婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ

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 王都ヴァレント、初冬の朝。庭園の噴水は薄氷に覆われ、冬日を映す水面がかすかに震えている。重厚な礼装に身を包んだリーナ・エヴェレット侯爵令嬢は、白いマントの裾をそっと整えながら庭園の噴水前に立ち止まった。

(社交界では今なお、「冷酷な令嬢」と囁かれている……)
 かつてレオニス王太子との婚約を経て頂点に立ったものの、その婚約が社交界の批判を招き、仲間たちからも距離を置かれた。孤立を嫌というほど味わった彼女の胸には、いまだに痛みが残っている。

(このままでは、私も影のまま終わってしまう。もう一度、皆の前で信頼を取り戻さなくては――)

 リーナは深く息を吸い、侯爵館へと足を進めた。今日は「貴婦人茶会」。女性貴族のみが招かれる非公式の集いで、自らが主催者を務めるのは初めてだ。
 侯爵館の大広間では、暖炉の火が古い石壁をほんのり照らし、席に座った令嬢たちが一斉にリーナを見る。銀糸の刺繍が映えるその姿に、誰もが息をのむ。かつて彼女を冷ややかに見下していた令嬢たちの視線も、この日はどこか好奇の色を帯びている。

「おはようございます、皆さま」

 リーナは広間に声を響かせた。

「本日はお忙しい中お集まりいただき、心より感謝申し上げます。今日は、ただのお茶会ではなく――王都の孤児院支援を共同で進めるためのご提案をさせていただきたく存じます」

 小さなざわめきが広がる中、一人の令嬢が眉をひそめた。

「孤児院支援、ですって? リーナさん、慈善活動とは少し距離があったように思ったのですが」

 リーナは優雅に微笑み、静かに答える。

「ええ、これまで私は主に社交界の立て直しを優先して参りました。ですが、この館で子供たちの声を聞いたとき、胸の奥が暖かくなったのです。初めは、評価回復のため――そう打算的に始めようと思っていました。でも、あの笑顔を見た瞬間に、『ここで何かを成したい』という純粋な気持ちが芽生えたのです」

 会場は静まり返り、リーナの言葉を噛みしめるように耳を傾けた。彼女の声にはもはや「打算」の色はなく、「本心」が宿っている。

「具体的には、冬季に燃料と衣類が不足する孤児院十軒を支援対象とし、皆さまには、暖房用薪の調達協力、子供用の冬服の寄付をお願いしたく存じま。」

 テーブルの上には、詳細な資料と申込書が美しく並べられている。令嬢たちは興味を示して互いに書類を覗き込み、次々と頷き始めた。

「リーナさん、具体的な数字を示されると動きやすいですわ」
「私も講師を手伝います。庭園の一角で毎週教室を開くのはいかがでしょう?」

 かつて彼女を遠ざけた令嬢たちが、今日ばかりは自然に支援を申し出る。リーナは心の中で小さく息をついた。
 数日後、侯爵館納屋では大量の薪束と衣類の山が積まれ、侍女たちが分類と荷造りに追われている。リーナはリストに目を通しながら、レオニスと対面した。

――侯爵館の納屋前、夕暮れの薄明かりの中――

リーナが一軒一軒積み上げられた薪束と冬衣類に目を落としていると、背後から軽い足音が近づいてきた。振り返ると、そこには礼装の裾をはらいながら歩み寄るレオニス王太子の姿があった。

「リーナ――疲れていないか?」

 彼は自然と距離を詰め、くすんだ鉄色の眼で優しく見つめる。

「殿下、こんなところまで…」

 リーナは一瞬疲れからか目線を下に落とすが、すぐに彼の方を見て笑顔を見せた。

「王都の輸送隊を準備してくださるとお聞きしました。助かります」

 レオニスはそっと手を伸ばし、リーナの肩に触れる。

「君の頑張りを、間近で見たくなったのだ。王都の後援が必要なら、僕自身が責任を持とう」

 その声は低く、耳元で囁かれるように響いた。リーナの胸に、じんわり温かいものが広がる。

「ありがとうございます、レオニス…」

 彼女が言葉を詰まらせると、王太子はふいに微笑み、腰に下げた書付を差し出した。

「これに君の署名を。輸送許可と護衛隊の手配は、この書付があればすぐに動かせる」

 リーナは躊躇いなくそれを受け取り、小さく頷いて墨をつけた。その手が震えたのを、レオニスはしっかりと見逃さなかった。

「大丈夫か?」

 彼はリーナの手をそっと握り、「緊張しているだろう」と優しく笑う。

「少し…でも、これで子供たちが安心して冬を越せると思うと、胸が熱くて」

 リーナは王太子に身を寄せるように歩み寄り、彼のマントに軽く手をかけた。
 レオニスはそのまま彼女を引き寄せ、囁く。

「君の強さと優しさが、この王都を動かす。本当に、誇りに思うよ」

 その言葉にリーナは目を潤ませ、小さく笑った。二人の距離は、もう「公的」でも「形式的」でもない。婚約者同士として、互いを信頼し、支え合う強い絆がそこにはあった。
 二人の肩越しには、整然と並べられた支援物資が、子供たちへの希望の証として静かに佇んでいる。

暖炉に薪がくべられ、子供たちは新しいコートに身を包んで笑い合う孤児院。リーナと数名の令嬢が読み書きを教え、子供たちの目は好奇心に輝いている。孤児院長が深く礼を述べると、リーナは静かに答えた。

「皆さまのおかげで、この子たちに温かな冬を届けられます。社交界のしがらみも、今はこの笑顔の前には些細なことでしかありません」

 子供の無邪気な声が大広間に響き、リーナは胸に新たな誇りを感じた。社交界改革は、こうしてひとつの成果を挙げたのだ。
 その日の夜、侯爵館の窓辺ではリーナは雪明かりに照らされる庭園を見下ろし、そっと呟いた。

「これからも、私らしく、友情と信頼を紡いでいこう」

 遠くで鐘の音が響き、銀色の月明かりが彼女の未来を静かに照らしている。
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