繰りも間に合わなかった農民が多かったようです」

 セリナの頬を冷たい汗が伝った。「二割」が示す重みを、文字だけではなく身体で感じている。

「なるほど……。まずは、この増税の事実と影響を、村人に正直に示す必要があるわね」

 マルセルは一瞬だけ目を見張り、深く頷く。

「おっしゃる通りです。しかし、どうやって? 令嬢様のご説明だけで納得いただけるか……」

 セリナは胸の内で決意を固めた。言葉だけでは届かない。図案や数値を視覚化し、誰もが理解しやすい形で示すのだ。

「私に少し時間をください。今日は午後に村の集会を開く。あの場で、私の分析結果をお見せしたい」

 マルセルは驚きつつも、即座に準備に取りかかると言った。
 昼下がり、村の広場には家々から集まった三十名ほどの村人が座布団を持ち寄り、石壁に寄りかかっている。遠巻きには子供たちが興味深そうに見守り、大人たちは疑念と好奇心が入り混じった表情だ。
 セリナは黒板替わりの大きな木板を立て、その前に足を止めた。マルセルが数枚の紙と粉筆を差し出す。彼女は深呼吸を一つし、村人たちに向き直る。

 「レグナ村の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」

 セリナの声はかすかに震えたが、一言目を発すると次第に落ち着きを取り戻した。

「実は、この領地には三十年前の増税による深刻な影響が記録されています。その背景と、現在の状況を正直にお話しし、皆様と共に改善策を考えたいと思います」

 木板に「増税の履歴」と題し、年ごとの税率と収穫量のグラフを描き始める。白い粉筆が黒い板に鮮やかな線を刻み、やがて山形のグラフと谷底のような落ち込みが浮かび上がった。

「こちらが、五十年前からの推移です。青線が年貢率、赤線が収穫量を示しています。ご覧の通り、増税が二割を超えた年には、収穫量が急激に落ち込んでいます」

 初めはざわめいていた村人たちも、視線をグラフに集中させる。

「では、どのように改善するか。まず、今年の税率は過去の最高値を超えない一割に抑え、収穫量に応じて柔軟に調整します。その際、納入期の延長と分割払いを導入し、資金繰りの負担を軽くします」

 セリナは続けて、図解と手元の表を同時に示し、具体的な数字を提示した。年貢負担の軽減率によって、年間に換算してどれほどの物資が余るか、グラフと表を見比べながら説明する。

「これにより、例えば麦穀五十石の納税義務がある場合、従来の納付量は十石でしたが、一割に抑えると五石の軽減となります。余った分は来年の備蓄として残せる計算です」

 会場に沈黙が訪れ、一人の老人がゆっくりと立ち上がった。

「なるほど……。お前の言う通りなら、これまでより幾分、楽になりそうじゃ。だが、本当に守られるのかのう?」

 セリナは深く頷き、紙に押した領主印の縮小版を見せた。

「もちろんです。私はここに領主代理として参りました。私の責任として、この約束は必ず守ります」

 老人の眉間に刻まれたしわが和らぎ、次第に頷き声が周囲に広がった。

「それでこそ、我らの令嬢様じゃ」
「これなら村が立ち直るかもしれない」

 子供たちも拍手を送り、大人たちは安堵の表情を浮かべる。セリナは胸に温かいものを感じ、笑みをこぼした。

「ありがとうございます。これからも、皆様の声を聞きながら共に歩んでまいります」

 夕暮れの光が村を柔らかく包み込み、再生への第一歩が確かに刻まれた。
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