婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ

文字の大きさ
14 / 40

14

しおりを挟む
 ある朝、レグナ村の子供たちが元気に駆け回る広場を見下ろしながら、セリナ・リーヴェルは書記官のマルセルと向き合っていた。昨夜、村の会合で語られた村人たちの不信が、胸の奥で重くのしかかっている。

 「マルセル、本当にこの税制がかつて失敗したと記録にあるの?」

 書記官は古びた帳簿を開き、埃を拭いながら頷いた。

「はい、令嬢様。三十年前、この地方の急激な増税策が功を奏せず、収穫が激減したという報告があります。領民の貯蓄は尽き、離散した者も多かったと……」

 セリナはふと目を伏せた。王都では数字の裏にある「人の苦しみ」に思いを馳せる機会が少なかったが、今は違う。自分がこの地で果たすべき役割は、ただ数字を扱うだけではない。過去の過ちを正し、信頼を取り戻さねばならない。

「……それで、実際にはどれほどの負担増だったの?」

 マルセルは帳簿の余白に筆を入れ、簡潔に説明を始める。

「増税率は平均で二割、最高で五割にも達していました。しかも、年貢の納入期を前倒しし、準備も資金繰りも間に合わなかった農民が多かったようです」

 セリナの頬を冷たい汗が伝った。「二割」が示す重みを、文字だけではなく身体で感じている。

「なるほど……。まずは、この増税の事実と影響を、村人に正直に示す必要があるわね」

 マルセルは一瞬だけ目を見張り、深く頷く。

「おっしゃる通りです。しかし、どうやって? 令嬢様のご説明だけで納得いただけるか……」

 セリナは胸の内で決意を固めた。言葉だけでは届かない。図案や数値を視覚化し、誰もが理解しやすい形で示すのだ。

「私に少し時間をください。今日は午後に村の集会を開く。あの場で、私の分析結果をお見せしたい」

 マルセルは驚きつつも、即座に準備に取りかかると言った。
 昼下がり、村の広場には家々から集まった三十名ほどの村人が座布団を持ち寄り、石壁に寄りかかっている。遠巻きには子供たちが興味深そうに見守り、大人たちは疑念と好奇心が入り混じった表情だ。
 セリナは黒板替わりの大きな木板を立て、その前に足を止めた。マルセルが数枚の紙と粉筆を差し出す。彼女は深呼吸を一つし、村人たちに向き直る。

 「レグナ村の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」

 セリナの声はかすかに震えたが、一言目を発すると次第に落ち着きを取り戻した。

「実は、この領地には三十年前の増税による深刻な影響が記録されています。その背景と、現在の状況を正直にお話しし、皆様と共に改善策を考えたいと思います」

 木板に「増税の履歴」と題し、年ごとの税率と収穫量のグラフを描き始める。白い粉筆が黒い板に鮮やかな線を刻み、やがて山形のグラフと谷底のような落ち込みが浮かび上がった。

「こちらが、五十年前からの推移です。青線が年貢率、赤線が収穫量を示しています。ご覧の通り、増税が二割を超えた年には、収穫量が急激に落ち込んでいます」

 初めはざわめいていた村人たちも、視線をグラフに集中させる。

「では、どのように改善するか。まず、今年の税率は過去の最高値を超えない一割に抑え、収穫量に応じて柔軟に調整します。その際、納入期の延長と分割払いを導入し、資金繰りの負担を軽くします」

 セリナは続けて、図解と手元の表を同時に示し、具体的な数字を提示した。年貢負担の軽減率によって、年間に換算してどれほどの物資が余るか、グラフと表を見比べながら説明する。

「これにより、例えば麦穀五十石の納税義務がある場合、従来の納付量は十石でしたが、一割に抑えると五石の軽減となります。余った分は来年の備蓄として残せる計算です」

 会場に沈黙が訪れ、一人の老人がゆっくりと立ち上がった。

「なるほど……。お前の言う通りなら、これまでより幾分、楽になりそうじゃ。だが、本当に守られるのかのう?」

 セリナは深く頷き、紙に押した領主印の縮小版を見せた。

「もちろんです。私はここに領主代理として参りました。私の責任として、この約束は必ず守ります」

 老人の眉間に刻まれたしわが和らぎ、次第に頷き声が周囲に広がった。

「それでこそ、我らの令嬢様じゃ」
「これなら村が立ち直るかもしれない」

 子供たちも拍手を送り、大人たちは安堵の表情を浮かべる。セリナは胸に温かいものを感じ、笑みをこぼした。

「ありがとうございます。これからも、皆様の声を聞きながら共に歩んでまいります」

 夕暮れの光が村を柔らかく包み込み、再生への第一歩が確かに刻まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さくら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】 聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。 「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」 甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!? 追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜

腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。 絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。 しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身! 「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」 シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。

聖女追放された私ですが、追放先で開いたパン屋が大繁盛し、気づけば辺境伯様と宰相様と竜王が常連です

さくら
恋愛
 聖女として仕えていた少女セラは、陰謀により「力を失った」と断じられ、王都を追放される。行き着いた辺境の小さな村で、彼女は唯一の特技である「パン作り」を生かして小さな店を始める。祈りと癒しの力がわずかに宿ったパンは、人々の疲れを和らげ、心を温める不思議な力を持っていた。  やがて、村を治める厳格な辺境伯が常連となり、兵士たちの士気をも支える存在となる。続いて王都の切れ者宰相が訪れ、理屈を超える癒しの力に驚愕し、政治的な価値すら見出してしまう。そしてついには、黒曜石の鱗を持つ竜王がセラのパンを食べ、その力を認めて庇護を約束する。  追放されたはずの彼女の小さなパン屋は、辺境伯・宰相・竜王が並んで通う奇跡の店へと変わり、村は国中に名を知られるほどに繁栄していく。しかし同時に、王都の教会や貴族たちはその存在を脅威とみなし、刺客を放って村を襲撃する。だが辺境伯の剣と宰相の知略、竜王の咆哮によって、セラと村は守られるのだった。  人と竜を魅了したパン屋の娘――セラは、三人の大国の要人たちに次々と想いを寄せられながらも、ただ一つの答えを胸に抱く。 「私はただ、パンを焼き続けたい」  追放された聖女の新たな人生は、香ばしい香りとともに世界を変えていく。

処理中です...